読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

文字の大きさ
上 下
38 / 50
第七章

7-5

しおりを挟む
一方的に言いたいことだけを言ったレジーナは、逃げるようにして厨房を後にした。最後に吐露した想いに、クロードが驚き、固まったのが分かったからだ。

(……私がクロードを好きなんて、全然、予想もしてなかったってことよね?)

本当は、もっと上手く伝えるつもりだった。あんな風に支離滅裂な言動をするつもりはなかったのに。緊張のせいか、自分でも訳のわからない内に感情が高ぶって、気づけば、「触る」な「嫌だ」と子どものように駄々をこねていた。

レジーナの目にジワリと涙が浮かぶ。

(失敗した……)

最後に言い捨てた「好きだ」という言葉も、「自分の想いをちゃんと伝えられた」という気がしない。それで一体、クロードにどんな反応をしてほしかったというのか。

高ぶった感情を抱えたまま、レジーナは泣き出す前に客室へ逃げ込もうとした。俯いて階段を駆け上がる途中、不意に、頭上から聞きなれた声がした。

「……レジーナ?」

呼ばれて顔を上げたレジーナの視線の先にリオネルの驚いた顔が映る。

「泣いているのか……?」

「違うわ。少し……」

その先が出てこなかったレジーナに、リオネルが近づく。

「少し、何だというのだ。何があった?」

「……何も問題ないわ」

「何もないわけがないだろう?……君が涙するなど……」

動揺を見せるリオネルに、レジーナは笑い出したい気分になる。

(私が泣くのがそんなに珍しいとでも?バカバカしい……)

この三年、レジーナはずっとリオネルに泣かされ続けた。ただ、彼の前では泣かなかっただけ。それに気付きもせず、目の前で起きた事象にだけ心囚われるリオネルが滑稽だった。

「とにかく、あなたには関係ないわ」

彼を避けるため、レジーナは上りかけていた階段を降り始める。今はとにかく、一人になりたかった。

「レジーナ、待て!」

放っておいてくれれば良いものを。下手に正義感の強いリオネルは、例え今は憎む相手であろうと、かつては婚約者だった人間を放っておいてはくれないらしい。拒絶してもなお、後を追ってくるリオネルを振りきろうとして、レジーナは食堂に逃げ込んだ。

逃げ込んだ部屋、いくつものテーブルとイスが並ぶその場所に先客がいたことにレジーナは軽く驚き、足を止める。

(……アロイス?)

