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第二章 あ、忘れてた
6.
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6.
鋭いチサの視線の先、池を囲むように植えられた樹木の陰、確かに人の気配がある。
チサに近づき小声で尋ねた。
「…誰?」
「わからない。だけど、普通じゃない」
気配察知に優れるチサが『普通じゃない』と言うのだ。まさか、『あちらの世界のナニか』ということは無いだろうが、油断は出来ない。
「…誰?出てきて」
チサの怒気を含んだ声に、気配が動いた。
「…ごめんね、警戒させるつもりはなかったんだけど。まさか気づかれると思ってなくて」
そう言いながら木立から出てきたのは、大学生くらいの細身の男の人。銀フレームの眼鏡の奥で、困ったように目尻が下げられている。
「…あなた、あの時の」
「え?誰?チサ、知ってる人?」
チサの言葉に思わず尋ねれば、何とも言いがたい視線が返ってきた。しかも、二人分。
「え?え?なに?その視線の意味は何?」
「…明莉も、前、会ってる」
「えっ!?」
振り返り、改めて相手を凝視すれば、困ったような顔に苦笑が浮かぶ。人の良さそうな顔。さっきまで怪しんでいたはずの人物に対して、申し訳ない気持ちがわいてきた。
「…すみません、記憶にございません」
「いや、僕の印象が薄いだけだから、気にしないで」
穏やかに返ってきた返事に感じたのは、どうやらあちらはこちらを覚えていそうな気配。ますますヤバイ。
変な汗が出てきたところで、チサからの助け船。
「…夏休み前、ここで会った。明莉がショックにうちひしがれてた時」
「あー!」
思い出した。公園でうちひしがれたと言えば、あの時しかない。
確かに、不審者の私に声をかけてくれた親切なお兄さんが居た。あの時は相手の顔をちゃんと見る余裕も無くて、全く覚えていなかったけれど、この人、だったのか。
「…」
「?」
まじまじと見つめて、更に思い出した。そうだ、あの時はまだ自分のセーラー姿を受け入れられなくて、コスプレ姿がメチャクチャ恥ずかしくて―
「?大丈夫?顔色が、」
「大丈夫です!」
何だか、以前も同じ様なやり取りをした気がする。だけど、思い出した羞恥心から、顔に集まっていく熱はどうしようもない。
「…この子のことはいい。平気だから放っておいて。それで?あなたは何故あんなところに隠れていた?」
「隠れていたというと、響きが悪いけれど…」
「じゃあ、何をしていた?」
責めるようなチサの言葉にも、お兄さんは穏やかに返事を返す。
「そこの木の向こうから、池の方を眺めてたんだ。そしたら、その、君達の友達?なのかな?男の子と女の子がそこのベンチに座ってしまって、仲良さそうにしてたから、邪魔するのも悪くて、その」
お兄さんの口調が言いにくそうなものになり、モゴモゴしている。
「…つまり、あの二人がイチャつき始めたから出られなくなった、ということ?」
「うん、まあ、そう、だね。そうしてるうちに君達がきて、大事な話をしてたみたいだから、ますます動けなくなってしまって」
「何故、気配まで消してた?」
「邪魔したら悪いと思ってね?完全にやり過ごすつもりでいて、本当に、気づかれるとは思わなかったんだ」
お兄さんの視線が、チサを向いた。黙ったまま、二人の視線がお互いを探り合う。
「…わかった。一応、納得しておく」
本当に納得したかはわからないけれど、そう言って話を終わらせたチサがこちらを見上げた。
「帰ろう?」
「うん」
「あ、待って」
「?」
呼び止められた声に振り返れば、真っ直ぐな瞳と目が合った。
「名前を聞いてもいいかな?」
「え?名前ですか?私の?」
予想外の言葉に驚いて聞き返してしまったが、それよりもビビったのは、隣のチサの怒気が一気に膨らんだこと。
―なぜ今、このタイミングで!?
