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第六章
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結局、クロードに連れて行ってもらった活動拠点に治癒のポーションは残されていなかった。代わりに、体力回復用のポーションを見つけ、それを手にレジーナはアロイス達の下へと帰る。途中、あまりにもクロードがレジーナを気にするから、冷静になったレジーナは彼の手を握った。
「さっきは嫌な態度をとってごめんなさい」
「……」
「……あなたの気持ちを疑うわけでも、ましてや嫌だったわけでもないの。ただ、あなたの気持ちに答える余裕が今はないだけ」
レジーナは騎士としての彼に側に居て欲しいわけではない。けれど、彼の手を完全に離してしまう勇気もなかった。それに――
「私、まだあなたに伝えていないことがあるわ」
ダンジョンを出れば、レジーナはエリカに対する傷害の罪に問われる。例え無罪となろうとも、レジーナがその先、普通の貴族令嬢として生きていくことは難しいだろう。レジーナはまだ、自分が犯罪者として扱われることをクロードに打ち明ける勇気がなかった。
「……少しだけ、時間をちょうだい」
言って、レジーナはクロードの手をそっと離した。
(ダンジョンを出るまで。それまでには、ちゃんと話すから……)
俯くレジーナに、クロードが「レジーナ」と呼びかける。
「俺は、いつまででも待つ。だが、レジーナが話したくなければ話す必要はない」
「クロード……」
「……ただ、あなたの側に居られればそれでいい」
もう一度そう繰り返したクロードの言葉に、レジーナは泣きそうになった。理由なんてどうでもいい。クロードが側に居てくれるなら、このまま逃げ出してしまいたい。ダンジョンから出ても家へは帰らず、二人きりでどこか遠い場所へ。
いつかのようにそう夢想してみるものの、結局、レジーナは小さく首を振ってその考えを振り払う。見知らぬ地への逃避行も、今度こそクロードを本物の逃亡者にしてしまうことも、レジーナには恐ろしくて決断できなかった。
だけど、クロードのくれた言葉は嬉しかったから。
「……ありがとう、クロード」
そう礼を言い、二人並んで歩く。
広間へ帰り着いたところで、レジーナの視界にアロイスの姿が映った。フリッツに抱かれたまま、未だぐったりする彼女の側に近寄れば、アロイス以外の全員の視線がレジーナを向く。
(……なに?)
彼らの視線に何かを感じたレジーナだったが、手にしたポーションの瓶をアロイスの隣、フリッツの手の届く地面へと置いた。
「……治癒のポーションは無かったわ。気休めかもしれないけれど、体力回復のポーションはあったから」
眠っているアロイスの代わりにフリッツにそう告げれば、無表情のまま、フリッツが「ああ」と答えた。
「俺が飲ませる。……取ってくれ」
「え?」
レジーナは、たった今、自分が置いたポーションを確かめる。フリッツの手の届く範囲、少し手を伸ばせば取れる場所にあるそれを、彼は手を伸ばすことなく、レジーナに取れと言う。
違和感を感じながらも、レジーナはポーションを拾い上げた。瓶の口付近を持って、差し出されたフリッツの掌の上にそれを置く。が、目測を誤ったのか、僅かに指先がフリッツの掌に触れてしまい、一瞬、レジーナの身体が強張った。動揺したせいで読心の制御が緩みかけたのを自覚して、レジーナはさっと手を引く。内心の動揺を押し隠して平静を装ったレジーナだったが、その場の雰囲気の異常さに周囲を見回した。
(……なんなの、さっきから?)
皆がレジーナを見ている。それぞれ浮かべている表情は異なるものの、誰もが、レジーナに対し警戒するような、観察するような視線を向けていて――
「レジーナ……」
どこか唖然とした顔、瞳には怯えの色さえ見せて、リオネルがレジーナの名を呼んだ。
「君は……、君は『読心』が使えるのか?」
唐突に真実を暴かれ、レジーナの思考は停止した。背中に冷たいものが走る。ギュッと握った拳が汗でぬるついた。
「……どうして、そう思うの」
真っ向から否定できず、そう尋ねたレジーナに、フリッツが答えた。
「シリルの指摘だ。お前の魔力の流れがおかしいとな。……それに、今のお前の態度。なぜ、それほど人との接触を避けようとする?ポーションなど直接手渡せばいいものを。俺に触れて困ることでもあるのか?」
「……」
レジーナは習い性になっていた自身の行動を後悔する。なるだけ人との接触を避けようとしていたことが、こんな風に裏目に出るなんて。
向けられる視線の鋭さに、レジーナはため息をついた。諦めのため息だった。
「……使えます」
「馬鹿なっ!」
レジーナの答えに、信じられないと言わんばかりの声を上げたのはリオネルだった。他の皆が沈黙する中、彼だけが「あり得ない」と繰り返す。それに、レジーナは無言を貫いた。
一人で散々騒いだ後、リオネルがピタリとその口を閉じた。レジーナに燃えるような憎しみの瞳を向ける。
「……なぜ、今まで黙っていた?」
レジーナはリオネルの問いに笑いそうになってしまった。そんなもの、尋ねるまでもないだろうに。
「公言してまわりたいようなスキルではないからよ」
言って、レジーナはじっとリオネルを見つめた。途端、リオネルは焦ったように視線を逸らしてしまう。彼の周囲、他の誰も、今や真っすぐにレジーナを見ようとはしていなかった。
恐れか忌避か。レジーナの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
