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前編 学園編

2-2.

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2-2.

学園についた途端、ブレンが姿を消した。「新入生は講堂にて入学式を執り行う」というアナウンスを聞くや否や、「面倒だ」の一言で雲隠れしてしまったのだ。流石にそこまでの度胸を持ち合わせていない私は、大人しく、一人で入学式へ参加することを決めた。

レンガ造りの校舎が建ち並ぶ中、思ったよりも緑の多い敷地を抜けた先には、一際大きな建物。新入生と思われる生徒達の流れに混じり、その建物の中へと足を踏み入れた。

―すごい

前世の知識として、こういう建物があるということは知っていたけれど。高い天井、そこに描かれた鮮やかな色彩の絵画、色とりどりのステンドグラスからは、柔らかな光が講堂内へと降り注いでいる。

貴族籍にありながらも、社交というものには一切無縁だった私にとって、初めて目にするきらびやかな世界。思わず魅入られていると、

「なぁに、アレ?どこの田舎者よ」

「嫌だわぁ。ああいうのが学園の品位を下げるのよね」

「平民でしょ?仕方ないんじゃない?」

「…」

声のした方へ視線を巡らせると、貴族の令嬢らしき三人組が、こちらを見ながらクスクスと笑いあっているのが視界に入った。

「やだぁ、こっち見てる」

「本当だ。睨んでるわよ?」

「最悪」

周囲も異変に気づいたのだろう、対峙する私と彼女達の周囲だけ、人波が途絶えてしまっている。ここで彼女達に関わるのも面倒だと足を進めようとしたところで、小さなざわめきが近づいて来ることに気がついた。割れる人混みから現れたのは、取り巻きを連れた―明らかに高位とわかる―貴族令嬢で、

「あなた方は何をなさっているの?」

「!?カトレア様!」

絡んできた三人が反応したということは、やはりそれなりの地位にあるご令嬢なのだろう。

「いえ、あの、私達は何も。ただ、彼女が場をわきまえない行動をしていたものですから、つい」

「そう。では、その役目は私が引き受けましょう。このままでは、あなた方のせいで式に支障が出てしまうわ」

「も、申し訳ありません!」

頭を下げた令嬢達が、そそくさと人混みに消えていった。『カトレア様』と呼ばれた令嬢の視線がこちらを向く。

「あなたも。仮にも学園の人間なら、それ相応の振る舞いをなさい」

「…」

大人しく頷けば、それ以上何かを言われることもなく解放され、再び動き出した人波に紛れて奥へと進んだ。

たどり着いた空間、広間の前方、何人かの教師らしき人間が、一段高くなった檀上に並んでいるのが見える。やがて、その中の一人、初老の男性が演台の前に立つと、講堂内のざわめきが徐々に静かになっていく。次いで、司会の声で、演台に立つ人物がこの学園の学園長であるという紹介が始まった。

―こんな顔だったんだ

前世の記憶でも、確かに、入学式イベントがあったような気はするのだが、学園長については、彼の容姿どころか、存在そのものが全く記憶にない。そもそも、ゲームに登場していたかどうかも曖昧だ。

その一方で、同じく檀の上、端に居並ぶ先生のうち、赤毛の巻き髪がゴージャスな女性には見覚えがあった。確か、何かのイベントに出てきたはず。

思うに―

前世の私のゲーム知識はそれほど深くはなく、ゲームに関して知らないことが多そうだということ。流石に攻略対象については覚えていることも多いが、それさえ、完全ではないかもしれない―

「新入生代表―」

「?」

式の挨拶をする新入生の名前を読み上げた司会の声に、ざわめきが起きた。周囲の人達も、何やら熱い眼差しで檀上に上がっていく男の姿を追っている。その男の姿に、見覚えがあった。

―ディーツ・アメルン

ゲームにおけるメイン攻略対象の一人で、『王子様』の出てこないゲームにおいて、実質ナンバーワンの家柄を誇る公爵家の一人息子。

ゲームにおけるパーティー編成、『プレイヤーを入れた三人』という縛りの中で、攻守のバランスに優れ、非常に使い勝手が良かったディーツ。しかも、レベル上限開放後は、90代後半まで伸びる成長率の良さに、ダンジョン攻略メンバーとしては屈指の人気を誇っていた。

今も、周囲のざわめき具合から、ディーツの人気が非常に高そうだということが伝わってくる。

「あの方が、ディーツ・アメルン様?私、お姿を拝見するのは初めて!」

「素敵な方よね。お美しいし、お強い。それにとてもお優しい方だとお聞きするわ」

「グライスナー家のカトレア様とご婚約されているのよね?」

『カトレア』という名前に、先ほどの貴族令嬢の姿が脳裏に浮かぶ。

「あら、ご存じ無いの?」

答えた女生徒の声に、嫌な笑い、含みが感じられた。

「それはカトレア様が勝手におっしゃっているだけだそうよ?カトレア様ご本人とご両家はその気でも、ディーツ様が拒否されていらっしゃるんですって」

「まぁ!」

「…そう言えば、ご婚約の発表が行われたというお話は聞いてないわね」

「そうでしょう?」

顔を見合わせてクスクスと笑い合う女生徒達の姿は、先ほど絡んできたご令嬢達と重なって―

なんだかなぁと思う。自分とは無関係の世界、それでもそこから漏れ出したドロドロとした人の悪意を見せられることには辟易する。思った以上に馴染めそうにない環境に、出来るだけ早く、学園を出ようと決めた。




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