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第八章
8-3
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少しだけ、レジーナの心が揺れた。
彼の心を読んでみたい――
それは、愛ではないのかもしれない。だが、リオネルが本気でレジーナを求めていることは、心を読まずとも伝わってくる。今まで散々傷つけられ、血を流し続けたレジーナの心が、リオネルに求められ、その傷を癒したいと囁いてくる。癒されて、充たされたい。
けれど、結局、レジーナはもう一度同じ言葉を繰り返しただけだった。
「リオネル、離して……」
その言葉に、また、リオネルの腕の力が強まる。苦しいくらいに抱きしめてくる彼の、掠れた声が聞こえた。
「頼む、読んでくれ。君へのこの想いは、確かに、エリカに向けていたものとは違うかもしれない。だが、確かに在るんだ……」
最後に、聞き取れるかどうかの小さな声で、「私は君が好きだ」と呟いたリオネル。頭の上で聞こえたその言葉に、レジーナは小さく息をついた。
「何も聞こえないわ」
そう告げて、リオネルの腕から抜け出すため、もう一度、彼の身体を両手で押す。僅かに開いた隙間、レジーナはリオネルの緑の瞳を真っすぐに見上げた。
「前に言ったわよね?私、読みたくなくてもあなたの心を読んでしまったって」
レジーナの言葉に、リオネルが躊躇いがちに「ああ」と返す。彼の力が僅かに弛んだ。
「だけど、今は平気なの。スキル制御が完璧にできているから」
「……」
「リオネル。あなたに何を言われようと、何をされようと、私の心が乱れることはないわ」
レジーナは、自分でも驚くほど凪いだ思いでその先を口にする。
「私はもう、あなたを愛していないから」
「嫌だ!」
そう叫んだリオネルが、再びレジーナをきつく抱きしめる。逃がすまいとするかのように、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼の腕の中で、レジーナは首を横に振った。
「私、他に好きな人がいるの」
リオネルの身体がビクリと震える。次いで、うめくような声が降ってきた。
「……あの男か。君は、クロードが好きなのか……?」
その質問に答えることはせず、レジーナはもう一度、「離して」と告げる。リオネルの拘束が弛み、けれど、完全に解放されることはなく、レジーナは見下ろしてくる彼と視線が合った。その顔が痛みを堪えるように歪んでいる。
「……クロードは駄目だ。あの男では、君を幸せには出来ない。地位も名誉も、名さえ失ったあの男に何ができると……」
「それを決めるのは、あなたではなく、私よ」
言って、リオネルから逃れようとレジーナがもがいた瞬間、リオネルがハッとしたように顔を上げる。拘束を解き、レジーナを庇うように背に庇った。
彼の視線の先、広場に隣接する二階建ての建物の屋根を見上げて、レジーナは息を呑む。
(クロード……!?)
屋根の上、ユラリと立ち上がる巨体。こちらを見下ろす彼の視線に、レジーナの背にゾクリとしたものが走る。虚ろな瞳、彼の内にある虚無が顔を覗かせているようだった。
思わず駆け寄ろうとしたレジーナだったが、リオネルに腕を掴まれて引き留められる。
「レジーナ、待て!あの男、様子がおかしい!」
彼の言う通り、クロードの纏う空気は異様だった。魔力の尽きたはずの彼の周囲に、渦巻く魔力が見える。
「可視化されてしまうほどの魔力だなんて……」
レジーナの呟きに、リオネルが「いや」と首を振った。
「闘気だ。身体強化のスキルの一つ。だが、目に見えるほどのものなど聞いたことがない……」
焦ったようなリオネルの声、その額から汗が流れ落ちるのを見たレジーナは、彼の手を振りほどく。
「レジーナッ!」
「大丈夫よ」
様子がおかしいとはいえ、クロードはクロードだ。彼に近づこうとして、再び背後から、その手をリオネルに掴まれた。レジーナが振り返る。
離して――
レジーナが咄嗟に口にした言葉は、突然の爆音にかき消された。
(……え?)
背後から感じる爆風、巨大な何かが崩れ落ちる音、耳を塞ぎたくなるほどの轟音に、レジーナは恐る恐る背後を振り返る。
「……クロード?」
振り返った視界には、先程とは全く違う光景が広がっていた。大きな岩や土に押しつぶされてしまった家々、クロードが立っていたはずの家も、完全にその姿を消してしまっている。
レジーナの胸に不安が広がった。もしや、クロードはあの瓦礫の下敷きになっているのではないか。彼に限ってとは思うが、万が一ということもあり得る。
駆け出そうとして、腕を掴まれたままだったことに気付いたレジーナが振り返る。リオネルが、呆けた顔で頭上を見上げていた。
「馬鹿な……」
彼の口から洩れた呟き。彼の視線の先を追って、レジーナは目を見開いた。
「嘘……」
ダンジョンの天井に、巨大な穴が開いている。それも、この階層の天井だけではない。上の階も、更にその上の階も、突き抜けるようにして開いた穴の先に青空が見えていた。
時間が止まったかのような感覚、呆けたレジーナの目の前が、不意に暗くなる。
「え……?」
驚く間もなく、レジーナの身体が覚えるのある温もりに包まれた。次いで感じた浮遊感に、抱き上げられたのだと分かる。
縦抱きにされたレジーナが視線を落とした先、見慣れた金色に、その人の名を呼ぼうとしたが、それが音になることはなかった。
(っ!?)