「……アロイスが目を覚ましたら出発しましょう」
それだけを告げ、レジーナは立ち上がった。クロードが黙ってレジーナに寄り添う。皆の側を離れようと歩き出したレジーナの背後から、リオネルの呼び止める声が聞こえた。
「レジーナ!」
「さっきは嫌な態度をとってごめんなさい」
「……」
「……あなたの気持ちを疑うわけでも、ましてや嫌だったわけでもないの。ただ、あなたの気持ちに答える余裕が今はないだけ」
レジーナは騎士としての彼に側に居て欲しいわけではない。けれど、彼の手を完全に離してしまう勇気もなかった。それに――
「私、まだあなたに伝えていないことがあるわ」
ダンジョンを出れば、レジーナはエリカに対する傷害の罪に問われる。例え無罪となろうとも、レジーナがその先、普通の貴族令嬢として生きていくことは難しいだろう。レジーナはまだ、自分が犯罪者として扱われることをクロードに打ち明ける勇気がなかった。
「……少しだけ、時間をちょうだい」
言って、レジーナはクロードの手をそっと離した。
(ダンジョンを出るまで。それまでには、ちゃんと話すから……)
俯くレジーナに、クロードが「レジーナ」と呼びかける。
「俺は、いつまででも待つ。だが、レジーナが話したくなければ話す必要はない」
「クロード……」
「……ただ、あなたの側に居られればそれでいい」
もう一度そう繰り返したクロードの言葉に、レジーナは泣きそうになった。理由なんてどうでもいい。クロードが側に居てくれるなら、このまま逃げ出してしまいたい。ダンジョンから出ても家へは帰らず、二人きりでどこか遠い場所へ。
いつかのようにそう夢想してみるものの、結局、レジーナは小さく首を振ってその考えを振り払う。見知らぬ地への逃避行も、今度こそクロードを本物の逃亡者にしてしまうことも、レジーナには恐ろしくて決断できなかった。
だけど、クロードのくれた言葉は嬉しかったから。
「……ありがとう、クロード」
そう礼を言い、二人並んで歩く。
広間へ帰り着いたところで、レジーナの視界にアロイスの姿が映った。フリッツに抱かれたまま、未だぐったりする彼女の側に近寄れば、アロイス以外の全員の視線がレジーナを向く。
(……なに?)
彼らの視線に何かを感じたレジーナだったが、手にしたポーションの瓶をアロイスの隣、フリッツの手の届く地面へと置いた。
「……治癒のポーションは無かったわ。気休めかもしれないけれど、体力回復のポーションはあったから」
眠っているアロイスの代わりにフリッツにそう告げれば、無表情のまま、フリッツが「ああ」と答えた。
「俺が飲ませる。……取ってくれ」
「え?」
レジーナは、たった今、自分が置いたポーションを確かめる。フリッツの手の届く範囲、少し手を伸ばせば取れる場所にあるそれを、彼は手を伸ばすことなく、レジーナに取れと言う。
違和感を感じながらも、レジーナはポーションを拾い上げた。瓶の口付近を持って、差し出されたフリッツの掌の上にそれを置く。が、目測を誤ったのか、僅かに指先がフリッツの掌に触れてしまい、一瞬、レジーナの身体が強張った。動揺したせいで読心の制御が緩みかけたのを自覚して、レジーナはさっと手を引く。内心の動揺を押し隠して平静を装ったレジーナだったが、その場の雰囲気の異常さに周囲を見回した。
(……なんなの、さっきから?)
皆がレジーナを見ている。それぞれ浮かべている表情は異なるものの、誰もが、レジーナに対し警戒するような、観察するような視線を向けていて――
「レジーナ……」
どこか唖然とした顔、瞳には怯えの色さえ見せて、リオネルがレジーナの名を呼んだ。
「君は……、君は『読心』が使えるのか?」
唐突に真実を暴かれ、レジーナの思考は停止した。背中に冷たいものが走る。ギュッと握った拳が汗でぬるついた。
「……どうして、そう思うの」
真っ向から否定できず、そう尋ねたレジーナに、フリッツが答えた。
「シリルの指摘だ。お前の魔力の流れがおかしいとな。……それに、今のお前の態度。なぜ、それほど人との接触を避けようとする?ポーションなど直接手渡せばいいものを。俺に触れて困ることでもあるのか?」
「……」
レジーナは習い性になっていた自身の行動を後悔する。なるだけ人との接触を避けようとしていたことが、こんな風に裏目に出るなんて。
向けられる視線の鋭さに、レジーナはため息をついた。諦めのため息だった。
「……使えます」
「馬鹿なっ!」
レジーナの答えに、信じられないと言わんばかりの声を上げたのはリオネルだった。他の皆が沈黙する中、彼だけが「あり得ない」と繰り返す。それに、レジーナは無言を貫いた。
一人で散々騒いだ後、リオネルがピタリとその口を閉じた。レジーナに燃えるような憎しみの瞳を向ける。
「……なぜ、今まで黙っていた?」
レジーナはリオネルの問いに笑いそうになってしまった。そんなもの、尋ねるまでもないだろうに。
「公言してまわりたいようなスキルではないからよ」
言って、レジーナはじっとリオネルを見つめた。途端、リオネルは焦ったように視線を逸らしてしまう。彼の周囲、他の誰も、今や真っすぐにレジーナを見ようとはしていなかった。
恐れか忌避か。レジーナの口元に自嘲の笑みが浮かぶ。
「……アロイスが目を覚ましたら出発しましょう」
それだけを告げ、レジーナは立ち上がった。クロードが黙ってレジーナに寄り添う。皆の側を離れようと歩き出したレジーナの背後から、リオネルの呼び止める声が聞こえた。
「レジーナ!」
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