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第七章
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レジーナはアロイスに告げる。
「勝手だけど、私は、一人で戦うことを決めたあなたに自分の境遇を重ねて、あなたの有り様に励まされていたの」
彼女に恥じぬ自分であろうと思い続けた。
「……と言っても、私の一方的な憧れだから、別に、あなたに何かして欲しいわけじゃないわ。ただ……」
知っていて欲しかった。感謝を伝えたかった。
赤裸々な思いを明かしたレジーナは、顔を伏せた。人への好意を示すのはひどく苦手だ。相手の反応が怖くて仕方ない。アロイスに「迷惑だ」と思われたら?そう思うと、顔を上げられない。視線の先に、固く握りしめた自分の両の手が映る。
不意に、その手を温かい掌で包まれた。レジーナはギョッとして、自身の手を引き抜こうとした。
「アロイス!?駄目よ!」
「……いや、どうかこのままで。少しだけ、私の話を聞いて欲しい」
思わず顔を上げたレジーナは、アロイスの真剣な眼差しに動けなくなる。アロイスが、小さく息をついた。
「正直なところ、君に……、人に心の内を知られるのは、恐ろしい」
アロイスに触れられ、読心の制御が弛んだレジーナの内に、彼女の思考の断片が流れ込んで来る。
――私は、自身の全てをさらけ出せるほど出来た人間ではないから。
「それでも、君が伝えてくれたように、私も、君に伝えておきたい。……レジーナ、ありがとう」
繋いだ手から伝わってくるのは、言葉通りの感謝の念と彼女の懊悩だった。
「私は、自分の選択を何度も後悔した」
――故郷を危険に晒す、独り善がりの悪あがきではないかと……
「それでも、私は弟も故郷も、どちらも守りたかった」
アロイスは「自分ならできる」と信じているようだった。
(いえ、違うわね……)
彼女は「自分ならできる」と信じたかったのだ。自分自身にそう言い聞かせることで、彼女はここまできた。
「結果として、私は王都で出会った人達を、大切な仲間を欺くことになった」
アロイスの心が悲鳴を上げている。苦しい、逃げ出したいと――
(……ああ、そうなのね)
この人でも、レジーナがその強さに憧れたアロイスでさえ、強いだけではいられないのだ。迷って、悩んで、苦しんで。それでも、彼女には守りたいものがあったから――
「……レジーナ、私の無謀を称えてくれてありがとう」
「え?」
「私は、今の君の言葉に救われた。……愚かな選択だったかもしれない。だが、もう後悔はしない」
そう言って、アロイスは晴れやかに笑う。初めて見た彼女の屈託のない笑みは、意識せずとも一人の女性、少女のように見えた。おそらく、故郷での彼女はこんな風に笑っていたのだろう。
アロイスの笑みに惹きつけられて、レジーナの頬に熱が集まる。同世代の女性とこんなに近くで接するのは初めてだ。慣れぬ距離に途端、恥ずかしくなり、握られたままだった手をそっと引き抜いた。
沈黙の落ちる部屋に、何を言えばよいのか。レジーナが必死に話題を探す内に、アロイスが口を開く。
「ところで、レジーナ。ここを出た後、貴女はどうするつもりでいる?」
先程までよりも幾分、打ち解けた調子でそう尋ねられ、レジーナは首を横に振った。
「まだ何も決めていないわ。……裁判を受けた後のことは、今、考えているところよ」
レジーナの答えに神妙な顔で頷いたアロイスは、「私は」と言葉を続ける。
「私は、貴女の無実を信じようと思う」
「えっ!?」
「ここ数日のレジーナを見て、そう判断した」
「っ!」
アロイスの言葉に、レジーナの胸がつまった。クロード以外、学園でのレジーナの悪評を知っていて、それでも「信じる」と言ってくれたアロイス。レジーナの目の奥が熱くなる。
だが、レジーナを見つめるアロイスの眼差しは厳しい。「ただ」と真剣な表情で言葉を続ける。
「このままいけば、貴女はおそらく有罪になる」
「……そうね。あちらには証人もいるし」
レジーナが込み上げるものを飲み込んでそう答えると、アロイスは「いや」と首を横に振った。
「実際に罪を犯したかは関係ない」
「え?」
「……貴女の読心のスキル。秘匿したくとも、フリッツやリオネルは必ず国に報告を上げるはずだ」
「……」
「国は、貴女を管理下におこうとするだろう。国から出られぬように、敢えて裁判で有罪にすることは十分に考えられる」
アロイスの言葉にレジーナは俯く。確かに、「邪魔だ」という理由でクロードを亡き者にするような国なのだ。あり得ぬことではないと考えて、ますます憂鬱な気持ちになる。
漏れそうになるため息を飲み込んだところで、アロイスの静かな声が聞こえた。
「……もしも、貴女が逃げるというのならば、私が手を貸そう」
「なっ!?」
レジーナはギョッとして、隣に座るアロイスを振り向く
「何を考えているの、アロイス!そんなの絶対に駄目よ!」
「駄目ではない。レジーナは私の秘密を守ってくれただけでなく、命まで救ってくれた。飼殺されると分かっていて見捨てることは出来ない」
そう言って、アロイスは何でもないことのように笑ってみせた。
「クラッセンの領土は広いんだ。容易とまでは言わないが、貴女一人を匿うことはできる。卒業後は、私も故郷に帰るつもりだ。あちらで……」
そこまで言いかけたアロイスが、ハッとしたように背後を振り返った。視線の先には部屋の扉。木製の扉がギィという音を立てて開く。扉の向こうに立っていたのは――