レジーナを抱えたまま走り出した巨体、崩れ落ちた瓦礫の上を跳躍する男に、レジーナは必死になってしがみつく。
男を制止しようと叫ぶリオネルの声が、急速に遠ざかっていった。
彼の心を読んでみたい――
それは、愛ではないのかもしれない。だが、リオネルが本気でレジーナを求めていることは、心を読まずとも伝わってくる。今まで散々傷つけられ、血を流し続けたレジーナの心が、リオネルに求められ、その傷を癒したいと囁いてくる。癒されて、充たされたい。
けれど、結局、レジーナはもう一度同じ言葉を繰り返しただけだった。
「リオネル、離して……」
その言葉に、また、リオネルの腕の力が強まる。苦しいくらいに抱きしめてくる彼の、掠れた声が聞こえた。
「頼む、読んでくれ。君へのこの想いは、確かに、エリカに向けていたものとは違うかもしれない。だが、確かに在るんだ……」
最後に、聞き取れるかどうかの小さな声で、「私は君が好きだ」と呟いたリオネル。頭の上で聞こえたその言葉に、レジーナは小さく息をついた。
「何も聞こえないわ」
そう告げて、リオネルの腕から抜け出すため、もう一度、彼の身体を両手で押す。僅かに開いた隙間、レジーナはリオネルの緑の瞳を真っすぐに見上げた。
「前に言ったわよね?私、読みたくなくてもあなたの心を読んでしまったって」
レジーナの言葉に、リオネルが躊躇いがちに「ああ」と返す。彼の力が僅かに弛んだ。
「だけど、今は平気なの。スキル制御が完璧にできているから」
「……」
「リオネル。あなたに何を言われようと、何をされようと、私の心が乱れることはないわ」
レジーナは、自分でも驚くほど凪いだ思いでその先を口にする。
「私はもう、あなたを愛していないから」
「嫌だ!」
そう叫んだリオネルが、再びレジーナをきつく抱きしめる。逃がすまいとするかのように、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる彼の腕の中で、レジーナは首を横に振った。
「私、他に好きな人がいるの」
リオネルの身体がビクリと震える。次いで、うめくような声が降ってきた。
「……あの男か。君は、クロードが好きなのか……?」
その質問に答えることはせず、レジーナはもう一度、「離して」と告げる。リオネルの拘束が弛み、けれど、完全に解放されることはなく、レジーナは見下ろしてくる彼と視線が合った。その顔が痛みを堪えるように歪んでいる。
「……クロードは駄目だ。あの男では、君を幸せには出来ない。地位も名誉も、名さえ失ったあの男に何ができると……」
「それを決めるのは、あなたではなく、私よ」
言って、リオネルから逃れようとレジーナがもがいた瞬間、リオネルがハッとしたように顔を上げる。拘束を解き、レジーナを庇うように背に庇った。
彼の視線の先、広場に隣接する二階建ての建物の屋根を見上げて、レジーナは息を呑む。
(クロード……!?)
屋根の上、ユラリと立ち上がる巨体。こちらを見下ろす彼の視線に、レジーナの背にゾクリとしたものが走る。虚ろな瞳、彼の内にある虚無が顔を覗かせているようだった。
思わず駆け寄ろうとしたレジーナだったが、リオネルに腕を掴まれて引き留められる。
「レジーナ、待て!あの男、様子がおかしい!」
彼の言う通り、クロードの纏う空気は異様だった。魔力の尽きたはずの彼の周囲に、渦巻く魔力が見える。
「可視化されてしまうほどの魔力だなんて……」
レジーナの呟きに、リオネルが「いや」と首を振った。
「闘気だ。身体強化のスキルの一つ。だが、目に見えるほどのものなど聞いたことがない……」
焦ったようなリオネルの声、その額から汗が流れ落ちるのを見たレジーナは、彼の手を振りほどく。
「レジーナッ!」
「大丈夫よ」
様子がおかしいとはいえ、クロードはクロードだ。彼に近づこうとして、再び背後から、その手をリオネルに掴まれた。レジーナが振り返る。
離して――
レジーナが咄嗟に口にした言葉は、突然の爆音にかき消された。
(……え?)
背後から感じる爆風、巨大な何かが崩れ落ちる音、耳を塞ぎたくなるほどの轟音に、レジーナは恐る恐る背後を振り返る。
「……クロード?」
振り返った視界には、先程とは全く違う光景が広がっていた。大きな岩や土に押しつぶされてしまった家々、クロードが立っていたはずの家も、完全にその姿を消してしまっている。
レジーナの胸に不安が広がった。もしや、クロードはあの瓦礫の下敷きになっているのではないか。彼に限ってとは思うが、万が一ということもあり得る。
駆け出そうとして、腕を掴まれたままだったことに気付いたレジーナが振り返る。リオネルが、呆けた顔で頭上を見上げていた。
「馬鹿な……」
彼の口から洩れた呟き。彼の視線の先を追って、レジーナは目を見開いた。
「嘘……」
ダンジョンの天井に、巨大な穴が開いている。それも、この階層の天井だけではない。上の階も、更にその上の階も、突き抜けるようにして開いた穴の先に青空が見えていた。
時間が止まったかのような感覚、呆けたレジーナの目の前が、不意に暗くなる。
「え……?」
驚く間もなく、レジーナの身体が覚えるのある温もりに包まれた。次いで感じた浮遊感に、抱き上げられたのだと分かる。
縦抱きにされたレジーナが視線を落とした先、見慣れた金色に、その人の名を呼ぼうとしたが、それが音になることはなかった。
(っ!?)
レジーナを抱えたまま走り出した巨体、崩れ落ちた瓦礫の上を跳躍する男に、レジーナは必死になってしがみつく。
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