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前編 学園編
1-2.
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1-2.
五年前―
「…貴様、一体何が目的だ?」
「暇だから、あなたの戦いを観ているだけ」
「…」
舌打ちとともに前を向いてしまった少年―ブレン―は、相当、気が立っているようだ。それでも、それ以上は何も言わずに再び前を向いて歩き出すブレンの後を、黙ってついていく。
「奴隷にならないか」というこちらの誘いは、やはりというかなんというか、彼には受け入れてもらえず。当然と言えば当然のこと、代わりに返ってきたのは無言のままの一撃だった。その一撃を避けた後は、先程の質問以外はずっと無視され続けている。
黙々と歩くブレン。その足取りに迷いがないことから、彼がこの階層を歩き慣れていることがわかる。
暗く細い通路の角をいくつか曲がった先、現れた、開けた空間。やや明るいその部屋にあったのは、下層―地下31階―へと続く階段だった。躊躇いもなく足を進めるブレンを、咄嗟に呼び止めた。
「待って!下に進むつもり?」
「…」
「やめた方がいいと思う。31階って、ランダムで強化モンスターが出現するから」
今度は、純粋な親切心から出た忠告だったのだけれど。残念ながらその忠告も、彼には受け入れてもらえず。立ち止まることもなく―私の存在を完全に無視して―暗闇に続く階段を降りていくブレンの姿に、ふとよぎる可能性。
―彼は既に下層階に到達している?
てっきり、30階層を狩り場にしているのかと思った―それでも相当な驚異だ―けれど、31階層にも既に到達しているのかもしれない。下り階段、慣れた足取りで暗闇の中へ降りていくブレンの背中を慌てて追いながら、そう思った。
到達した31階層、壁が薄暗く発光し、周囲の様子が見えてくる。この階の攻略における注意点は『強化された高レベルモンスターが出現する』こと。出現率が低いとは言え、十分なレベル上げが出来ていなければ、最悪、一発退場となってしまう可能性だってある。
前を歩くブレンの背中を見つめる―
今の彼では確実に死んでしまうだろう。それは『嫌』だと思った。
突如、ブレンの更に前方、光の当たらない岩影に感じた、違和感―
「ブレン!止まって!」
「!」
本気の忠告。今度は伝わったそれが、ブレンの足を止めた。
「離れて!来る!!」
「…」
ブレンが大きく飛びすさる。深い闇の中から、僅かに地を擦る音と共に姿を現したのは、
「っ!メタルサーペントだと!?」
「…最悪なのが出た」
目の前、身をよじらせ、光沢のある表皮を光に反射させている巨大な蛇にアナライズをかける。表示されたレベルは45、そこまで高くはない。問題なのは、メタルサーペントの持つ特性。魔防に優れた防具の素材ともなる鱗に全身を覆われた、その魔法耐性の高さだ。星影の塔屈指の魔法耐性をもち、かつ強化されている分、魔法攻撃はほぼ通らないと思った方がいいだろう。
遠距離魔法攻撃特化の私との相性は、かなり悪い。
―やりたくはないけれど
いつもはお守りがわりでしかない腰のダガーを抜いて構える。視界の隅、同じように剣を抜き、戦闘態勢に入るブレンが映った。
「…ブレン、下がってて。あなたじゃ無理」
「…」
引く様子のないブレンに、チラリと視線を送る。彼の横顔には、怯えや気負い、ましてや絶望も、全く見えない。
「…わかった。時間がないから、文句は後から聞く」
言葉と同時に、ブレンに強化ブーストをかける。彼が僅かに反応したのを、気配で感じた。
「攻撃、防御、速度も上げたから、体の動かし方がいつもと違うかも。それだけ気を付けて」
「…」
何も言わずに飛び出して行くブレンの背に向かって叫ぶ。
「効果が切れる前に、こっちで勝手に掛け直す!」
「…」
一瞬だけ、こちらに視線を送ったブレン―
「だから好きに戦え」という意味で言った私の言葉は、上手く伝わっただろうか?
