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第六章

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幸か不幸か――レジーナにとってはやはり幸運な部分が大きかったが――、フォルストの直系であるレジーナの父には読心のスキルが発現しなかった。そのため、ただ一人の子であるレジーナにかけられた期待は大きく、その分、スキルが出現しないと判断された時の失望も大きかった。

血統により継承されるスキルは生来のものが多く、少なくとも、物心つく頃には何らかの片鱗を見せる。だが、レジーナにはそれが無かった。早々に娘に見切りをつけた両親は、レジーナを高位貴族に縁付かせることでその損失を埋めようとし、その結果、レジーナとリオネルの婚約は結ばれた。

「……レジーナ、確かに、君の言う通り、私が君に失望を感じたことはあったかもしれない。それは否定しない。だが……」

言って、リオネルが苦しそうに息を吐いた。

「それは一時の感情だとは思わなかったのか?その場限りの感情に、君は私にスキルを秘匿することを決めたのか?」

「……」

「私は一度として、君を切り捨てたりはしなかった。少なくとも、君がエリカを害するまで、私は君を信頼していた。……その思いは君には伝わっていなかったのか?」

辛そうに話す彼の感情は何から来るものなのだろう。レジーナがスキルを秘匿したことに「裏切られた」とでも感じているのか。

「……努力したもの」

「なに?」

「あなたが私に失望する度、あなたの期待に応えようと努力したの」

慣れない社交の場で、似合わないと分かっていても流行りを抑えた夜会服を身に着けた。肌の露出も極限まで減らし、罵詈雑言や嫌味をぶつける相手にも、下心たっぷりにおもねる相手にも、そつなくこなせるように努力した。聞こえてくる声に耳を塞いで、心にも無い言葉を返せるようになった頃には、自分がどんな表情かおをしているのかわからなくなっていた。

「あなたが私に失望したのは、一度や二度ではなかった」

「それは……」

「ただ、それも仕方のないことだと思っていたの。努力はしたけど、あなたの期待には届かない。それでもその期待に応えたいと思ったのは私自身だから、『いつかは』って頑張れた」

リオネルが、レジーナを見てくれている限りは――

「……だけど、入学式典で」

「っ!?」

レジーナが口にした一言に、リオネルが如実な反応を示した。彼の顔が青ざめる。彼も覚えているのだ。あの日、彼の身に起こったこと、あれほどの衝撃、鮮やかな想いを忘れるはずがない。エリカを一目見た瞬間、彼の内に生まれた想い。

「レジーナ、待て!それは誤解だ!あれは!」

「誤解じゃないわ」

入学式で、、レジーナはリオネルの隣にいて、エスコートの為に手を取られていた。

リオネルがレジーナ以外の誰かに恋した瞬間を、レジーナは彼と共有した。

「レジーナ!」

「……それ自体は、別にいいのよ」

全然、良くなんてなかった、あの時は。

信じられなくて、怖くて、悲しくて、辛くて。式典を途中で退出してしまうくらいの衝撃を受けた。そのことでまた、更にリオネルには失望されたが。

「あなたが誰かに惹かれてしまうこと、それ自体は仕方ないと、……少なくとも今はそう思っているわ」

「レジーナ……」

小さく首を横に振ったリオネルに、レジーナは苦笑して告げる。

「辛かったのは、あなたが私とエリカを比べることよ」

「していない!私は、断じてそのようなことは……!」

否定するリオネルに、今度はレジーナが首を横に振った。

「だったら無意識だったのじゃない?……私が何かをする度に、『エリカなら』『彼女なら』って、あなた、心の中で比べていたもの」

「っ!」

地獄だった。何をしても彼女には敵わない、至らないと思い知らされた。

それでも、リオネルがそれを望むならと、彼の心の声に従おうとした。流石に、服や髪型まで彼女を真似ることはしなかったけれど、気づけば『エリカのように』、『エリカなら』、そう考えている自分がいてゾッとした。

これは、これではもう、私はレジーナ・フォルストではなくなってしまう――

そう自覚してからは、何をしても諦めが先に立つようになった。リオネルの婚約者としては問題だったが、「どうせ、また」と自分に枷をつければ、心は幾分、楽になれた。

(……そこまで、リオネルに明かすつもりはないけれど)

彼の秘められた想いを暴いてしまったことで、リオネルの顔から先程までの辛そうな表情が消えた。代わりに、今は僅かに不機嫌を滲ませている。

「……君の主張は分かった。……私にも婚約者としていたらぬところがあったことは詫びよう」

そう言いながらも、レジーナを見つめるリオネルの瞳には苛立ちが見える。

「ただ、私にこんなことを言う権利はないと重々承知の上で言うのだが、……読まなければ良かったのではないか?君を傷つけるだけの私の胸の内など」

棘のある彼の口調には、勝手に心を読まれたことに対する怒りが窺えた。これが普通の人間の、当然の反応だと、改めて思い知らされる。

レジーナは小さく息をついた。

「……そう、しようとしたわ」

だけど、できなかった。彼は、レジーナの婚約者、避けようにも避けられない。エスコートされる度に、レジーナには彼の心が垣間見えてしまう。

「これでも、ある程度、スキルの制御はできるようになったの」

突発的な接触でなければ、心を乱されなけば、スキルの発動は抑えられる。だけど――

「……あなたに触れられて、平常心でなんていられなかった」

レジーナの口元に自嘲が浮かぶ。

「分かっていたでしょう?……私、あなたが好きだったのよ」




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