3 / 64
前編 学園編
1-1. これまでの二人、これからのこと
しおりを挟む1-1.
最下層まで来たのは何度目だろう。
王都周辺では最高難易度を誇るダンジョン『灼熱のミハナ宮殿』、その地下60階の大広間。数えるのも面倒なほど繰り返し訪れたこの場所に、出現するのはダンジョンボスの『魔人イフリート』のみ。
今、そのイフリートと単身戦っているのは、黒目黒髪の長身の男、自分の数倍はある巨体を相手に、縦横無尽に部屋中を跳び回っている。
―楽しそうで何より
広間の壁際に置かれた彫像、その台座の一つに腰かけて彼の戦いを見守る。この距離からでも、滅多に笑わない男の口角が上がっているのがわかる。いつもは鋭さの際立つ黒い瞳も、今は愉悦に輝いていて。
物理耐性の高いイフリート相手に、付与魔法も何も掛かっていない鋼の剣一つで挑む姿を見るのも、これで何度目だろうか。
―よくもまあ、飽きもせずに
高位魔法一発で倒せる相手を、私の手出しを禁じた上で、態々、物理攻撃のみでチマチマチマチマと削り続けているのだ。
―本当に好きだな、肉弾戦
特に、イフリートのような人の姿をとるモンスターと戦うのが好きなようで、今回は剣を使っているが、文字通り、拳一つで戦いを挑むこともある。
そのこと自体に文句はないが、手出しを禁じられている私は、その間、非常に手持ち無沙汰なわけで。かといって他の場所で何かしようにも、彼の探知範囲の外に出ると、それはそれで怒られてしまうため、こうしてただ彼の戦いを眺めているしかない。
長身が宙が跳び、剣を振り下ろす。その度に、高い位置で結んだ癖の強い長髪が揺れている。
―髪、伸びたな
揺れる黒髪を目で追う内に、イフリートの動きが鈍くなってきた。このまま、彼一人で狩りきってしまうかもしれない、そう思い始めた時だった。
突然、敵の巨体が赤く輝きだした。イフリートのレア覚醒、大憤怒モードだ。詳しい条件はまだわかっていないが、特定の被ダメージ条件を満たすと発動する覚醒。発動するとイフリートが強化されてしまうが、倒した時のドロップアイテムもレアになる、『おいしい』モード―
「っ!ミア!!」
鋭い警告の声が飛んできた。レアドロップについてぼーっと考えていた分、反応が遅れる。燃える巨大な岩石がいくつも頭上から降り注ぐのが見え、思わず目をつぶった。一瞬の間、岩が轟音をたてて周囲に砕け散る。張っていた結界に弾かれたのだ。
音が止み、つぶっていた目をそっと開けた。目の前には、さっきまで楽しそうにしていた男が不機嫌を露に立っていた―
「…ブレン」
どうやら、イフリートの元から一瞬でここまで跳んで来たらしい。
「油断するな」
「防御壁張ってるから、平気」
目をつぶってしまうのはしょうがない。巨大な岩石が飛んでくるなんて―当たらないとわかっていても―怖いものは怖い。
「…」
ブレンの無言の一瞥は、恐らく本当に怪我が無いか、『アナライズ』をかけられたのだと思う。平気だと言っているのに、全く信用されていない。
おまけに、私が巻き込まれたことで戦いに水を差してしまったらしく、ブレンの瞳から、先程までの熱が消えている。どうやら、闘争心が冷めてしまったようだ。
「…けりをつけるぞ」
一言だけ残して、駆け出したブレン。先程とは違い、魔力がのった打撃で、一瞬の内にイフリートを殴り倒してしまった。そのまま倒れた巨体を押さえ込んだブレンの、声が飛ぶ―
「ミア!」
名前を呼ばれてしまったから、仕方ない。立ち上がって魔力を練り上げる。そこそこ大きい魔力の塊を、水の流れに変換していく。
―ハイドロクラッシュ
出来上がった水の圧力を前方に開放した。巨大な水のうねりが真っ直ぐに飛んでいく。モンスターを、名前を呼んだブレンごと飲み込む勢いで。
飲み込まれる寸前、彼が大きく飛び退いた。かなりの水量と速度のあった水の流れを、軽々とかわす。
―ほんと、心臓に悪い
いくら「やれ」と言われているとはいえ、指示する本人ごと魔法攻撃に巻き込むのは、いつだって緊張する。決して、彼の実力を信じていないわけではないけれど―
イフリートを飲み込んだ水の流れが、広間の反対側の壁に激突し、霧散していく。ダンジョンの壁には傷一つつかないが、水の引いた後にイフリートの姿はない。大憤怒モードのイフリートでも、問題なく倒しきることができたようだ。
敵の消滅を見届けたブレンがこちらへと戻ってくる。近づく彼を見ながら、彼の髪がまたほどけてしまっていることに気がついた。
この世界には「ゴム製品」というものが存在しない。一般的に使われている髪紐だと、今のように戦闘中にほどけてしまうことも多い。
―ヘアゴムがあればいいのに
ブレンが、首元に張り付く髪を鬱陶しそうにかきあげた。
彼の首に、首輪のようにぐるりと巻き付く、青い紋様が浮かぶ。蛇のように、蔦のように、鎖のように―
彼を絡めとるそれは、ブレンと私が結んだ契約、隷属の証し、
永続の奴隷紋―
最下層まで来たのは何度目だろう。
王都周辺では最高難易度を誇るダンジョン『灼熱のミハナ宮殿』、その地下60階の大広間。数えるのも面倒なほど繰り返し訪れたこの場所に、出現するのはダンジョンボスの『魔人イフリート』のみ。
