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前編 学園編
4-2.
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4-2.
試合の公開に反対しなかったのは、失敗だったかもしれない―
ディーツやアルドといった学園の有名人がパーティーに居るのだから、それなりに観客が集まることは予想していた。しかし、予想以上、集まった観客の中には、アイリーの応援に駆けつけた男子生徒も多いらしく、先程から少なくない数の野太い声援が飛んでいる。
一体、いつの間にこれだけのファンを獲得していたというのか―
当のアイリーは―これからブレン相手に戦うのにも関わらず―それらの声援にいちいち笑顔で手を振っているのだから、相当、舐められたものだと思う。
―本当に、
「…ムカつく女」
「!?」
ビックリした。心の声が外に漏れてしまったのかと思ったが、どうやら、同じタイミングで同じことを思った人間が居たらしく、聞こえてきた声は隣の女生徒から。闘技場を睨み付ける横顔に、先程の発言が決して冗談などではないことが伝わってきた。
同じ思いの彼女が、一体、アイリーの何にムカついているのかが気になり、つい、口を開いてしまう。
「…何で、そんなにムカついてるの?」
「誰よ、あんた」
「誰って聞かれると困るけど」
まあ、確かに。見知らぬ人間に突然声をかけられたら、警戒してしまうだろう。失敗だったかと、それ以上は追及せずに、闘技場に視線を戻す。
「…お貴族様の間じゃあ、どうか知らないけど」
こちらの視線が前を向くと同時に、隣の彼女が一人言のように話し出した。
「あの女は昔から有名なの。『死神』って呼ばれてた」
「死神?」
「そう。まあ、実際に誰かが死んだわけじゃないけど、あの女のせいでパーティーメンバーが再起不能の怪我をおったり、資産を失って破産したり」
―なるほど
憎々しげに語られる内容に、やはり、アイリーは入学前からダンジョンに潜っていたのだということを知る。しかも、どうやら組んでいたのはディーツやアルドだけではないらしい。そのパーティーメンバーが大怪我や破産に陥ったというのなら、確かに問題だとは思うけれど、
「…怪我したり、生活が立ちいかなくなるのは冒険者をやっている以上、ある程度は仕方ないことでしょう?みんな、覚悟の上なんじゃない?」
「そうだけど!あの女は、仲間が疲弊してても平気で無茶をさせるし!仲間に装備やアイテムを平気でねだるのよ!?」
激昂した女生徒に睨まれる。
「そのせいで仲間がどうなろうと気にもしない!ダンジョンで利き腕を失ったせいで、家族を養えずに一家離散した人だっているんだから!」
「…」
何故、平民のアイリーが今の時点であそこまで強くなれたのかという疑問に対する、一つの可能性―
アイリーを悪し様に言う彼女の一方的な言い分をそのまま信じることは出来ないけれど、彼女の言葉が正しければ辻褄は合う、と思ってしまった。
通常、ダンジョンに潜ろうと思えば、初期投資だけでもそれなりのお金が必要になってくる。当初、拳一つで潜っていたというブレンみたいな例外を除いては、資金に余裕がある貴族、貴族に雇われた冒険者が圧倒的に有利な世界。
それでも、普通にダンジョンに潜っているだけなら、レベルが年齢プラス10もいけばいい方で、彼女のレベル75という数字は、本当に驚異。隣の彼女が言う『無茶』くらいはしないと、恐らく到達しない高みではある。
それでも。例え、彼女の話が真実だとしても―非常にムカつく話ではあるが―それはアイリーと彼女のパーティーメンバーの問題、だとも思う。学園入学前の話なら、彼女は十代前半。パーティーメンバーが家族を養うほどの年齢、責任ある立場だというなら余計に。それに、きっと、外からでは見えないこともある。
アイリーへの苛立ちを罵詈雑言という形で口にし続ける彼女にとって、相当腹に据えかねることがあったのも事実だろうから、何も言えないけれど―
「おい、女!さっきから聞いていれば、いい加減なことを!」
突如、背後から割り込んできた怒声。
「平民の分際でアイリー嬢を貶めるなど、貴様!立場というものがわかっていないようだな!」
アイリーの信奉者のものだと思われるそれに、背後を振り返った。
「いい加減なんかじゃないわ!」
「はっ!口だけなら何とでも言える!」
見るからに貴族、高圧的な男の態度にも、女生徒に引く気配はない。
「私の父は、あの女と組んで、右腕を失ったの!それでもまだ、あの女を追いかけてる!」
「…」
彼女の、アイリーに対する憎悪は、だから―
「人を犠牲にして、踏み台にしてまでのしあがろうとするあの女が死神でないなら、何だって言うのよ!?」
「貴様!言わせておけば!」
掴みかかりそうになる男を止めようと一歩踏み出したところで、男の背後、近づいてくる人の姿に気づく。
「…あなた、その話、もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「なっ!?」
「カトレア様!?」
取り巻きを連れたカトレアの登場に、激昂していた男がたじろいだ。一瞬怯んだところをそのまま、カトレアの取り巻き達に蹴散らされてしまう男。どうやら、大事にはならなさそうな様子に、一歩引いた。
むしろ、このままここに居ては巻き込まれそう、ブレンの試合を見逃す羽目になりそうだと気づき、もう数歩下がる。周囲の目がこちらを向いていないことを確かめ、気づかれぬように、黙ってその場を後にした。
