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前編 学園編
2-4.
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2-4.
結局、『始まりの祠』については、とりあえず様子見をしようという話で落ち着いた。それまでは、学園生活がどんなものなのか―少なくとも私は―楽しもうということで迎えた入学二日目、午前の講義を無難にこなして訪れた学内食堂で、嬉しいものを見つけた。
中世ヨーロッパの雰囲気をベースにしたこの世界では、当然、食文化も前世の欧州のそれを模倣している。食事は、こってり、たまにスパイシーが基本だ。かといって、料理自体は美味しいので、特に今までそれに苦痛を感じることも無かった。
ところが不思議なもので、学食のメニューにあった『ハンバーグ定食』、世界観からずれている気もするそれを食べた瞬間、感じたのは郷愁。今までは、前世の記憶はあっても、そこに感情がのることなんてなかったのに。この世界で初めて食べた『ハンバーグ』に懐古の念を引きずり出された。下町の洋食屋の味、たぶん魂に刻まれていた思い出―
「明日は、『カレー』を頼んでみようかな?」
「…気に入ったのか?」
目の前で、この世界ではポピュラーな料理―但しかなりの大盛―を食べていたブレンが、顔を上げて尋ねてくる。確かに、今までそんなに食にこだわることはなかったんだけど。
「うん、好きかも」
「…」
私の顔と、すっかり空になった私の皿を訝しげに見比べるブレン。
ただ流石に、ここにも『米飯』はないようで、『ハンバーグ定食』にはパンがついていたし、『カレー』についているのはナンだった。それでも、学園の外では一度もお目にかかったことのないラインナップに、若干、心が浮き立つ。
「卒業しないでずっと学園に在籍するのもありかも。ダメなら、将来的に食堂で働く、」
「ダメだ」
「…」
「お前は、俺が連れていく」
「ここで止まるつもりはない」というブレンの言葉が真剣で、ちょっとふざけすぎたかと反省する。黙り込んでしまったブレンに冗談だと返しながらも、気まずくなって、視線を反らした。その先、視界にはいってきた男の姿に、一瞬、心臓が大きく跳ねた。
いつか、またどこかで会うかもしれないとは思っていたけれど―
―カイ
思っていたよりもかなり早い再会に、僅かに動揺する。
深みのある群青の髪。アシンメトリーに伸ばされた前髪からトパーズの瞳が覗いている。感情の感じられないその端正な顔は、あの頃と全く変わっていないように見える。
彼が、学園に居るということは―
「…」
我慢できずにかけたアナライズ。確かめずに居られなかった。表示されたのはレベル31という数字。
―変わってない
あの頃のまま。感じたのは安堵か、罪悪感か。
「…知り合いか?」
「え?」
その言葉にブレンを見れば、ブレンの視線はカイを向いていた。
「…以前、ビンデバルドの家で働いてた人」
「…」
そして、ゲームにおける攻略対象の一人―
聞いておきながら、何の反応も返さないブレンに、再び視線をカイに戻す。
空いている席を探しながらこちらに近づいてくるカイ。両手に、それぞれ料理の乗ったトレーを持っている。
―誰かと一緒?
ならやはり、既に彼は―
「…おい、何を気にしている?」
「うん、ちょっと」
彼を見ると胸に走る小さな痛み。これが何の痛みなのか。過去に対する後悔?それとも、未来に対する―?
