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第七章 わすれられない
8.
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8.
扉の向こうの嗚咽が、唐突に止んだ。中で、彼女が立ち上がる気配。つられて自分も立ち上がれば、目の前の扉が細く開いた。
「明莉ちゃん?」
「…入って」
「いいの?」
久しぶりに聞いた彼女の声は、いつもの輝きがない。
部屋には入れてくれたけれど、そのままベッドに座って膝を抱えてしまった彼女の姿に、胸が締め付けられた。
「…隣に、座ってもいい?」
「…」
小さく頷く彼女の横に、浅く腰かける。
「ケーキを買ってきたんだ。良かったら、後で、あ、チサさんちに置いてきちゃったな。失敗。良かったら、後でチサさんと食べて?」
「…チサの家に行ったの?」
「うん、明莉ちゃんのこと、話したいことがあるからって」
「私のこと…」
「チサさんは、自分が無茶なお願いをして、明莉ちゃんを傷つけたって言ってたよ」
言葉が終わる前に、彼女が首を振った。
「…違うの」
「違う?」
「チサのせいでも、誰のせいでもなくて。ただ、私が甘かった、馬鹿だっただけ」
上げられた顔、彼女の潤んだ瞳が真っ直ぐにこちらを向いている。彼女が大きく息を継いだ―
「私、『人』を殺したの」
囁くような声。先程までとは違い、いっそ、感情を感じられない程に平坦な。
―ああ、彼女の絶望はソレなのか
「私とチサは、前にも幽鬼みたいなのと戦ったことがあって、チサにお願いされたっていうのが、それだった。一緒に戦って欲しいって頼まれて、私、オーケーしたんだよ」
その時は深く考えなかったと言う彼女の言葉に、先程のチサさんの苦い笑みが浮かんだ。
「最初は大変だったけど、敵を倒すのが上手くなってからは、そんなに苦痛でもなくて、どんどん調子にのってっちゃって」
どこまでも、淡々と続く言葉。
「最終的に、敵のボスとやり合うことになったんだけど、それもそんなに不安はなくて、勝てるって、私達ならやれるって確信してた」
その時を思い出しているのか、瞳が遠くを見つめている。
「実際、ボスは強かったけど、それでも勝てない相手ではなくて、やりあってるうちに、これはいけるって思ったんだ」
言葉にした後、彼女の顔が初めて歪んだ。
「そしたら、そのタイミングで、そのボスが、話しかけてきた。今まで、相手は化物、知性も理性もない生き物だと思ってたのに」
再び、彼女が大きく息を継いだ―
「そいつは、命乞いをしてきたんだ。『助けてくれ、死にたくない』って。私、凄くびっくりして、恐くなった。意思の疎通が出来るってことは、ひょっとして、話し合えば、今までも殺し合うことなんてなかったかもしれないって」
「…明莉ちゃん」
苦痛を浮かべ続ける彼女に不安になる。
「でも、結局、あいつらが『敵』だったのは、あいつらがチサの仲間たちを殺して、食べるから。彼らにとってチサ達は捕食対象で。彼らを見過ごせば、チサや他の仲間がやられてしまう。それは、絶対に嫌だったから、私、殺したの。必死に命乞いをするそいつを」
「恐かった。嫌だった。でも、やらなきゃ、大切な人がやられちゃう。必死だった。でも、忘れられないの。あのときの、あいつの声も、あいつを殴った感触も」
それが限界だったのか、再び膝に顔を埋めてしまった明莉ちゃん。伏せた顔は見えないが、圧し殺した嗚咽が聞こえてきた。
扉の向こうの嗚咽が、唐突に止んだ。中で、彼女が立ち上がる気配。つられて自分も立ち上がれば、目の前の扉が細く開いた。
「明莉ちゃん?」
「…入って」
「いいの?」
久しぶりに聞いた彼女の声は、いつもの輝きがない。
部屋には入れてくれたけれど、そのままベッドに座って膝を抱えてしまった彼女の姿に、胸が締め付けられた。
「…隣に、座ってもいい?」
「…」
小さく頷く彼女の横に、浅く腰かける。
「ケーキを買ってきたんだ。良かったら、後で、あ、チサさんちに置いてきちゃったな。失敗。良かったら、後でチサさんと食べて?」
「…チサの家に行ったの?」
「うん、明莉ちゃんのこと、話したいことがあるからって」
「私のこと…」
「チサさんは、自分が無茶なお願いをして、明莉ちゃんを傷つけたって言ってたよ」
言葉が終わる前に、彼女が首を振った。
「…違うの」
「違う?」
「チサのせいでも、誰のせいでもなくて。ただ、私が甘かった、馬鹿だっただけ」
上げられた顔、彼女の潤んだ瞳が真っ直ぐにこちらを向いている。彼女が大きく息を継いだ―
「私、『人』を殺したの」
囁くような声。先程までとは違い、いっそ、感情を感じられない程に平坦な。
―ああ、彼女の絶望はソレなのか
「私とチサは、前にも幽鬼みたいなのと戦ったことがあって、チサにお願いされたっていうのが、それだった。一緒に戦って欲しいって頼まれて、私、オーケーしたんだよ」
その時は深く考えなかったと言う彼女の言葉に、先程のチサさんの苦い笑みが浮かんだ。
「最初は大変だったけど、敵を倒すのが上手くなってからは、そんなに苦痛でもなくて、どんどん調子にのってっちゃって」
どこまでも、淡々と続く言葉。
「最終的に、敵のボスとやり合うことになったんだけど、それもそんなに不安はなくて、勝てるって、私達ならやれるって確信してた」
その時を思い出しているのか、瞳が遠くを見つめている。
「実際、ボスは強かったけど、それでも勝てない相手ではなくて、やりあってるうちに、これはいけるって思ったんだ」
言葉にした後、彼女の顔が初めて歪んだ。
「そしたら、そのタイミングで、そのボスが、話しかけてきた。今まで、相手は化物、知性も理性もない生き物だと思ってたのに」
再び、彼女が大きく息を継いだ―
「そいつは、命乞いをしてきたんだ。『助けてくれ、死にたくない』って。私、凄くびっくりして、恐くなった。意思の疎通が出来るってことは、ひょっとして、話し合えば、今までも殺し合うことなんてなかったかもしれないって」
「…明莉ちゃん」
苦痛を浮かべ続ける彼女に不安になる。
「でも、結局、あいつらが『敵』だったのは、あいつらがチサの仲間たちを殺して、食べるから。彼らにとってチサ達は捕食対象で。彼らを見過ごせば、チサや他の仲間がやられてしまう。それは、絶対に嫌だったから、私、殺したの。必死に命乞いをするそいつを」
「恐かった。嫌だった。でも、やらなきゃ、大切な人がやられちゃう。必死だった。でも、忘れられないの。あのときの、あいつの声も、あいつを殴った感触も」
それが限界だったのか、再び膝に顔を埋めてしまった明莉ちゃん。伏せた顔は見えないが、圧し殺した嗚咽が聞こえてきた。
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