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前編 学園編
1-7. Side B
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1-7. Side B
ダンジョンを出たところで「今日から、宿生活だ」と言い出したミア。問答無用で、己の寝泊まりする常宿へと引っ張って行きながら、学園に通うことにした己の判断は間違っていなかったと確信する。
ダンジョンに潜る装備しか持たずに、市井のことなど何も知らない貴族の女が「どこに宿があるのか」等と呑気に尋ねてくる無防備さに、心底、寒気がした。
初めて会ったときのこの女は―確かに弱い部分はあったが―ここまで無防備ではなかったはずなのだが―
初めてミアと遭遇し、メタルサーペントと対峙した時。ミアのかける補助魔法の強さに、圧倒的な彼我のレベルの差を痛感した。この女は、強い。なのに―
サーペントと対峙した女の体は、小さく震えていた。表情からはうかがえなかったその様子に彼女の怯えを知り、押し退けた。己の戦いに邪魔なものを排除しただけ。
直後、ミアに重ね掛けされたブーストは強力過ぎて、自分の体が全くの別物に思えるほど。結果、死すら覚悟していた高レベルモンスターとの戦闘にも勝利し、初めてと言えるほどの高揚を感じた。
元々、ダンジョンで破れ、朽ち果てるなら、それはそれで良いと思っていたのだ。その時は、己の力が及ばなかった、それだけのことだと。
それが、突然現れた女の力が己をここまで押し上げた。感謝とは言わないが、興味は沸いた。だから、話を聞くことにしたのだ。人をいきなり隷属させようとするおかしな女の話を。
それでも、「強くなれる」というミアの言葉を直ぐに受け入れたわけではない。試してみるつもりで、騙された時はそれなりの報復を誓って、結んだ仮契約。
結んで直ぐ、それだけで至極容易に越えてしまった己のレベル上限。今まで己がしてきたことは何だったのかと思えるほどに、あっさりとしたレベルアップ。
確かにあの時、己の世界が変わった―
六年近く変化することのなかった30という数字が上書きされた、あの瞬間。あの時の衝撃を越えるものなど、一生現れないだろう。
俺はまだ、強くなれる―
そのためならば、ミアに隷属することに何の抵抗もなかった。紋が刻まれた位置など―ミアはうるさく言っていたが―本当に大した問題ではなかったのだ。
だが、思いの外、それに反応した男が居た。今まで己に全く関心を示さなかった男が、激怒したのだ。
―何を考えている!
―オーベル家の恥さらしが!
オーベル家に仕えていた下働きの母に手を出し、己を産ませたゲスが。仕事場を追われた母が死に、正妻との間に息子が一人しか居ないからと、万一の予備として拾われただけの己の身。あの家に渦巻く、無関心も嫌悪も侮蔑も、全てが煩わしかった。
だから、愉快だった、男の激昂が―
かつては、男を見返すために拘ったレベル30越え。貴族ならばレベル30を越えて当然と考える貴族優位主義の男。己と半分血を同じくする異母兄のレベル上限を開放しようと、あらゆる手段を用いていた男に、見せつけてやるつもりだった。貴様の拘る上限など、己一人の力で越えて見せると。
なのに―
実際に越えてしまえば、あれほど拘っていた男への力の誇示など、どうでもよくなった。
―何を笑っている!?野良犬はどこまでいっても野良犬ということか!
―出ていけ!二度と顔を見せるな!
―金輪際、オーベルを名乗ることは許さん!
怒声に愉悦が広がる。そうだ、この家に、血に拘ることに、何の意味があるというのか。
だから、そのまま家を出た。己なら、自分一人で生きていける―
随分後になって、家を出たことを話した時のミアの顔は面白かった。普段、自身の家名を重視してもいないような彼女が、己が家を捨てたくらいであれほど狼狽えるとは。
先ほどの彼女の言葉を思い出す。
―これ、いつまで続けるの?
いつまで、だと―?