「勝手だけど、私は、一人で戦うことを決めたあなたに自分の境遇を重ねて、あなたの有り様に励まされていたの」
彼女に恥じぬ自分であろうと思い続けた。
「……と言っても、私の一方的な憧れだから、別に、あなたに何かして欲しいわけじゃないわ。ただ……」
知っていて欲しかった。感謝を伝えたかった。
赤裸々な思いを明かしたレジーナは、顔を伏せた。人への好意を示すのはひどく苦手だ。相手の反応が怖くて仕方ない。アロイスに「迷惑だ」と思われたら?そう思うと、顔を上げられない。視線の先に、固く握りしめた自分の両の手が映る。
不意に、その手を温かい掌で包まれた。レジーナはギョッとして、自身の手を引き抜こうとした。
「アロイス!?駄目よ!」
「……いや、どうかこのままで。少しだけ、私の話を聞いて欲しい」
思わず顔を上げたレジーナは、アロイスの真剣な眼差しに動けなくなる。アロイスが、小さく息をついた。
「正直なところ、君に……、人に心の内を知られるのは、恐ろしい」
アロイスに触れられ、読心の制御が弛んだレジーナの内に、彼女の思考の断片が流れ込んで来る。
――私は、自身の全てをさらけ出せるほど出来た人間ではないから。
「それでも、君が伝えてくれたように、私も、君に伝えておきたい。……レジーナ、ありがとう」
繋いだ手から伝わってくるのは、言葉通りの感謝の念と彼女の懊悩だった。
「私は、自分の選択を何度も後悔した」
――故郷を危険に晒す、独り善がりの悪あがきではないかと……
「それでも、私は弟も故郷も、どちらも守りたかった」
アロイスは「自分ならできる」と信じているようだった。
(いえ、違うわね……)
彼女は「自分ならできる」と信じたかったのだ。自分自身にそう言い聞かせることで、彼女はここまできた。
「結果として、私は王都で出会った人達を、大切な仲間を欺くことになった」
アロイスの心が悲鳴を上げている。苦しい、逃げ出したいと――
(……ああ、そうなのね)
この人でも、レジーナがその強さに憧れたアロイスでさえ、強いだけではいられないのだ。迷って、悩んで、苦しんで。それでも、彼女には守りたいものがあったから――
「……レジーナ、私の無謀を称えてくれてありがとう」
「え?」
「私は、今の君の言葉に救われた。……愚かな選択だったかもしれない。だが、もう後悔はしない」
そう言って、アロイスは晴れやかに笑う。初めて見た彼女の屈託のない笑みは、意識せずとも一人の女性、少女のように見えた。おそらく、故郷での彼女はこんな風に笑っていたのだろう。
アロイスの笑みに惹きつけられて、レジーナの頬に熱が集まる。同世代の女性とこんなに近くで接するのは初めてだ。慣れぬ距離に途端、恥ずかしくなり、握られたままだった手をそっと引き抜いた。
沈黙の落ちる部屋に、何を言えばよいのか。レジーナが必死に話題を探す内に、アロイスが口を開く。
「ところで、レジーナ。ここを出た後、貴女はどうするつもりでいる?」
先程までよりも幾分、打ち解けた調子でそう尋ねられ、レジーナは首を横に振った。
「まだ何も決めていないわ。……裁判を受けた後のことは、今、考えているところよ」
レジーナの答えに神妙な顔で頷いたアロイスは、「私は」と言葉を続ける。
「私は、貴女の無実を信じようと思う」
「えっ!?」
「ここ数日のレジーナを見て、そう判断した」
「っ!」
アロイスの言葉に、レジーナの胸がつまった。クロード以外、学園でのレジーナの悪評を知っていて、それでも「信じる」と言ってくれたアロイス。レジーナの目の奥が熱くなる。
だが、レジーナを見つめるアロイスの眼差しは厳しい。「ただ」と真剣な表情で言葉を続ける。
「このままいけば、貴女はおそらく有罪になる」
「……そうね。あちらには証人もいるし」
レジーナが込み上げるものを飲み込んでそう答えると、アロイスは「いや」と首を横に振った。
「実際に罪を犯したかは関係ない」
「え?」
「……貴女の読心のスキル。秘匿したくとも、フリッツやリオネルは必ず国に報告を上げるはずだ」
「……」
「国は、貴女を管理下におこうとするだろう。国から出られぬように、敢えて裁判で有罪にすることは十分に考えられる」
アロイスの言葉にレジーナは俯く。確かに、「邪魔だ」という理由でクロードを亡き者にするような国なのだ。あり得ぬことではないと考えて、ますます憂鬱な気持ちになる。
漏れそうになるため息を飲み込んだところで、アロイスの静かな声が聞こえた。
「……もしも、貴女が逃げるというのならば、私が手を貸そう」
「なっ!?」
レジーナはギョッとして、隣に座るアロイスを振り向く
「何を考えているの、アロイス!そんなの絶対に駄目よ!」
「駄目ではない。レジーナは私の秘密を守ってくれただけでなく、命まで救ってくれた。飼殺されると分かっていて見捨てることは出来ない」
そう言って、アロイスは何でもないことのように笑ってみせた。
「クラッセンの領土は広いんだ。容易とまでは言わないが、貴女一人を匿うことはできる。卒業後は、私も故郷に帰るつもりだ。あちらで……」
そこまで言いかけたアロイスが、ハッとしたように背後を振り返った。視線の先には部屋の扉。木製の扉がギィという音を立てて開く。扉の向こうに立っていたのは――
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