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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】
Ⅰ 2-3.
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2-3.
神殿への道すがら、並んで歩く、隣の人を見上げる。
「あの、リュシアン様?」
「…はい」
前を向いたままの返事に、少し気後れを感じながら、
「リュシアン様は、兄の…陛下のお言葉をどう思われましたか?」
「…どう、とは?」
「その、アリアーヌ様のことです」
「…」
「アリアーヌ様の、我儘が酷いっていう話は、ディオ様が調べてきたことで。神殿が…本来ならリュシアン様が統べるはずの場所が、アリアーヌ様のものになってしまっているって」
見上げる横顔に変化は無いものの、口をつぐんでしまったリュシアンの態度に慌てる。
「わ、私は、やっぱり、神殿は神殿で管理する人がちゃんと居るべきで、神子の、個人の我儘で色んなことが決まってしまうのは良くないって思うんです!」
「…」
「だから、その、リュシアン様も、在るべきお立場、ちゃんと、神殿の長としてのお力を望まれているんじゃないかって、勝手だけど、そう考えていたんですけど…。…違いましたか?」
問いかけに、返る返事がない。失敗してしまったかと、少し落ち込みそうになったところで、
「…そうですね。己に力が有れば…、今までに何度、そう願ったことか…。…その事実は、否定致しません」
「やっぱり…」
返ってきた答えに安堵する。彼も願っていたのだ。不遇にありながらも、神殿を正したいと、そう思ってくれていた。それはきっと、今の私と同じ思い。
「…結局は、長い時の中で、足掻き方を見失い、ただ諦め行く、愚かな身でしかありませんでしたが…」
「!そんな!リュシアン様が愚かだなんて、そんなことはないです!」
彼の言葉に滲む深い悔恨、それを消してしまいたくて、
「だって、今は、あの、違いますよね?リュシアン様は諦めてはいらっしゃらない、ですよね?。…違いますか?」
「…」
「リュシアン様は、足掻こうとなさっている。私を、守ろうとしてして下さっています。…それは、何故ですか?何故、私にお力を貸して下さる気になったんですか?」
見上げるリュシアンの瞳の中を探す。
諦めていたという彼を動かしたもの、自身を愚かだと断じる彼が、再び前を向こうと思えるほどのもの。それが、自分と同じ熱量を持つ何かだと期待して―
「…アリアーヌ様を、神殿から遠ざけるとおっしゃった陛下のお言葉に、賛同致しました」
言って、足を止めてしまった彼に倣う。彼方を見つめる瞳の先、彼は何を見ているのだろう?兄の言葉が彼を動かしたと言うのなら、やはり、彼にとって、アリアーヌという存在はそれほど―
「…あの方は、神子に成るべきではなかった…」
「っ!?」
突然、温度の変わった彼の声、ゾクリと背中を撫でられた気がした。そっと見上げる横顔、その瞳に浮かぶもの。
(…これは、何…?)
見たことのない感情を乗せる瞳の色。澄んでいたはずの碧が、深く、濁って、
「…あの方が成すべきは、神殿を出、望まれる方へと嫁ぎ、御子を…次代の神子様を成すこと…」
暗く、それでいて熱い、燃えたぎる炎のような―
(恐い…。こんな、こんな瞳を向けられてしまったら…)
自分に向けられているものではないと、わかっていても。それ以上、闇に染まる碧を見ていられずに視線を逸らした。
流れる沈黙。言葉を探す。彼に、あんな瞳をさせる人、アリアーヌ。彼女のことに、これ以上、触れてはいけない。何か話を、彼がもう、あんな瞳をせずに済むような、
「リュ、リュシアン様には妹君がいらっしゃるそうですね?