思わず、チサさんを盗み見る。
いつもは表情の薄いチサさんの顔が、わかりやすく怒っていらっしゃる。
「そう。本当は、君達の会話が聞こえてたから、名前も聞いちゃったんだけど、ちゃんと君の口から聞いておきたくて」
「え?は?」
いやいや、お兄さん。向き合うあなたの角度から、チサのこの顔が見えていないはずはないと思うのだけれど。
淡々と、何ならもう、微笑んでるくらいのお兄さんの態度に困惑する。
「あ、僕は『花守 秀一』、学生です」
「はぁ」
マイペースに自己紹介をしてくれたお兄さんは、私の返事をニコニコ待ってくれている。しかし、ここで呑気に返事をするのはマズイということくらい、私にもわかる。
「…帰る」
「あ、はい!帰りましょう!」
あの時―帰還の魔方陣の研究に行き詰まっていた頃―よりも、はるかに不機嫌なチサの声に、脊髄で返事をした。
さっさと歩き出したチサの後を、慌てて追う。背後で、お兄さんの声がした。
「残念。またね?アカリちゃん」
「…」
目の前の小さな背中に、可視化出来そうなほどの怒気が膨らむ。恐くて後ろを振り向けば、優しそうな笑顔と目が合った。手まで振られている。
何だかもう、前も後ろも直視出来なくて、下を向いて歩いた。
鋭いチサの視線の先、池を囲むように植えられた樹木の陰、確かに人の気配がある。
チサに近づき小声で尋ねた。
「…誰?」
「わからない。だけど、普通じゃない」
気配察知に優れるチサが『普通じゃない』と言うのだ。まさか、『あちらの世界のナニか』ということは無いだろうが、油断は出来ない。
「…誰?出てきて」
チサの怒気を含んだ声に、気配が動いた。
「…ごめんね、警戒させるつもりはなかったんだけど。まさか気づかれると思ってなくて」
そう言いながら木立から出てきたのは、大学生くらいの細身の男の人。銀フレームの眼鏡の奥で、困ったように目尻が下げられている。
「…あなた、あの時の」
「え?誰?チサ、知ってる人?」
チサの言葉に思わず尋ねれば、何とも言いがたい視線が返ってきた。しかも、二人分。
「え?え?なに?その視線の意味は何?」
「…明莉も、前、会ってる」
「えっ!?」
振り返り、改めて相手を凝視すれば、困ったような顔に苦笑が浮かぶ。人の良さそうな顔。さっきまで怪しんでいたはずの人物に対して、申し訳ない気持ちがわいてきた。
「…すみません、記憶にございません」
「いや、僕の印象が薄いだけだから、気にしないで」
穏やかに返ってきた返事に感じたのは、どうやらあちらはこちらを覚えていそうな気配。ますますヤバイ。
変な汗が出てきたところで、チサからの助け船。
「…夏休み前、ここで会った。明莉がショックにうちひしがれてた時」
「あー!」
思い出した。公園でうちひしがれたと言えば、あの時しかない。
確かに、不審者の私に声をかけてくれた親切なお兄さんが居た。あの時は相手の顔をちゃんと見る余裕も無くて、全く覚えていなかったけれど、この人、だったのか。
「…」
「?」
まじまじと見つめて、更に思い出した。そうだ、あの時はまだ自分のセーラー姿を受け入れられなくて、コスプレ姿がメチャクチャ恥ずかしくて―
「?大丈夫?顔色が、」
「大丈夫です!」
何だか、以前も同じ様なやり取りをした気がする。だけど、思い出した羞恥心から、顔に集まっていく熱はどうしようもない。
「…この子のことはいい。平気だから放っておいて。それで?あなたは何故あんなところに隠れていた?」
「隠れていたというと、響きが悪いけれど…」
「じゃあ、何をしていた?」
責めるようなチサの言葉にも、お兄さんは穏やかに返事を返す。
「そこの木の向こうから、池の方を眺めてたんだ。そしたら、その、君達の友達?なのかな?男の子と女の子がそこのベンチに座ってしまって、仲良さそうにしてたから、邪魔するのも悪くて、その」
お兄さんの口調が言いにくそうなものになり、モゴモゴしている。
「…つまり、あの二人がイチャつき始めたから出られなくなった、ということ?」
「うん、まあ、そう、だね。そうしてるうちに君達がきて、大事な話をしてたみたいだから、ますます動けなくなってしまって」
「何故、気配まで消してた?」
「邪魔したら悪いと思ってね?完全にやり過ごすつもりでいて、本当に、気づかれるとは思わなかったんだ」
お兄さんの視線が、チサを向いた。黙ったまま、二人の視線がお互いを探り合う。
「…わかった。一応、納得しておく」
本当に納得したかはわからないけれど、そう言って話を終わらせたチサがこちらを見上げた。
「帰ろう?」
「うん」
「あ、待って」
「?」
呼び止められた声に振り返れば、真っ直ぐな瞳と目が合った。
「名前を聞いてもいいかな?」
「え?名前ですか?私の?」
予想外の言葉に驚いて聞き返してしまったが、それよりもビビったのは、隣のチサの怒気が一気に膨らんだこと。
―なぜ今、このタイミングで!?
思わず、チサさんを盗み見る。
いつもは表情の薄いチサさんの顔が、わかりやすく怒っていらっしゃる。
「そう。本当は、君達の会話が聞こえてたから、名前も聞いちゃったんだけど、ちゃんと君の口から聞いておきたくて」
「え?は?」
いやいや、お兄さん。向き合うあなたの角度から、チサのこの顔が見えていないはずはないと思うのだけれど。
淡々と、何ならもう、微笑んでるくらいのお兄さんの態度に困惑する。
「あ、僕は『花守 秀一』、学生です」
「はぁ」
マイペースに自己紹介をしてくれたお兄さんは、私の返事をニコニコ待ってくれている。しかし、ここで呑気に返事をするのはマズイということくらい、私にもわかる。
「…帰る」
「あ、はい!帰りましょう!」
あの時―帰還の魔方陣の研究に行き詰まっていた頃―よりも、はるかに不機嫌なチサの声に、脊髄で返事をした。
さっさと歩き出したチサの後を、慌てて追う。背後で、お兄さんの声がした。
「残念。またね?アカリちゃん」
「…」
目の前の小さな背中に、可視化出来そうなほどの怒気が膨らむ。恐くて後ろを振り向けば、優しそうな笑顔と目が合った。手まで振られている。
何だかもう、前も後ろも直視出来なくて、下を向いて歩いた。
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