読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第七章

7-8

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「エリカッ!?」

リオネルの言葉にハッとしたレジーナは、エリカに視線を向ける。リオネルが抱き抱えるのは、気を失い、ぐったりとしたエリカの身体――

「エリカ、エリカ!しっかりしろ!」

「リオネル、無闇に動かすな。横に寝かせて……」

「目を開けてくれ!」

フリッツの言葉にも、リオネルは耳を貸さない。ただ一心に、エリカの名を呼び続けている。

不意に、フリッツがこちらを振り向いた。厳しい眼差しでレジーナを見つめる。

「君は……」

言いかけて言葉に迷ったフリッツが、髪を掻き上げて「クソッ」と小さく吐き捨てる。それからまた、睨むようにしてレジーナを見据えた。

「君は、どちらだ?……エリカか、レジーナか?」

張り詰めた空気、真実を見定めようとする彼の眼差しに、けれど、レジーナはゆっくりと首を横に振る。

「……違います」

「違う?」

訝しげなフリッツの視線に、レジーナは黙って背後を振り向いた。そこにあるもの、それが彼らに見えるよう、クロードの手を引いて脇に避ける。フリッツとアロイスが、目にしたものに驚きの声を上げた。

「なっ!?シリル!」

彼らの視線の先、床の上に倒れ伏すのは、シリルの身体――

「何故、彼が?……魔力の使いすぎか?」

「どういうことだ?術は失敗したということか?」

アロイスとフリッツの言葉に、レジーナは再び、首を横に振った。震える指で、シリルの手元を指さす。

「指輪が……」

「指輪?」

声までが震える。困惑する二人に上手く説明できない自分が、レジーナは歯痒かった。シリルの狂気に当てられ、頭が考えることを拒絶する。彼が成そうとしたことが恐ろしい。その結末を知りたくなくて――

「……レジーナ」

「っ!」

不意に、震える指先を大きな手で握りしめられた。

――大丈夫だ。

途端、流れ込んで来た温もりに、シリルの闇に侵食されていたレジーナの心が息を吹き返す。消えてしまいそうだった意気地が僅かに戻ってきた。

「……クロード。シリルの、彼の意識を確かめて欲しいの」

「わかった」

短く返したクロードが、シリルの身体へと近づく。しゃがみ込み、彼の呼吸と脈を確かめたクロードが顔を上げて、こちらを振り向いた。その首が、小さく横に振られる。

「……死んでいる」

「っ!」

「何だとっ!?」

最悪の結末。ある程度予想していたこととはいえ、レジーナは込み上げる吐き気と戦った。シリルの身体に駆け寄ったフリッツが、先程のクロードと同じように彼の脈をとる。けれど、変わらぬ結果。静かに立ち上がったフリッツが悪態をついた。

「クソッ!何がどうなっている?魔力の過剰消費が原因か?」

フリッツの言葉に、アロイスがレジーナを向く。

「レジーナ、君は無事なんだろう?であれば、やはり術の行使は失敗したと見るべきではないのか?」

「……分からない」

アロイスの言葉に、レジーナは首を横に振る。術そのものが失敗したのかは、レジーナにも判断がつかなかった。

レジーナは、リオネルに抱かれるエリカの身体に視線を向けた。彼女の指に嵌る指輪。それから、視線をシリルの右手に向ける。

「……シリルは、指輪が媒介だと言っていたわ」

「レジーナ?」

アロイスに名を呼ばれたが、レジーナは答えずにシリルの身体へと近づいた。彼の傍に跪き、その右手を開く。そこには、彼がアシッドドラゴンの骨で作ったという指輪がしっかりと握られていた。

