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前編 学園編

5-3.

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5-3.

『赤竜の砂漠』を出た後、街まで戻って転移門をくぐった頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。流石にこのまま『始まりの祠』に潜るのは無理だと、結局その日は寮に戻ることを選んだ。

明けた翌日、三度みたび訪れた『始まりの祠』は、いつもの喧騒が嘘のように静まり返っていて、全く誰もいないわけではないが、人影をチラホラと見かける程度の混み具合。これなら、ブレンが好き勝手に暴れても問題なさそうだと安堵する。

潜り始める前から機嫌のいいブレン、先導する彼に続いて、土壁のダンジョンへと足を踏み入れた。

そのまま、全五階層しかないダンジョンの最下層まで、モンスターを狩りながら突き進む。五階の最奥に近い場所、少し広めの小部屋まで到達したところで、ブレンが立ち止まった。

「99か…」

「うん、モンスターの種類も、普通のしか出ないみたい」

結論から言うと、祠の出現モンスターはレベル99が最高、それを越えるものは現れなかった。レベル99の個体がコンスタントに出現すると思えば助かるが、それでも『おいしい』狩り場というほどではない。

強化モンスターや、ダンジョンボス級のモンスターが出てくれば話はまた違ったが、今のところ、他のダンジョンで普通に見かけるような個体にしか遭遇していない。

「どうする?とりあえず、試験が終わるまではここに潜り続ける?普通にレベルを上げるだけなら、悪くはないと」

「待て、ミア」

「?」

「…何か、来る」

「!」

ブレンの緊張に、彼の視線の先、部屋の入口を確認する。未だ何も見えないそちらに向かって構えた。

少しして、聞こえてきたのは、

「人?走ってきてる?」

「二人。その後ろに何か居るな」

「…追いかけられてるってこと?」

「恐らくな。ミア、相手が読めん。下がってろ」

「…」

人が居るなら、出会い頭に魔法を叩き込む、というわけにもいかない。ブレンに言われるまま、壁際まで部屋の入口から距離をとった。

暫くして、大きくなる足音と共に部屋へと転がりこんできたのは、二人の男子生徒。何処かで見覚えのある―

「お前ら邪魔だ!下がってろ!」

「ヒッ!」

「!?」

ブレンの怒声に、こちらの存在を認識した二人の口から悲鳴が漏れた。

「あなた達、危ないからこっちに来て」

「っ!」

ようやく状況が理解できるようになったのだろう。部屋の入口と、立ち塞がるブレン、それから部屋の隅に居た私を忙しなく確認した男の子二人は、転びそうになりながらもこちらへと駆け寄ってきた。

「ミア!来るぞ!」

「…」

ブレンの警告に、三人分まとめて結界を張る。

「なっ!?」

「わぁ!何だよ!?」

張った結界に、二人組の片方、魔法使いらしき男の子が驚きの声をあげた。その声に、もう片方、剣士らしき男の子が悲鳴を上げて―

「静かにして。ブレンの邪魔しないで」

「!?」

「あっ」

目を見開いてこちらを凝視する魔法使いの子と、慌てて自分の口を押さえている剣士の子。どうやら二人ともパニックにはなっていないことを確認して、視線をブレンに戻した。

入口の向こうを見据えたまま、ブレンが低く身構える。

瞬間―

ブレンに向かって飛んできた巨大な鉄の球体。棘のような突起で覆われたそれの突撃を、ブレンが軽くかわす。

「…すげぇ」

思わず、と言った風に漏れた言葉は剣士の子のもの。その視線は、鉄球の攻撃をかわし続けるブレンに向けられたまま、キラキラと輝いている。

何往復目かの鉄球の突進の後、その動きを跳躍してかわしたブレンが、鉄球に剣を突き立てた。上がる咆哮、鉄球が、剣を立てた位置から開いていく。変形したその姿は、棘を背負った恐竜のような姿をしていて、その見たことのないモンスターの姿に、浮かんだのは―

「…まさか、『特異体』?」

「…やっぱり、そう思いますか?」

こぼれた言葉に返ってきたのは、魔法使いの子の、鋭い眼差し。

「俺達も、あんなの見るのは初めてで、そうかもしれないって思ったんですけど。『特異体』はつい先日討伐されたから、それもおかしいと思って」

「…」

この子の言う通りだ。同じ時期、同じ場所に特異体が二体も出現する確率なんてほとんどゼロ、あり得ない事態だと言える。そもそも、出現確率の低さが特異体の特徴の一つでもあるのだから。

だとしたら―

本当に、特異体は討伐されていたのだろうか?

チュートリアル戦直後に安全宣言がなされると同時に封鎖が解除された祠。当然、危険と判断された特異体は討伐されたものだと思っていたけれど。そう言えば、特異体が討伐されたという報も、どんな特異体だったのかという情報も、何も入って来なかった。

或いは―

「ミア!」

再びのブレンの警告に、念のため、張っている結界を強化した。

「結界を張ってるから安全だけど、恐かったら目をつぶってた方がいいかも」

「え?」

二人組が言葉の意味を飲み込むよりも前に、ブレンが魔力の乗った剣をモンスターに突き立てた。赤く、内側から発光し出したモンスターの体、次の瞬間、あれほど硬そうだったモンスターの体が、爆発、四散した。

「わぁっ!?」

「…」

熔けた鉄の塊のようなモンスターの体の一部がいくつか飛んできて、結界に弾かれて落ちる。目をつぶるひまの無かった剣士の子が悲鳴を上げた。

爆発による土煙が収まりゆく中、立ち尽くす人の姿がようやく見えだす。その背にアナライズをかけて、ブレンの無事を確認した。体力も減っていない様子にホッとする。

振り向き、こちらへ近づいてくるブレンに、二人組が姿勢を正した。並んで立つ二人、ブレンに高い位置から見下ろされて、

「助けて頂き、ありがとうございました。俺達だけじゃ、確実に死んでた」

魔法使いの子が丁寧に頭を下げた。

「あの!あれ!凄かったっす!鉄球に剣、ぶっ刺したやつ!あんな硬いやつ、あんな簡単に刺しちまえるなんて!」

「…」

「俺にも!あんなの出来るっすかね!?」

剣士の子の称賛にも、ブレンの無表情は変わらない。それを特段気にした様子もなく、興奮気味にまくし立てる剣士の子。

―珍しい

眼光鋭く、常に周囲を威嚇しているようにしか見えないブレンに、臆することなく接してくる人間がいるなんて。

一方的ではあるか、ブレンになつく人がいる。感嘆気味にその光景を眺めていて、思い出した。

彼は、彼らは、ゲームでブレンの取り巻きをしていた―

「ねぇ、あなた達、名前は?」




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