大きな跳躍、サーペントの頭上で振りかぶったブレンの斬撃が綺麗に決まった。それでも、これだけ綺麗に入ったのに、
―ダメか
僅かに削れてはいる。だけどやっぱり、レベルの格差が大きすぎる。ほとんど体力が減っていない。彼一人では無理―
自分にもブーストをかけ、サーペントに近接する。うねる巨体に、思いきりダガーを突き立てた。固い鱗を切り裂いて肉まで到達した手応え。けど、それでも浅い。丸太のようなサーペントの胴の、半分にも達していない。
刺さったダガーの痛みに、サーペントがのたうち回る。追撃を入れるため、ブレンがサーペントの弱点である頭部を狙って再び跳び上がった。
けれど―
闇雲に振り回していたサーペントの重い尾がブレンに当たり、鈍い音をたてて彼の体が吹き飛んだ。
「ブレン!」
「…」
サーペントの体にダガーを突き立てながら、ブレンの飛んでいった先を確かめる。壁に激突し、地面に転がったブレン。直ぐに立ち上がるが、その体がふらついている。かなりのダメージが入ってしまったようだ。
―ヒール
「っ!?」
ブレンを淡い緑色の光が包む。これである程度の傷は癒せたはずだが、この距離からではさすがに限界がある。
「ブレン!平気っ!?」
「…」
無事を確かめれば、返事代わりに、ブレンが大きく跳躍して再びサーペントに迫る。振りかぶった剣が振り下ろされた。頭部に突き刺さる刃先。絶叫を上げるサーペントに唖然とする。
―クリティカルヒット?
ゲームとは違い、実際に当てるのは相当難しいはずの急所攻撃。でも、確かに、サーペントには先ほどより大きなダメージが入っている。隣に降り立ったブレンが、地面をのたうち回るサーペントに油断なく構えながら、口を開いた。
「貴様は下がってろ」
「え?」
「邪魔だ」
トン、と軽く肩を押され、そのままフラフラと後退してしまう。
「補助魔法だけはかけ続けろ」
「…わかった」
実際にやり合って、ブレンもサーペントとのレベル差を痛感したはず。その上で彼がそう言うのなら、私は本当に邪魔なのだろうと後退を決めた。正直、
―助かった
最近は滅多にしなくなっていた近接戦。骨が折れ、肉が切れ、血が噴き出す―
必要なこととわかってはいても、苦手なソレをなかなか克服することが出来ずにいる。いつもなら、魔法の効かない相手との戦闘は極力避けるのだけれど。今回のような、強化モンスターとの遭遇は半ば強制イベント、逃げ切れるか微妙なところではあった。
サーペントの攻撃範囲の外に出て、早めにブレンのブーストをかけ直した。
見守る中、ブレンの攻撃が次々と決まっていく。三回に一度は発生しているクリティカルヒット。そんなに容易く出せるものではないはずなのに。
彼の地力、身体能力の高さがそうさせるのか。普段と違う速さ故に、慣れるまでは時間がかかるとされている速度強化にも、見たところ全く支障を来していない。完全に対応できている。なら、
「ブレン!速度強化!もう一段階上げられる!」
「やれ!」
ブレンの声に、直ぐさま強化を重ねた。その一瞬だけ、サーペントと距離を置いたブレンだったが、段階を上げた速度強化にも直ぐに対応してしまった。
―これは、勝てる
そう確信したところで、また、ブレンのクリティカルヒットが決まった。ブレンを狙ってもたげていたサーペントの首が崩れ落ちる。追撃も決まって、完全に動かなくなった蛇の巨体をブレンが油断なく見下ろす。やがて、その長い体躯が淡く発光し、光の粒子となって消えていった。
瞬間、ブレンをアナライズした。
レベル差15もある強化モンスターを、ほぼ単独で倒したブレン。にも関わらず、やはり、彼のレベルは30のまま―
ブレンは歓声も上げず、サーペントが消えた空間をじっと見つめている。見ていた限り、致命的なダメージは受けていなかったと思うが、念のためにヒールをかけておく。
回復魔法の光に包まれたブレンが、ゆっくりと顔を上げた。
