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第二章 あ、忘れてた

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完全に忘れてた―

目が合うと、驚愕の表情から一転、不機嫌そうな表情になった男の顔をまじまじと見つめる。

嘉島かしま 来叶らいと

私にとってはデフォルトの、彼の不機嫌な顔。イケメンはどんな顔をしていても格好いい。今でも、そう思うのに―

ここ一ヶ月、一度も彼を思い出さなかった。

―いや、一ヶ月だけじゃない

あちらの世界へ行って、最初のうちこそ『来叶に会いたい』と思ったことも確かにあった。けれど、いつの間にか彼を思い出すことが減っていき、気がつけば、あれほど大好きだったはずの恋心は霧散してしまっていた。

「あー、来叶、久しぶりー」

「…」

内心の動揺を隠しながら声をかけるが、返事は返らない。来叶に無視されるのは、いつものことだけれど、それでも今までは彼に会えるだけで上がっていたテンション。彼との再会に心弾むことが出来ない今、空気がぎこちないものになる。どうしたものかと考え、一瞬、間が空いた。

「明莉ちゃん!私のせい、だよね?本当にごめんね!」

「え?ん、美歌のせい?何が??」

相田あいだ 美歌みか
 
突然、横から入り込んできた声の持ち主。来叶の隣で彼の腕にすがりつき、目に涙を浮かべている友人を見返す。

「夏休みの間、全然連絡してくれなかったのは、私のこと、怒ってるからなんでしょう?」

「怒る?美歌のことを?」

何で?と聞こうとして、思い出した―

「私が、来叶くんと付き合うことになったのが許せないんだよね?」

そうだった。来叶への気持ちと一緒に、すっかり忘れてしまっていたが、夏休み直前、友人である美歌から告げられたのだった。

『来叶くんとつきあうことになった』と。

「本当にごめんなさい!明莉ちゃんが来叶くんのことを好きだって知ってたのに!」

「…」

ハラハラと綺麗に涙を流す美歌に、三年前にも同じように彼女が泣いていたことを思い出す。

「…お前、睨むなよ」

「ああ、ごめんごめん」

睨んではいなかったのだが、色々思い出してしまった情報を整理しようとして、ついつい美歌の方を凝視してしまっていたようだ。

「は!それで?俺らを見返そうとでも思ってダイエットしたってわけか?」

「え?」

「来叶くん、明莉ちゃんはそんなことしないよ!私が明莉ちゃんを傷つけちゃったから、きっと失恋のショックで…」

申し訳なさそうな顔の美歌には悪いが、この肉体は私と師匠の努力の結晶だ。本当に失恋のショックだったら、痩せたりせずに激太りしていた自信がある。

「…まあ、でも結局大して変わってはないか。デブはデブだし、ブスなのは変わりようがないからな」

「来叶くん!明莉ちゃんはブスなんかじゃないよ!」

美歌がかばってくれているが、私自身、自分をブスだとは思っていないので来叶の言葉は気にならない。ただ、そんな言葉を投げつけられること自体が久しぶり過ぎて、妙に懐かしい気分になってしまった。

「明莉ちゃん、明莉ちゃんはブスなんかじゃないからね!あ、でも、来叶くんの言う通り、そんなに変わってはいないのかな?」

いや、だいぶ変わっているとは思うのだけど。小首を傾げて見上げてくる美歌の目には、私がちゃんと十代に見えているということだろうか?

「明莉ちゃんは、明莉ちゃんのままが一番だよ!体型なんて関係ない。フワフワのマシュマロみたいで、柔らかい明莉ちゃんが、私は大好きだから!」

さっきまで泣いていたはずの美歌の満面の笑みには、何だかなぁと思ってしまうが―

「…アカリ、行こう」

「あ、本当だ。時間がやばい。じゃあ後でね、来叶、美歌」

「明莉ちゃん!?」

彼らとも、向かう教室は一緒なのだけれど。チサの助け船に乗っかって、背を向けた。

歩き出した後、隣から突き刺さる視線が痛い。

「…聞きたいことは、色々あるけど」

「いや、うん、はい。そうですよね」

「放課後、聞く」

「…はい」

彼らのことを、故意にチサに黙っていたわけではない、本当に忘れていただけで―

隣で無言の不機嫌を伝えてくるチサは、果たして、そんな言葉を信じてくれるだろうか。




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