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Ⅰ 【完結】愛に殉ずる人【57,552字】

Ⅰ 1-1. Side D

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1-1.


国王の執務室、新たなる王による粛清を逃れた貴族達が次々と訪れ、美辞麗句を用いた新国王への恭順と忠誠を誓う。儀式的に行われたそれら一連の流れが漸くの収まりを見せ始めたところで、部屋のぬし、自身の仕えるあるじでもある新国王、エドモン・ドラクローが深いため息をついた。

長く伸ばした金の髪は、ここのところ固く結われたまま。意思の強さを感じさせる鋭い翠の瞳には、僅かな曇りが見える。三つ年下、自身にどこか似た容姿を持つ男の、ここ数日の喧騒を思えば、それも仕方ないと思えるが、

「…だいぶ、疲れているようだな」

「全く…。やらねばならんことは山ほどあるというのに、時間の無駄だ」

そう言い捨てた男が、然れども貴族達による訪問を禁じないのは、その立場ゆえ。大義はどうあれ、前王を弑して手に入れた新国王の玉座は非常に危うい。その地位を確固たるものにするため、男にとっては些事でしかない貴族の阿りを、現状、許容するしかないのだ。

ただ、まあ、取った手段の割には、エドモンの即位は概ね、好意的に受け止められていると言えるだろう。圧倒的な民意による後押しと、民の反逆を畏れた貴族からの追認を持って――

畢竟、前王は、それほどまでに人心を失っていたということになる。

狂王ジュール・オランド―

賢王として讃えられる十数年の統治の後、最愛の妃を喪った哀しみに耐えきれず狂った男。傀儡としての十年で、国を傾け、民を虐げた。

「…ディオ、お前は俺が憎いか?」

「…何だと?」

沈思し過ぎていたか、突然のエドモンの言葉の真意がわからず、眉根が寄った。

「前王を、かつては賢君だったというお前の叔父を、慕っていたのだろう?」

「何を今更」

自らの手で玉座を掴みとるため、前王を己が手で誅する苛烈さを持つ男は、同時に、手を下した結果の、人の痛みに寄り添うことが出来る男でもある。だからこそ、この男を主上として戴くことを決めたのだが、懐に入れた者に少々、心を砕き過ぎる男に笑う。

「確かに、前王とは叔父甥の間柄ではあったが、俺の父は庶子に過ぎん。前王とは、赤子の頃に一度顔を会わせたことがあるそうだが、俺自身に記憶は無いしな。それならば、常に命狙われる身であった俺たち親子を庇護してくれたお前の親父殿の方が、よほど身近に感じている」

「…血の繋がりがあるだろう。後悔はないのか?簒奪などせずとも、お前が王位を継ぐことも出来たはずだ」

「はっ!それこそ、何を今更。何度も言ったが、それでは民も、貴族連中も納得はしまい。お前が王位につく以外に、この国を救う方法は無かった」

「…」

「国を顧みることの無かった愚王は、死ぬしかなかったんだよ」

何度も重ねた議論、不機嫌を浮かべる顔に笑う。

「それにな、今回のこれは、王位の簒奪ではない、奪還だ。正当なる王家が玉座を取り戻したに過ぎん」

「止めろ、ディオ。お前は父上の影響を受けすぎだ。お前のそれは、もはや洗脳だろう」

「洗脳ではないさ。公爵閣下には恩義を感じているし、敬愛もしている。だが、正当な王家の血筋がドラクロー家にあると考えるのは、それとは関係ない。歴史が示しているだろう?」

三代前、エドモンの曾祖父にあたるダヴィド王の治世において、本来ならば、王位を継ぐのは当時の第一王子、エドモンの祖父にあたるアドルフのはずであった。それを、何を血迷ったのか、ダヴィド王は、自身の愛妾が産んだ庶子に王位を譲り渡し、アドルフは臣籍へと降下させられている。

王国法において、庶子に家を継ぐ権利が認められていない以上、この王位継承が成るはずはなかった。が、その無理が通った。当時も大きく国を揺るがしたというこの無法は、ダヴィド王の、愛妾への寵愛の重さがそうさせたのだと言われている。

庶子であるが故に王位を継げなかった父を持ち、流れる血故に命を狙われ続けた身としては、言いたいことは多々あるが、

(為政者が色恋に囚われて、政道を誤るなど…)

ダヴィド王といい、その孫にあたる狂王ジュール・オランドといい、国を乱す愚かな王を主上と仰ぐことは、自分には出来ない。

だから、俺は幸運だ――

「…エドモン、お前以上に、玉座に相応しい人間はいない。いいから、大人しくそこに座っていろ」

「ふん。父上は、ミレイユと添わせて、お前を王位につけることも考えていたようだがな?」

「ったく、何を言っている。幾つ年が離れてると思ってんだ。ミレイユが可哀想だろうが。お前は自分の妹を、こんな年寄りにくれてやるつもりなのか?」

自分とよく似た色彩の主が、ニヤリと笑う。

「年寄りというほどの年の差ではないだろう?」

「馬鹿な。十一も違うんだぞ?」

「貴族の婚姻ならば、まあ、珍しくはないだろう」

しつこい男に肩をすくめて返せば、来客を知らせる侍従の声。告げられた訪問者の名に、思わず目の前の男を睨んだ。




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