試合の公開に反対しなかったのは、失敗だったかもしれない―
ディーツやアルドといった学園の有名人がパーティーに居るのだから、それなりに観客が集まることは予想していた。しかし、予想以上、集まった観客の中には、アイリーの応援に駆けつけた男子生徒も多いらしく、先程から少なくない数の野太い声援が飛んでいる。
一体、いつの間にこれだけのファンを獲得していたというのか―
当のアイリーは―これからブレン相手に戦うのにも関わらず―それらの声援にいちいち笑顔で手を振っているのだから、相当、舐められたものだと思う。
―本当に、
「…ムカつく女」
「!?」
ビックリした。心の声が外に漏れてしまったのかと思ったが、どうやら、同じタイミングで同じことを思った人間が居たらしく、聞こえてきた声は隣の女生徒から。闘技場を睨み付ける横顔に、先程の発言が決して冗談などではないことが伝わってきた。
同じ思いの彼女が、一体、アイリーの何にムカついているのかが気になり、つい、口を開いてしまう。
「…何で、そんなにムカついてるの?」
「誰よ、あんた」
「誰って聞かれると困るけど」
まあ、確かに。見知らぬ人間に突然声をかけられたら、警戒してしまうだろう。失敗だったかと、それ以上は追及せずに、闘技場に視線を戻す。
「…お貴族様の間じゃあ、どうか知らないけど」
こちらの視線が前を向くと同時に、隣の彼女が一人言のように話し出した。
「あの女は昔から有名なの。『死神』って呼ばれてた」
「死神?」
「そう。まあ、実際に誰かが死んだわけじゃないけど、あの女のせいでパーティーメンバーが再起不能の怪我をおったり、資産を失って破産したり」
―なるほど
憎々しげに語られる内容に、やはり、アイリーは入学前からダンジョンに潜っていたのだということを知る。しかも、どうやら組んでいたのはディーツやアルドだけではないらしい。そのパーティーメンバーが大怪我や破産に陥ったというのなら、確かに問題だとは思うけれど、
「…怪我したり、生活が立ちいかなくなるのは冒険者をやっている以上、ある程度は仕方ないことでしょう?みんな、覚悟の上なんじゃない?」
「そうだけど!あの女は、仲間が疲弊してても平気で無茶をさせるし!仲間に装備やアイテムを平気でねだるのよ!?」
激昂した女生徒に睨まれる。
「そのせいで仲間がどうなろうと気にもしない!ダンジョンで利き腕を失ったせいで、家族を養えずに一家離散した人だっているんだから!」
「…」
何故、平民のアイリーが今の時点であそこまで強くなれたのかという疑問に対する、一つの可能性―
アイリーを悪し様に言う彼女の一方的な言い分をそのまま信じることは出来ないけれど、彼女の言葉が正しければ辻褄は合う、と思ってしまった。
通常、ダンジョンに潜ろうと思えば、初期投資だけでもそれなりのお金が必要になってくる。当初、拳一つで潜っていたというブレンみたいな例外を除いては、資金に余裕がある貴族、貴族に雇われた冒険者が圧倒的に有利な世界。
それでも、普通にダンジョンに潜っているだけなら、レベルが年齢プラス10もいけばいい方で、彼女のレベル75という数字は、本当に驚異。隣の彼女が言う『無茶』くらいはしないと、恐らく到達しない高みではある。
それでも。例え、彼女の話が真実だとしても―非常にムカつく話ではあるが―それはアイリーと彼女のパーティーメンバーの問題、だとも思う。学園入学前の話なら、彼女は十代前半。パーティーメンバーが家族を養うほどの年齢、責任ある立場だというなら余計に。それに、きっと、外からでは見えないこともある。
アイリーへの苛立ちを罵詈雑言という形で口にし続ける彼女にとって、相当腹に据えかねることがあったのも事実だろうから、何も言えないけれど―
「おい、女!さっきから聞いていれば、いい加減なことを!」
突如、背後から割り込んできた怒声。
「平民の分際でアイリー嬢を貶めるなど、貴様!立場というものがわかっていないようだな!」
アイリーの信奉者のものだと思われるそれに、背後を振り返った。
「いい加減なんかじゃないわ!」
「はっ!口だけなら何とでも言える!」
見るからに貴族、高圧的な男の態度にも、女生徒に引く気配はない。
「私の父は、あの女と組んで、右腕を失ったの!それでもまだ、あの女を追いかけてる!」
「…」
彼女の、アイリーに対する憎悪は、だから―
「人を犠牲にして、踏み台にしてまでのしあがろうとするあの女が死神でないなら、何だって言うのよ!?」
「貴様!言わせておけば!」
掴みかかりそうになる男を止めようと一歩踏み出したところで、男の背後、近づいてくる人の姿に気づく。
「…あなた、その話、もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「なっ!?」
「カトレア様!?」
取り巻きを連れたカトレアの登場に、激昂していた男がたじろいだ。一瞬怯んだところをそのまま、カトレアの取り巻き達に蹴散らされてしまう男。どうやら、大事にはならなさそうな様子に、一歩引いた。
むしろ、このままここに居ては巻き込まれそう、ブレンの試合を見逃す羽目になりそうだと気づき、もう数歩下がる。周囲の目がこちらを向いていないことを確かめ、気づかれぬように、黙ってその場を後にした。
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