今、そのイフリートと単身戦っているのは、黒目黒髪の長身の男、自分の数倍はある巨体を相手に、縦横無尽に部屋中を跳び回っている。
―楽しそうで何より
広間の壁際に置かれた彫像、その台座の一つに腰かけて彼の戦いを見守る。この距離からでも、滅多に笑わない男の口角が上がっているのがわかる。いつもは鋭さの際立つ黒い瞳も、今は愉悦に輝いていて。
物理耐性の高いイフリート相手に、付与魔法も何も掛かっていない鋼の剣一つで挑む姿を見るのも、これで何度目だろうか。
―よくもまあ、飽きもせずに
高位魔法一発で倒せる相手を、私の手出しを禁じた上で、態々、物理攻撃のみでチマチマチマチマと削り続けているのだ。
―本当に好きだな、肉弾戦
特に、イフリートのような人の姿をとるモンスターと戦うのが好きなようで、今回は剣を使っているが、文字通り、拳一つで戦いを挑むこともある。
そのこと自体に文句はないが、手出しを禁じられている私は、その間、非常に手持ち無沙汰なわけで。かといって他の場所で何かしようにも、彼の探知範囲の外に出ると、それはそれで怒られてしまうため、こうしてただ彼の戦いを眺めているしかない。
長身が宙が跳び、剣を振り下ろす。その度に、高い位置で結んだ癖の強い長髪が揺れている。
―髪、伸びたな
揺れる黒髪を目で追う内に、イフリートの動きが鈍くなってきた。このまま、彼一人で狩りきってしまうかもしれない、そう思い始めた時だった。
突然、敵の巨体が赤く輝きだした。イフリートのレア覚醒、大憤怒モードだ。詳しい条件はまだわかっていないが、特定の被ダメージ条件を満たすと発動する覚醒。発動するとイフリートが強化されてしまうが、倒した時のドロップアイテムもレアになる、『おいしい』モード―
「っ!ミア!!」
鋭い警告の声が飛んできた。レアドロップについてぼーっと考えていた分、反応が遅れる。燃える巨大な岩石がいくつも頭上から降り注ぐのが見え、思わず目をつぶった。一瞬の間、岩が轟音をたてて周囲に砕け散る。張っていた結界に弾かれたのだ。
音が止み、つぶっていた目をそっと開けた。目の前には、さっきまで楽しそうにしていた男が不機嫌を露に立っていた―
「…ブレン」
どうやら、イフリートの元から一瞬でここまで跳んで来たらしい。
「油断するな」
「防御壁張ってるから、平気」
目をつぶってしまうのはしょうがない。巨大な岩石が飛んでくるなんて―当たらないとわかっていても―怖いものは怖い。
「…」
ブレンの無言の一瞥は、恐らく本当に怪我が無いか、『アナライズ』をかけられたのだと思う。平気だと言っているのに、全く信用されていない。
おまけに、私が巻き込まれたことで戦いに水を差してしまったらしく、ブレンの瞳から、先程までの熱が消えている。どうやら、闘争心が冷めてしまったようだ。
「…けりをつけるぞ」
一言だけ残して、駆け出したブレン。先程とは違い、魔力がのった打撃で、一瞬の内にイフリートを殴り倒してしまった。そのまま倒れた巨体を押さえ込んだブレンの、声が飛ぶ―
「ミア!」
名前を呼ばれてしまったから、仕方ない。立ち上がって魔力を練り上げる。そこそこ大きい魔力の塊を、水の流れに変換していく。
―ハイドロクラッシュ
出来上がった水の圧力を前方に開放した。巨大な水のうねりが真っ直ぐに飛んでいく。モンスターを、名前を呼んだブレンごと飲み込む勢いで。
飲み込まれる寸前、彼が大きく飛び退いた。かなりの水量と速度のあった水の流れを、軽々とかわす。
―ほんと、心臓に悪い
いくら「やれ」と言われているとはいえ、指示する本人ごと魔法攻撃に巻き込むのは、いつだって緊張する。決して、彼の実力を信じていないわけではないけれど―
イフリートを飲み込んだ水の流れが、広間の反対側の壁に激突し、霧散していく。ダンジョンの壁には傷一つつかないが、水の引いた後にイフリートの姿はない。大憤怒モードのイフリートでも、問題なく倒しきることができたようだ。
敵の消滅を見届けたブレンがこちらへと戻ってくる。近づく彼を見ながら、彼の髪がまたほどけてしまっていることに気がついた。
この世界には「ゴム製品」というものが存在しない。一般的に使われている髪紐だと、今のように戦闘中にほどけてしまうことも多い。
―ヘアゴムがあればいいのに
ブレンが、首元に張り付く髪を鬱陶しそうにかきあげた。
彼の首に、首輪のようにぐるりと巻き付く、青い紋様が浮かぶ。蛇のように、蔦のように、鎖のように―
彼を絡めとるそれは、ブレンと私が結んだ契約、隷属の証し、
永続の奴隷紋―
42
お気に入りに追加
2,333
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
悪役令嬢は大好きな絵を描いていたら大変な事になった件について!
naturalsoft
ファンタジー
『※タイトル変更するかも知れません』
シオン・バーニングハート公爵令嬢は、婚約破棄され辺境へと追放される。
そして失意の中、悲壮感漂う雰囲気で馬車で向かって─
「うふふ、計画通りですわ♪」
いなかった。
これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる