読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

文字の大きさ
上 下
47 / 50
最終章

9-2 Side F

しおりを挟む
王宮の回廊に響く一人分の足音。人の出入りが制限されているためか、物音一つしない静寂の中にあって、自らの足音だけが長い廊下に木霊する。

前方に人影を認めて、フリッツはその足を止めた。代わりに、こちらに近づいてきた人影――アロイスが、フリッツの前で立ち止まる。

「レジーナの扱いは?どうなった?」

彼女の第一声に、フリッツは苦笑する。最初に問うのが彼女自身のことでも、ましてやフリッツのことでもないことに多少の嫉妬を覚えつつ、「安心しろ」と口にした。

「お前が案じるような事態にはなっていない。国がレジーナ達を追うことはこの先もなくなった」

「そうか……」

分かりやすく安堵の表情を見せたアロイスは、次の瞬間、ハッとしたようにフリッツを見上げる。

「すまない。彼女のことが気がかりだったもので、つい……」

そう言って表情を改めたアロイスが、真剣な眼差しでフリッツを見つめる。

「君自身については?……何かしらの処分があったのか?」

「ああ、まあな……」

フリッツは僅かに言い淀む。この先を口にすれば、彼女がどんな反応を示すか、それが分かってしまうから。

「……継承権を剥奪された」

「っ!?」

目を見開くアロイス。けれど、彼女もどこかでその可能性を考えていたのだろう。沈痛な面持ちで、しかし、何を言うでもなく、その唇を噛み締める。彼女の反応に、フリッツは苦笑した。

「だが、まぁ、恩情はかけていただいた。王族に籍を残すことは許されたからな。……今後は、その恩に報いるだけの働きができるかどうかだ」

黙り込んだままのアロイス。フリッツは彼女の表情を観察し、その先を口にする。

「この件に関して、お前達にまで責が及ぶことはない。俺も、自身の処分に納得している。その上で聞きたい……」

「……」

「……アロイス、お前はこれからどうするつもりだ?」

問いかけに顔を上げたアロイスは、フリッツの瞳を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりとその口を開いた。

故郷くにへ帰り――」

「っ!」

彼女の言いかけた言葉、それから先を聞きたくなくて、フリッツは手を伸ばす。

「フリッツ!!」

抗議の声を封じ込めるようにして、アロイスを抱き締める。初めて触れる愛する人の肢体に、フリッツは深い充足を覚えた。吐息とともに、自身の想いを告げる。

「駄目だ。言ったはずだ。お前を故郷へ帰すつもりはない」

腕の中のアロイスが身じろぎする。逃がすまいと、フリッツは彼女を抱きしめる腕に力を込めた。諦めたかのように、アロイスが抵抗を止めた。

「フリッツ、話を最後まで聞いてくれ。ひとまず、腕を離して――」

「俺なら……」

フリッツの声が僅かに震える。

「フリッツ……?」

「俺なら、継承権などなくとも何の問題ない。そんなもの、あろうがなかろうが、この国のためにできることは腐るほどあるからな」

「……」

「……けど、駄目なんだよ。隣にお前がいなけりゃ、駄目なんだ……」

俯いたフリッツは、腕の中、一回りは小さなアロイスにすがる。何も答えてくれない彼女に必死にしがみつくその背を、不意に、優しい手が叩く。幼子を相手にするような、優しい声が聞こえた。

「フリッツ。顔を上げろ、手を離せ」

「……」

「それから、私の話を最後まで聞け」

捕えた相手の声の優しさに勇気を得て、フリッツはゆっくりとアロイスを解放する。それでも、逃げられはしないかとぎこちなく彼女の動きを見守るフリッツに、アロイスが苦笑した。

「故郷へ帰る。……一旦はな」

「……」

「だが、いずれ王都ここに戻ってくるつもりだ。今度は……」

彼女の瞳が、真っ直ぐにフリッツを見上げる。

「『エリーゼ・クラッセン』として、君の元へ帰る」

「!?」

その言葉の意味を理解し、フリッツは息を呑む。かつて一度だけ耳にしたことのある名、アロイスとしての彼女が、自身のについて言及した時の――

「……戻るのに、どれだけの時がかかるか分からない。説得も、根回しも、容易ではないだろう」

「アロイス……」

「それでも、戻ってくるつもりだ。……私は、君の隣に在りたいと願っている」

「っ!」

一度は解放したアロイスの華奢な――けれど、戦う者のそれを感じさせる―身体を再び抱き締めたフリッツは、低く唸り声をあげる。

「……長くは待てない。一月ひとつきで戻ってこい」

「無茶を言う」

フリッツの要求にアロイスが笑う。だが、直ぐに笑みを消した彼女は、その瞳に決意を見せた。

「……そう、だな。一月は流石に厳しいが、半年……、いや、三月みつきで戻ってこよう。これから先の戦いを、君一人でやらせるわけにはいかない」

「アロイス……」

彼女の手が、フリッツの背へと伸ばされる。

「置かれた立場を理由に戦いもせずに逃げたとあっては、レジーナが認めてくれた『私』ではなくなってしまうからな」

フリッツの背に回されたアロイスの腕に、ギュッと力が込められる。

「……いつか、再び彼女と相まみえることがあるならば、その時は、彼女に誇れる自分でありたい」

そう吐露するアロイスの言葉に、フリッツは内面で盛大に顔を顰めたが、それを表にすることなく、深いため息をつく。

「……レジーナのためというのは、正直、気にくわないが……」

「フリッツ……?」

「いや。……それでもなんでも、お前が隣に居てくれるなら、それでいい」

フリッツは、アロイスの身体を抱きしめ返す。

彼女が己のために戦うことを決意してくれたのは確か。その動機にレジーナの影がちらつくのが、心底、癪に障るが、どうやら、彼女には大きな借りがまた一つできてしまったらしい。

(……だが、まぁ、仕方ない)

一生に一度、得られるかどうかの大切なものを手にしてしまったのだ。こちらも、一生をかけてその借りを返してやろうではないか。

レジーナ達がこの国の地を踏むことが二度とないように――

人気ひとけのない廊下、自身の最愛を手中にして、フリッツの口元に不敵な笑みが浮かんだ。




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

暗闇に輝く星は自分で幸せをつかむ

Rj
恋愛
許婚のせいで見知らぬ女の子からいきなり頬をたたかれたステラ・デュボワは、誰にでもやさしい許婚と高等学校卒業後にこのまま結婚してよいのかと考えはじめる。特待生として通うスペンサー学園で最終学年となり最後の学園生活を送る中、許婚との関係がこじれたり、思わぬ申し出をうけたりとこれまで考えていた将来とはまったく違う方向へとすすんでいく。幸せは自分でつかみます! ステラの恋と成長の物語です。 *女性蔑視の台詞や場面があります。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

前世の記憶がある伯爵令嬢は、妹に籠絡される王太子からの婚約破棄追放を覚悟して体を鍛える。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

わたくしが悪役令嬢だった理由

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。 どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。 だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。 シリアスです。コメディーではありません。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

処理中です...