自分と、そう変わらない目線の高さ、黒曜石の輝き、鋭い眼差しに射ぬかれる―
「『奴隷』とは、どういう意味だ?」
「…え?」
「先ほどの話、聞いてやる。言ってみろ」
五年前―
「…貴様、一体何が目的だ?」
「暇だから、あなたの戦いを観ているだけ」
「…」
舌打ちとともに前を向いてしまった少年―ブレン―は、相当、気が立っているようだ。それでも、それ以上は何も言わずに再び前を向いて歩き出すブレンの後を、黙ってついていく。
「奴隷にならないか」というこちらの誘いは、やはりというかなんというか、彼には受け入れてもらえず。当然と言えば当然のこと、代わりに返ってきたのは無言のままの一撃だった。その一撃を避けた後は、先程の質問以外はずっと無視され続けている。
黙々と歩くブレン。その足取りに迷いがないことから、彼がこの階層を歩き慣れていることがわかる。
暗く細い通路の角をいくつか曲がった先、現れた、開けた空間。やや明るいその部屋にあったのは、下層―地下31階―へと続く階段だった。躊躇いもなく足を進めるブレンを、咄嗟に呼び止めた。
「待って!下に進むつもり?」
「…」
「やめた方がいいと思う。31階って、ランダムで強化モンスターが出現するから」
今度は、純粋な親切心から出た忠告だったのだけれど。残念ながらその忠告も、彼には受け入れてもらえず。立ち止まることもなく―私の存在を完全に無視して―暗闇に続く階段を降りていくブレンの姿に、ふとよぎる可能性。
―彼は既に下層階に到達している?
てっきり、30階層を狩り場にしているのかと思った―それでも相当な驚異だ―けれど、31階層にも既に到達しているのかもしれない。下り階段、慣れた足取りで暗闇の中へ降りていくブレンの背中を慌てて追いながら、そう思った。
到達した31階層、壁が薄暗く発光し、周囲の様子が見えてくる。この階の攻略における注意点は『強化された高レベルモンスターが出現する』こと。出現率が低いとは言え、十分なレベル上げが出来ていなければ、最悪、一発退場となってしまう可能性だってある。
前を歩くブレンの背中を見つめる―
今の彼では確実に死んでしまうだろう。それは『嫌』だと思った。
突如、ブレンの更に前方、光の当たらない岩影に感じた、違和感―
「ブレン!止まって!」
「!」
本気の忠告。今度は伝わったそれが、ブレンの足を止めた。
「離れて!来る!!」
「…」
ブレンが大きく飛びすさる。深い闇の中から、僅かに地を擦る音と共に姿を現したのは、
「っ!メタルサーペントだと!?」
「…最悪なのが出た」
目の前、身をよじらせ、光沢のある表皮を光に反射させている巨大な蛇にアナライズをかける。表示されたレベルは45、そこまで高くはない。問題なのは、メタルサーペントの持つ特性。魔防に優れた防具の素材ともなる鱗に全身を覆われた、その魔法耐性の高さだ。星影の塔屈指の魔法耐性をもち、かつ強化されている分、魔法攻撃はほぼ通らないと思った方がいいだろう。
遠距離魔法攻撃特化の私との相性は、かなり悪い。
―やりたくはないけれど
いつもはお守りがわりでしかない腰のダガーを抜いて構える。視界の隅、同じように剣を抜き、戦闘態勢に入るブレンが映った。
「…ブレン、下がってて。あなたじゃ無理」
「…」
引く様子のないブレンに、チラリと視線を送る。彼の横顔には、怯えや気負い、ましてや絶望も、全く見えない。
「…わかった。時間がないから、文句は後から聞く」
言葉と同時に、ブレンに強化ブーストをかける。彼が僅かに反応したのを、気配で感じた。
「攻撃、防御、速度も上げたから、体の動かし方がいつもと違うかも。それだけ気を付けて」
「…」
何も言わずに飛び出して行くブレンの背に向かって叫ぶ。
「効果が切れる前に、こっちで勝手に掛け直す!」
「…」
一瞬だけ、こちらに視線を送ったブレン―
「だから好きに戦え」という意味で言った私の言葉は、上手く伝わっただろうか?