何を決まりきったことを。今更、お前を手離すつもりなど、毛頭ない。その為にも、俺は強くなる。ミアを失わないために―
先ほどの失態を思いだし、再び顔が歪む。
あれは完全に失敗だった。イフリート攻略に熱くなりすぎて、ミアへの注意を怠った。油断しすぎてしまったのだ。
いくらミアが魔法防御に長けているとはいえ、油断が致命傷に繋がることもある。以前、毒に侵されたミアがそれを隠し、病院に担ぎこむ羽目になったことがあった。それ以来、ミアの「平気」は信用しないことにしている。あんな思いは、二度とごめんだ。
今、大人しく隣を歩くミアを見下ろす。いつのまにか、随分小さく感じるようになってしまった姿。
行けるところまで行くと決めている。
最期まで、ミアを連れて―
ダンジョンを出たところで「今日から、宿生活だ」と言い出したミア。問答無用で、己の寝泊まりする常宿へと引っ張って行きながら、学園に通うことにした己の判断は間違っていなかったと確信する。
ダンジョンに潜る装備しか持たずに、市井のことなど何も知らない貴族の女が「どこに宿があるのか」等と呑気に尋ねてくる無防備さに、心底、寒気がした。
初めて会ったときのこの女は―確かに弱い部分はあったが―ここまで無防備ではなかったはずなのだが―
初めてミアと遭遇し、メタルサーペントと対峙した時。ミアのかける補助魔法の強さに、圧倒的な彼我のレベルの差を痛感した。この女は、強い。なのに―
サーペントと対峙した女の体は、小さく震えていた。表情からはうかがえなかったその様子に彼女の怯えを知り、押し退けた。己の戦いに邪魔なものを排除しただけ。
直後、ミアに重ね掛けされたブーストは強力過ぎて、自分の体が全くの別物に思えるほど。結果、死すら覚悟していた高レベルモンスターとの戦闘にも勝利し、初めてと言えるほどの高揚を感じた。
元々、ダンジョンで破れ、朽ち果てるなら、それはそれで良いと思っていたのだ。その時は、己の力が及ばなかった、それだけのことだと。
それが、突然現れた女の力が己をここまで押し上げた。感謝とは言わないが、興味は沸いた。だから、話を聞くことにしたのだ。人をいきなり隷属させようとするおかしな女の話を。
それでも、「強くなれる」というミアの言葉を直ぐに受け入れたわけではない。試してみるつもりで、騙された時はそれなりの報復を誓って、結んだ仮契約。
結んで直ぐ、それだけで至極容易に越えてしまった己のレベル上限。今まで己がしてきたことは何だったのかと思えるほどに、あっさりとしたレベルアップ。
確かにあの時、己の世界が変わった―
六年近く変化することのなかった30という数字が上書きされた、あの瞬間。あの時の衝撃を越えるものなど、一生現れないだろう。
俺はまだ、強くなれる―
そのためならば、ミアに隷属することに何の抵抗もなかった。紋が刻まれた位置など―ミアはうるさく言っていたが―本当に大した問題ではなかったのだ。
だが、思いの外、それに反応した男が居た。今まで己に全く関心を示さなかった男が、激怒したのだ。
―何を考えている!
―オーベル家の恥さらしが!
オーベル家に仕えていた下働きの母に手を出し、己を産ませたゲスが。仕事場を追われた母が死に、正妻との間に息子が一人しか居ないからと、万一の予備として拾われただけの己の身。あの家に渦巻く、無関心も嫌悪も侮蔑も、全てが煩わしかった。
だから、愉快だった、男の激昂が―
かつては、男を見返すために拘ったレベル30越え。貴族ならばレベル30を越えて当然と考える貴族優位主義の男。己と半分血を同じくする異母兄のレベル上限を開放しようと、あらゆる手段を用いていた男に、見せつけてやるつもりだった。貴様の拘る上限など、己一人の力で越えて見せると。
なのに―
実際に越えてしまえば、あれほど拘っていた男への力の誇示など、どうでもよくなった。
―何を笑っている!?野良犬はどこまでいっても野良犬ということか!
―出ていけ!二度と顔を見せるな!
―金輪際、オーベルを名乗ることは許さん!
怒声に愉悦が広がる。そうだ、この家に、血に拘ることに、何の意味があるというのか。
だから、そのまま家を出た。己なら、自分一人で生きていける―
随分後になって、家を出たことを話した時のミアの顔は面白かった。普段、自身の家名を重視してもいないような彼女が、己が家を捨てたくらいであれほど狼狽えるとは。
先ほどの彼女の言葉を思い出す。
―これ、いつまで続けるの?
いつまで、だと―?
何を決まりきったことを。今更、お前を手離すつもりなど、毛頭ない。その為にも、俺は強くなる。ミアを失わないために―
先ほどの失態を思いだし、再び顔が歪む。
あれは完全に失敗だった。イフリート攻略に熱くなりすぎて、ミアへの注意を怠った。油断しすぎてしまったのだ。
いくらミアが魔法防御に長けているとはいえ、油断が致命傷に繋がることもある。以前、毒に侵されたミアがそれを隠し、病院に担ぎこむ羽目になったことがあった。それ以来、ミアの「平気」は信用しないことにしている。あんな思いは、二度とごめんだ。
今、大人しく隣を歩くミアを見下ろす。いつのまにか、随分小さく感じるようになってしまった姿。
行けるところまで行くと決めている。
最期まで、ミアを連れて―
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