「…行くぞ」
「え?」
突然、立ち上がったブレン。急なその行動に呆気にとられた。それでもお構いなしに、さっさと行ってしまいそうなブレンを慌てて引き留める。
「ブレン、ちょっと待って!まだ食べ終わってないじゃない!どうしたの、急に?」
「…」
背を向けようとしていたブレンだが、黙って座り直すと、皿の残りを一気に掻き込んだ。
「…行くぞ」
「う、うん」
再び立ち上がったブレンに、今度は大人しく頷く。一体、どうしたというのか。彼らしくない行動に戸惑いながらも、何も言わない背中を追った。
食堂の出口、開きっぱなしのドアをくぐろうとしたところで、背後からざわめきが伝わってくる。振り向いた先、みんなの視線が向かうのは、食堂の反対側の扉。あれは―
昨日、入学式で新入生代表として檀上に上がっていたディーツ・アメルンが、ちょうど食堂内へ足を踏み入れたところだった。その背後、彼に続いた人物の鮮やかな髪色を、目が拾う。
―桃色
ゲームにおいて、主人公を象徴する色として使われていた色、桃色。その色を持つ少女が食堂の入口、ディーツと並んで立っていた。
結局、『始まりの祠』については、とりあえず様子見をしようという話で落ち着いた。それまでは、学園生活がどんなものなのか―少なくとも私は―楽しもうということで迎えた入学二日目、午前の講義を無難にこなして訪れた学内食堂で、嬉しいものを見つけた。
中世ヨーロッパの雰囲気をベースにしたこの世界では、当然、食文化も前世の欧州のそれを模倣している。食事は、こってり、たまにスパイシーが基本だ。かといって、料理自体は美味しいので、特に今までそれに苦痛を感じることも無かった。
ところが不思議なもので、学食のメニューにあった『ハンバーグ定食』、世界観からずれている気もするそれを食べた瞬間、感じたのは郷愁。今までは、前世の記憶はあっても、そこに感情がのることなんてなかったのに。この世界で初めて食べた『ハンバーグ』に懐古の念を引きずり出された。下町の洋食屋の味、たぶん魂に刻まれていた思い出―
「明日は、『カレー』を頼んでみようかな?」
「…気に入ったのか?」
目の前で、この世界ではポピュラーな料理―但しかなりの大盛―を食べていたブレンが、顔を上げて尋ねてくる。確かに、今までそんなに食にこだわることはなかったんだけど。
「うん、好きかも」
「…」
私の顔と、すっかり空になった私の皿を訝しげに見比べるブレン。
ただ流石に、ここにも『米飯』はないようで、『ハンバーグ定食』にはパンがついていたし、『カレー』についているのはナンだった。それでも、学園の外では一度もお目にかかったことのないラインナップに、若干、心が浮き立つ。
「卒業しないでずっと学園に在籍するのもありかも。ダメなら、将来的に食堂で働く、」
「ダメだ」
「…」
「お前は、俺が連れていく」
「ここで止まるつもりはない」というブレンの言葉が真剣で、ちょっとふざけすぎたかと反省する。黙り込んでしまったブレンに冗談だと返しながらも、気まずくなって、視線を反らした。その先、視界にはいってきた男の姿に、一瞬、心臓が大きく跳ねた。
いつか、またどこかで会うかもしれないとは思っていたけれど―
―カイ
思っていたよりもかなり早い再会に、僅かに動揺する。
深みのある群青の髪。アシンメトリーに伸ばされた前髪からトパーズの瞳が覗いている。感情の感じられないその端正な顔は、あの頃と全く変わっていないように見える。
彼が、学園に居るということは―
「…」
我慢できずにかけたアナライズ。確かめずに居られなかった。表示されたのはレベル31という数字。
―変わってない
あの頃のまま。感じたのは安堵か、罪悪感か。
「…知り合いか?」
「え?」
その言葉にブレンを見れば、ブレンの視線はカイを向いていた。
「…以前、ビンデバルドの家で働いてた人」
「…」
そして、ゲームにおける攻略対象の一人―
聞いておきながら、何の反応も返さないブレンに、再び視線をカイに戻す。
空いている席を探しながらこちらに近づいてくるカイ。両手に、それぞれ料理の乗ったトレーを持っている。
―誰かと一緒?
ならやはり、既に彼は―
「…おい、何を気にしている?」
「うん、ちょっと」
彼を見ると胸に走る小さな痛み。これが何の痛みなのか。過去に対する後悔?それとも、未来に対する―?
「…行くぞ」
「え?」
突然、立ち上がったブレン。急なその行動に呆気にとられた。それでもお構いなしに、さっさと行ってしまいそうなブレンを慌てて引き留める。
「ブレン、ちょっと待って!まだ食べ終わってないじゃない!どうしたの、急に?」
「…」
背を向けようとしていたブレンだが、黙って座り直すと、皿の残りを一気に掻き込んだ。
「…行くぞ」
「う、うん」
再び立ち上がったブレンに、今度は大人しく頷く。一体、どうしたというのか。彼らしくない行動に戸惑いながらも、何も言わない背中を追った。
食堂の出口、開きっぱなしのドアをくぐろうとしたところで、背後からざわめきが伝わってくる。振り向いた先、みんなの視線が向かうのは、食堂の反対側の扉。あれは―
昨日、入学式で新入生代表として檀上に上がっていたディーツ・アメルンが、ちょうど食堂内へ足を踏み入れたところだった。その背後、彼に続いた人物の鮮やかな髪色を、目が拾う。
―桃色
ゲームにおいて、主人公を象徴する色として使われていた色、桃色。その色を持つ少女が食堂の入口、ディーツと並んで立っていた。
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