大きな跳躍、サーペントの頭上で振りかぶったブレンの斬撃が綺麗に決まった。それでも、これだけ綺麗に入ったのに、
―ダメか
僅かに削れてはいる。だけどやっぱり、レベルの格差が大きすぎる。ほとんど体力が減っていない。彼一人では無理―
自分にもブーストをかけ、サーペントに近接する。うねる巨体に、思いきりダガーを突き立てた。固い鱗を切り裂いて肉まで到達した手応え。けど、それでも浅い。丸太のようなサーペントの胴の、半分にも達していない。
刺さったダガーの痛みに、サーペントがのたうち回る。追撃を入れるため、ブレンがサーペントの弱点である頭部を狙って再び跳び上がった。
けれど―
闇雲に振り回していたサーペントの重い尾がブレンに当たり、鈍い音をたてて彼の体が吹き飛んだ。
「ブレン!」
「…」
サーペントの体にダガーを突き立てながら、ブレンの飛んでいった先を確かめる。壁に激突し、地面に転がったブレン。直ぐに立ち上がるが、その体がふらついている。かなりのダメージが入ってしまったようだ。
―ヒール
「っ!?」
ブレンを淡い緑色の光が包む。これである程度の傷は癒せたはずだが、この距離からではさすがに限界がある。
「ブレン!平気っ!?」
「…」
無事を確かめれば、返事代わりに、ブレンが大きく跳躍して再びサーペントに迫る。振りかぶった剣が振り下ろされた。頭部に突き刺さる刃先。絶叫を上げるサーペントに唖然とする。
―クリティカルヒット?
ゲームとは違い、実際に当てるのは相当難しいはずの急所攻撃。でも、確かに、サーペントには先ほどより大きなダメージが入っている。隣に降り立ったブレンが、地面をのたうち回るサーペントに油断なく構えながら、口を開いた。
「貴様は下がってろ」
「え?」
「邪魔だ」
トン、と軽く肩を押され、そのままフラフラと後退してしまう。
「補助魔法だけはかけ続けろ」
「…わかった」
実際にやり合って、ブレンもサーペントとのレベル差を痛感したはず。その上で彼がそう言うのなら、私は本当に邪魔なのだろうと後退を決めた。正直、
―助かった
最近は滅多にしなくなっていた近接戦。骨が折れ、肉が切れ、血が噴き出す―
必要なこととわかってはいても、苦手なソレをなかなか克服することが出来ずにいる。いつもなら、魔法の効かない相手との戦闘は極力避けるのだけれど。今回のような、強化モンスターとの遭遇は半ば強制イベント、逃げ切れるか微妙なところではあった。
サーペントの攻撃範囲の外に出て、早めにブレンのブーストをかけ直した。
見守る中、ブレンの攻撃が次々と決まっていく。三回に一度は発生しているクリティカルヒット。そんなに容易く出せるものではないはずなのに。
彼の地力、身体能力の高さがそうさせるのか。普段と違う速さ故に、慣れるまでは時間がかかるとされている速度強化にも、見たところ全く支障を来していない。完全に対応できている。なら、
「ブレン!速度強化!もう一段階上げられる!」
「やれ!」
ブレンの声に、直ぐさま強化を重ねた。その一瞬だけ、サーペントと距離を置いたブレンだったが、段階を上げた速度強化にも直ぐに対応してしまった。
―これは、勝てる
そう確信したところで、また、ブレンのクリティカルヒットが決まった。ブレンを狙ってもたげていたサーペントの首が崩れ落ちる。追撃も決まって、完全に動かなくなった蛇の巨体をブレンが油断なく見下ろす。やがて、その長い体躯が淡く発光し、光の粒子となって消えていった。
瞬間、ブレンをアナライズした。
レベル差15もある強化モンスターを、ほぼ単独で倒したブレン。にも関わらず、やはり、彼のレベルは30のまま―
ブレンは歓声も上げず、サーペントが消えた空間をじっと見つめている。見ていた限り、致命的なダメージは受けていなかったと思うが、念のためにヒールをかけておく。
回復魔法の光に包まれたブレンが、ゆっくりと顔を上げた。
自分と、そう変わらない目線の高さ、黒曜石の輝き、鋭い眼差しに射ぬかれる―
「『奴隷』とは、どういう意味だ?」
「…え?」
「先ほどの話、聞いてやる。言ってみろ」
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