「……シリルは、私に指輪を嵌めなかった。嵌めずに、自分で持っていたの」

レジーナの言葉に、アロイスがハッとしたように息を呑んだ。

「まさか……!」

彼女の視線が、シリルとエリカの身体を交互に行き交う。

「まさか、シリルは自分とエリカの身体を入れ替えようとしたのか……!?」

アロイスの言葉に、フリッツが「馬鹿な」と声を上げた。

「そんなことをして何の意味がある?」

レジーナは、二人の言葉に首を横に振る。そうではないのだ。シリルが、彼が心の内で願っていたのは、そんなことではない。

レジーナは、再びエリカに視線を向ける。じっと見つめる先、リオネルに抱えらえたエリカの瞼がピクリと動くのが分かった。

「エリカッ!」

リオネルが彼女の名を呼んだ。閉じられていた瞼がゆっくりと開き、ぼんやりとした黒の瞳が覗く。

「っ!良かった……!エリカ、私が分かるか?」

歓喜に震えるリオネルの声。彼の問いに、エリカの瞳が数度瞬いて、それから、しっかりとリオネルの姿を捉えた。

「……リオネル?」

「ああ、そうだ!エリカ、覚えているか?君は、急に意識を失ってしまったんだ」

リオネルの説明に、エリカは無表情のまま、また数度、瞳を瞬かせる。そこで漸く合点がいったのか、その口元に穏やかな笑みを浮かべた。

「そっか。上手くいったんだ」

「……エリカ?」

「ありがと、リオネル。もう立てるから、どいてくれる?」

そう言って、エリカはリオネルの手を押しのけるようにして立ち上がる。エリカらしからぬ言動。レジーナの鼓動がまた嫌な音を立て始めた。

立ち上がったエリカが、自身の両手に視線を落とす。何度か、その手を握って開いてを繰り返した彼女が、不意に、こちらを振り向いた。

視線がぶつかる。その瞬間、彼女が浮かべた笑みに、レジーナは恐怖した。思わず、自身の身体を抱きしめたレジーナに、エリカは嬉しくてたまらないと言わんばかりの笑い声を上げた。

「ハハハ!凄い!凄いよね!大成功ってやつじゃない?」

「っ!?」

彼女の横で、リオネルが戸惑うのが見える。

レジーナはもう確信していた。自身の成したことに満足するエリカの笑み。穏やかで、だけど、レジーナが怖くて仕方ないそれを浮かべるのは、間違いなく――

「……シリル」

呼んだ名に、エリカが――彼女の中の彼が――、幸せそうに笑った。

「うん!ちゃんと入れたみたい。ぶっつけ本番だったからさぁ、流石に自信は無かったんだけど、やってみるもんだねぇ」

「エリカ……?君は、何を言って……」

エリカの口で紡がれる話の異常さに、リオネルが彼女から距離を取る。その顔には驚愕と恐怖が見て取れた。「まさか」と小さく呟いた彼の言葉を拾ったシリルが、ニッと口角を上げて笑う。

「言ったでしょ?色々考えたって」

「エリカ……?」

「エリカじゃないよ。今はシリル」

「っ!?」

リオネルが目を大きく見開く。彼の反応に、シリルが可笑しそうに笑った。

「信じられない?でも、本当だよ。……結局さ、エリカの幸せを守るためには、僕が彼女の中に入っちゃうのが一番かなと思ってそうしたんだ」

「……馬鹿な」

青ざめた顔で呟くリオネルに、シリルの笑みが深くなる。

「まぁ、今は信じられなくてもいいよ。けど、リオネルも覚えておいて。僕は、エリカに幸せでいて欲しいんだ。そのためには何だってするつもり」

その言葉に、リオネルがヒュッと鋭く息を呑んだ。彼の様子をじっと観察していたシリルが「ああ」と呟く。

「でもやっぱり、魔力消費が多すぎたみたい。……うん、ちょっと無理そう。暫くは引っ込むことにするよ」

そう言ってシリルが目を閉じると、フツリと糸が切れたようにエリカの身体が倒れかけた。

「エリカッ!?」

咄嗟に手を伸ばしたリオネルが、彼女の身体を抱きとめる。瞬間、エリカの目がカッと見開かれた。

「何……?何よ、今の……!?」

エリカの口から震える言葉がこぼれ落ちた。その問いに、誰も答えを返すことができない。彼女を抱きとめるリオネルも、ただ、困惑の表情を見せるだけだった。

エリカが、リオネルの服を握り締める。

「ねぇ、何?何なの?何でシリルが……、どうして私の身体が勝手にしゃべるの?」

「エリカ……」

戸惑いながらも、リオネルはエリカの名を呼び、その身体を抱きしめようとした。けれど、彼の声が聞こえていないのか、エリカは激しく首を横に振る。

「イヤ!!イヤよっ!何なのよ、コレ!ヤダ!気持ち悪いっ!」

長い黒髪を振り乱して――

「出てって!出てってよ!」

両手で掴んだリオネルの服を引っ張る。

彼女の手に、リオネルの手が重なった。

「……エリカ、大丈夫だ。何があろうと、私が君を守る」

彼女を宥めるリオネルの言葉に、エリカは弾かれたようにその両手をリオネルから離した。

「大丈夫なわけないじゃない!」

「……エリカ?」

「守るって、どうやって守るつもり!?シリルは私の中にいるのよ!?守れるっていうなら、さっさと追い出してよ!シリルを追い出して!」

言って、リオネルの胸に拳を叩きつけるエリカ。恐怖からだろう、血走った目には涙が浮かんでいる。

「何なのよっ!何で、何で私がこんな目に遭うの!やだ!やだやだやだぁああ!!」

「エリカ……」

「いやぁああっ!!」

泣き叫び、リオネルの服を掴んで揺さぶるエリカ。リオネルだけでなく、誰も動けなかった。シリルの狂気がもたらした悍ましい事態に、成す術もなく立ち尽くす。エリカの慟哭だけが、いつまでも響き続けた。




 
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