その場にいたのは三人。アロイスとエリカが対峙するようにして立ち、アロイスの隣にフリッツが並ぶ。

三人の視線がレジーナを向いた。彼らの間に、いつもとは違う空気が漂う。レジーナの後に続いて食堂へと足を踏み入れたリオネルが、その様子に疑問の声を上げた。

「エリカ?……これは、どういう状況だ?」

先程からずっと、エリカはその顔に困惑の表情を浮かべている。彼女がリオネルの問いに答える前に、アロイスが口を開いた。

「レジーナ、ちょうどいいところに来てくれた」

「……ちょうどいい?」

レジーナがアロイスの言葉を繰り返すと、彼女は「ああ」と頷く。

「今、エリカが階段から転落した際の話を、改めて聞いていたところだ」

「えっ!?」

レジーナは思わずエリカに視線を向ける。傍目には、エリカはただ困っているようにしか見えないが――

「リオネル!」

エリカが、リオネルに助けを求めた。彼は、すぐさまエリカに駆け寄る。安心させるようにエリカの肩を抱き寄せたリオネルが、アロイスに鋭い視線を向けた。

「アロイス、君とて、エリカに当時の記憶がないことは承知しているはずだ。なぜ、今この場でそんな話を?君は、エリカを追い詰めたいのか?」

気色ばむリオネルに、アロイスはユルユルと首を横に振った。

「そんな意図はない。ただ、確かめておきたいと思っただけだ。エリカの階段での事故について、彼女は記憶に無いと言っていたが……」

「まさか、エリカの言葉を疑うつもりか?」

「そうではない。だが……」

もう一度、首を横に振るアロイスから視線を外したリオネルが、フリッツに視線を向ける。

「殿下、殿下もアロイスと同じお考えなのですか?あなたも、エリカの言を疑うと?」

「そんなことは誰も言っていないだろう。落ちつけ、リオネル。アロイスの話を最後まで聞け」

彼の言葉に、まだ何か言いたそうな顔のリオネルだったが、一旦は矛を納めることにしたらしい。その背にエリカをしっかりと庇いながら、アロイスへと視線を戻す。

彼女が、改めて口を開いた。

「私は、時間が経って何か思い出したことがないか、エリカに確かめていただけだ。事故直後はショックで記憶を失っていても、何か思い出すかもしれないだろう?」

アロイスの言葉に、リオネルは自身の背後を振り返る。確かめるような彼の視線に、エリカは小さく頷いて返したが、リオネルの眉間には小さな皺が寄ったままだ。

「しかし、それだけで、こんなにエリカが脅えるとは思えない」

リオネルの疑念に答えたのはエリカだった。彼の服の袖を引き、必死に首を横に振っている。

「ごめんなさい、リオネル。違うの。……私、思い出せないことが申し訳なくて。それで、どうしたらいいのか分からなくなってしまったの」

「……エリカ」

彼女を慰めるようにリオネルがその髪に触れる。困った顔のまま笑うエリカの視線がレジーナを向いた。と、その瞳に喜色が浮かぶ。その理由を考える間もなく、レジーナの背後から声がした。

「あれ?全員集合?」

「っ!?」

「シリルくん!」

背後に立つ男の気配にレジーナが身震いしたのとは反対に、エリカは弾むような声で彼の名を呼ぶ。彼女にとっての絶対的な味方の登場。レジーナは、自身の横を通り過ぎていくシリルを息を殺して見送った。

「あれ?英雄さんはいないの?」

そう言って周囲を見回す彼から視線を逸らしたまま、レジーナはシリルの問いには答えない。代わりに、リオネルが口を開いた。

「見ていないが、あの男に用があるのか?」

「ううん、無いよ。ただ、彼がいると色々と、ね?」

含みを持たせたシリルの言葉に焦れたように、エリカが横から口を挟んだ。

「シリルくん。シリルくんは、私が階段から落ちた時のこと、よく覚えているのでしょう?」

エリカの言葉に、シリルは「ん?」と首を傾げる。そんな彼の反応に、エリカがまた困り顔を見せ、「あのね」と言葉を続けた。

「私、アロイスにあの時のことを聞かれて、全く思い出せなくて困っているの。シリルくんから、もう一度話してもらえないかしら?」

「えー?まだ、そんなこと言い合ってたの?」

シリルの心底呆れたと言わんばかりの反応に、エリカが小さく苦笑する。

「ごめんなさい。確かに、今さらなんだけれど……」

エリカの視線がレジーナに向けられる。

「シリルくんは、レジーナ様が私を突き落とすのを見た、のよね?」

「ああ、うん」

エリカの問いに、シリルはいつも通りの穏やかな笑みで答えた。

「そんなの、嘘に決まってるじゃない」




しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

婚約者を義妹に奪われましたが貧しい方々への奉仕活動を怠らなかったおかげで、世界一大きな国の王子様と結婚できました

青空あかな
恋愛
アトリス王国の有名貴族ガーデニー家長女の私、ロミリアは亡きお母様の教えを守り、回復魔法で貧しい人を治療する日々を送っている。 しかしある日突然、この国の王子で婚約者のルドウェン様に婚約破棄された。 「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」 そう言う(元)婚約者が新しく選んだ相手は、私の<義妹>ダーリー。さらには失意のどん底にいた私に、実家からの追放という仕打ちが襲い掛かる。 実家に別れを告げ、国境目指してトボトボ歩いていた私は、崖から足を踏み外してしまう。 落ちそうな私を助けてくれたのは、以前ケガを治した旅人で、彼はなんと世界一の超大国ハイデルベルク王国の王子だった。そのままの勢いで求婚され、私は彼と結婚することに。 一方、私がいなくなったガーデニー家やルドウェン様の評判はガタ落ちになる。そして、召使いがいなくなったガーデニー家に怪しい影が……。 ※『小説家になろう』様と『カクヨム』様でも掲載しております

前世の記憶がある伯爵令嬢は、妹に籠絡される王太子からの婚約破棄追放を覚悟して体を鍛える。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

わたくしが悪役令嬢だった理由

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、マリアンナ=ラ・トゥール公爵令嬢。悪役令嬢に転生しました。 どうやら前世で遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したようだけど、知識を使っても死亡フラグは折れたり、折れなかったり……。 だから令嬢として真面目に真摯に生きていきますわ。 シリアスです。コメディーではありません。

【完結】ご安心を、問題ありません。

るるらら
恋愛
婚約破棄されてしまった。 はい、何も問題ありません。 ------------ 公爵家の娘さんと王子様の話。 オマケ以降は旦那さんとの話。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

虐げられた令嬢は、耐える必要がなくなりました

天宮有
恋愛
伯爵令嬢の私アニカは、妹と違い婚約者がいなかった。 妹レモノは侯爵令息との婚約が決まり、私を見下すようになる。 その後……私はレモノの嘘によって、家族から虐げられていた。 家族の命令で外に出ることとなり、私は公爵令息のジェイドと偶然出会う。 ジェイドは私を心配して、守るから耐える必要はないと言ってくれる。 耐える必要がなくなった私は、家族に反撃します。

処理中です...