「…」
「…その方を、神子になさろうとしたこともあると聞きました」
「…それは、陛下が?」
漸く聞こえた声、温度を取り戻した彼の言葉に、内心で小さく安堵して、
「はい。調べてくれたのはディオ様なんですけど」
「…そう、ですか…」
途切れそうな会話、言葉を探す。迂闊に踏み込んではいけない。多分まだ、触れることさえ許されない痛みを抱えたこの人を、立ち止まらせない言葉。前を向く、共に行く未来を語る言葉を。
神殿への道すがら、並んで歩く、隣の人を見上げる。
「あの、リュシアン様?」
「…はい」
前を向いたままの返事に、少し気後れを感じながら、
「リュシアン様は、兄の…陛下のお言葉をどう思われましたか?」
「…どう、とは?」
「その、アリアーヌ様のことです」
「…」
「アリアーヌ様の、我儘が酷いっていう話は、ディオ様が調べてきたことで。神殿が…本来ならリュシアン様が統べるはずの場所が、アリアーヌ様のものになってしまっているって」
見上げる横顔に変化は無いものの、口をつぐんでしまったリュシアンの態度に慌てる。
「わ、私は、やっぱり、神殿は神殿で管理する人がちゃんと居るべきで、神子の、個人の我儘で色んなことが決まってしまうのは良くないって思うんです!」
「…」
「だから、その、リュシアン様も、在るべきお立場、ちゃんと、神殿の長としてのお力を望まれているんじゃないかって、勝手だけど、そう考えていたんですけど…。…違いましたか?」
問いかけに、返る返事がない。失敗してしまったかと、少し落ち込みそうになったところで、
「…そうですね。己に力が有れば…、今までに何度、そう願ったことか…。…その事実は、否定致しません」
「やっぱり…」
返ってきた答えに安堵する。彼も願っていたのだ。不遇にありながらも、神殿を正したいと、そう思ってくれていた。それはきっと、今の私と同じ思い。
「…結局は、長い時の中で、足掻き方を見失い、ただ諦め行く、愚かな身でしかありませんでしたが…」
「!そんな!リュシアン様が愚かだなんて、そんなことはないです!」
彼の言葉に滲む深い悔恨、それを消してしまいたくて、
「だって、今は、あの、違いますよね?リュシアン様は諦めてはいらっしゃらない、ですよね?。…違いますか?」
「…」
「リュシアン様は、足掻こうとなさっている。私を、守ろうとしてして下さっています。…それは、何故ですか?何故、私にお力を貸して下さる気になったんですか?」
見上げるリュシアンの瞳の中を探す。
諦めていたという彼を動かしたもの、自身を愚かだと断じる彼が、再び前を向こうと思えるほどのもの。それが、自分と同じ熱量を持つ何かだと期待して―
「…アリアーヌ様を、神殿から遠ざけるとおっしゃった陛下のお言葉に、賛同致しました」
言って、足を止めてしまった彼に倣う。彼方を見つめる瞳の先、彼は何を見ているのだろう?兄の言葉が彼を動かしたと言うのなら、やはり、彼にとって、アリアーヌという存在はそれほど―
「…あの方は、神子に成るべきではなかった…」
「っ!?」
突然、温度の変わった彼の声、ゾクリと背中を撫でられた気がした。そっと見上げる横顔、その瞳に浮かぶもの。
(…これは、何…?)
見たことのない感情を乗せる瞳の色。澄んでいたはずの碧が、深く、濁って、
「…あの方が成すべきは、神殿を出、望まれる方へと嫁ぎ、御子を…次代の神子様を成すこと…」
暗く、それでいて熱い、燃えたぎる炎のような―
(恐い…。こんな、こんな瞳を向けられてしまったら…)
自分に向けられているものではないと、わかっていても。それ以上、闇に染まる碧を見ていられずに視線を逸らした。
流れる沈黙。言葉を探す。彼に、あんな瞳をさせる人、アリアーヌ。彼女のことに、これ以上、触れてはいけない。何か話を、彼がもう、あんな瞳をせずに済むような、
「リュ、リュシアン様には妹君がいらっしゃるそうですね?
「…」
「…その方を、神子になさろうとしたこともあると聞きました」
「…それは、陛下が?」
漸く聞こえた声、温度を取り戻した彼の言葉に、内心で小さく安堵して、
「はい。調べてくれたのはディオ様なんですけど」
「…そう、ですか…」
途切れそうな会話、言葉を探す。迂闊に踏み込んではいけない。多分まだ、触れることさえ許されない痛みを抱えたこの人を、立ち止まらせない言葉。前を向く、共に行く未来を語る言葉を。
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