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第五章
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広間を離れたレジーナは、クロードと並んで作動しない罠群を抜けていく。この階にもあるという騎士団の活動拠点を目指しながら、レジーナは先程の自分の言動を思い起こしていた。
「……余計なこと、言い過ぎたわ」
ポツリと呟いた一言に、クロードが反応する。じっと見下ろす視線に、レジーナは苦笑して返した。
「私も、エリカのこと言えないわね。私だって、勝手にアロイスのこと色々しゃべってしまったわ……」
「……」
何も言わないクロードに、レジーナは地面を見つめて歩きながら、懺悔を口にする。
「……私達、ここに跳ばされた前日が王立学園の卒業式典だったの」
自分で口にしてみて、レジーナはそれが遠い昔のことのように思えた。それとは対照的に、今でもはっきりと覚えていることがある。
「アロイスに初めて会った日、私、授業に遅れそうになっていて。それで、まあ、急いでいたせいで彼女とぶつかって、派手に転んでしまったの」
転んだ先が運悪くぬかるみだったため、今思い出しても本当に情けない姿をさらしてしまった。なのに――
「彼女、なんの躊躇いもなく、私を助け起こしてくれた……」
しかも、初対面ではあったが、アロイスはレジーナを知っていた。悪名高いフォルストの娘と知ってなお、アロイスはレジーナに手を差し伸べ、そして、本気でレジーナの身を案じてくれていた。
(それなのに、私は……)
「彼女に触れられて、咄嗟に制御が効かなくて、アロイスのことを読んでしまった」
読んで直ぐにわかった。彼女の優しさも誠実さも、そして、強さも――
「あの頃の私、かなり追い詰められていたの。フォルストに向けられる悪意の多さとか、集団生活の中でのスキル制御の難しさとか、あとは………」
婚約者の心変わり、とか――
「よっぽど、読心スキルのことをリオネルに打ち明けようかと考えていたわ」
彼に対する誠意ゆえではなく、ただの打算から。スキルの有用性を示せば、リオネルがレジーナを認めてくれるかもしれない。エリカではなく、自分を選んでくれるのではないかと期待して。
「……馬鹿よね。打ち明けたら、嫌でもスキルを使う羽目になるってわかりそうなものなのに」
例え強制されなくても、リオネルやプライセル家に願われてしまえば、レジーナはきっとスキルを使っていた。それでどれだけの敵意を生もうと、それがどれだけレジーナの心を傷つけようと。
「だけど、あの日アロイスに触れて、私、自分が情けなくなったわ」
覗き見たアロイスの胸の内、彼女はたった一人で戦っていた。
秘密を抱えたまま、後戻りも許されずに一人進み続ける苦しみ。露見することを恐れて、常に気を張り続けなければならない。
けれど、露見した時の恐怖に怯えながらも、彼女は自分が正しいと思う道を進んでいた。学園で孤立しかけていたフリッツに面と向かっていくのもそう、周囲に忌み嫌われるレジーナに手を差し伸べたのも。
「……凄いと思った」
実際には一つ歳上、だけど一つしか違わない女性のその強さに、レジーナは憧れた。彼女のようになりたいと。そして――
「……許されるなら、彼女と友達になってみたかった」
アロイスなら、フォルストの名を気にしないかもしれない。レジーナをレジーナとして見てくれるのでは。
けれど、結局、レジーナがアロイスに近づくことはできなかった。レジーナには彼女の一番の秘密を覗いてしまったという負い目がある。アロイスが文字通り、決死の覚悟で守ろうとしたものをレジーナは暴いた。そして、近くに居ればきっとまた、彼女の大切なものに触れてしまう。
たった一人、「友」と呼びたかった人には、互いの抱えるものゆえに近づけない。それでも、アロイスはずっとレジーナにとっての心の支え、憧れだったのだ。
レジーナは小さくため息をついて苦笑する。
「……読心のスキルのせいだけではないのよね、きっと。私、人と居るのが苦手だから」
そう零したレジーナに、不意にクロードが足を止めた。
「俺がいる……」
「え?」
つられてレジーナも足を止めた。クロードを見上げれば、真っすぐな瞳がレジーナを見下ろしている。
「……俺は、この地で死ぬつもりだった」
「……」
「俺の中はもうずっと空だ。読まれて困るものなど何もない。レジーナが 恐れる必要も。……だから、側に」
居てもいいなのか、居て欲しいなのか。続きを口にしなかったクロードに、レジーナは自然と笑いながら告げていた。
「クロードは空っぽなんかじゃないわ」
そう断言できるのは、レジーナだからだ。
「見てしまった私が言うのだから、間違いないわよ」
レジーナの言葉にクロードが黙り込む。レジーナはそっと彼の胸に手を伸ばし、心臓の位置に手を当てた。
「あなた、忘れてるのかもしれないけど。あなたの痛みも哀しみも誓いも、全部ここに、あなたの中にあるわ。無くなってなんかいない」
事実、そこから生まれた彼の優しさは、今この瞬間も失われていないのだから。
「クロード、誰が何と言おうと、あなたは空っぽなんかじゃない。私が保証してあげる」
「……レジーナ」
クロードの手が、彼の胸に置かれたレジーナの手に重なる。
「読んでくれ……」
「え?」
言ったきり、黙り込んだクロードにレジーナは困惑する。口を開かぬまま、レジーナの手を持ち上げたクロードが、その手にスリと頬を寄せた。動揺したレジーナの内に流れ込んで来る声。
――あなたを最初に見た時、何物にも代えがたい光だと思った。
「クロード……?」
――何があろうと守りたいと思った。あなたを失えないと。
伝わって来るクロードの胸の内、執着か憐憫か。レジーナを望むクロードの静かな声が伝わって来る。
――死にゆく俺に、あなたが生きる意味を与えた。だから……
「レジーナ……」
レジーナの名を呼んだクロードの手が、痛いくらいの力でレジーナの手を握り締める。
――俺の運命。どうか、ずっと、あなたの側に居させて欲しい。
「……余計なこと、言い過ぎたわ」
ポツリと呟いた一言に、クロードが反応する。じっと見下ろす視線に、レジーナは苦笑して返した。
「私も、エリカのこと言えないわね。私だって、勝手にアロイスのこと色々しゃべってしまったわ……」
「……」
何も言わないクロードに、レジーナは地面を見つめて歩きながら、懺悔を口にする。
「……私達、ここに跳ばされた前日が王立学園の卒業式典だったの」
自分で口にしてみて、レジーナはそれが遠い昔のことのように思えた。それとは対照的に、今でもはっきりと覚えていることがある。
「アロイスに初めて会った日、私、授業に遅れそうになっていて。それで、まあ、急いでいたせいで彼女とぶつかって、派手に転んでしまったの」
転んだ先が運悪くぬかるみだったため、今思い出しても本当に情けない姿をさらしてしまった。なのに――
「彼女、なんの躊躇いもなく、私を助け起こしてくれた……」
しかも、初対面ではあったが、アロイスはレジーナを知っていた。悪名高いフォルストの娘と知ってなお、アロイスはレジーナに手を差し伸べ、そして、本気でレジーナの身を案じてくれていた。
(それなのに、私は……)
「彼女に触れられて、咄嗟に制御が効かなくて、アロイスのことを読んでしまった」
読んで直ぐにわかった。彼女の優しさも誠実さも、そして、強さも――
「あの頃の私、かなり追い詰められていたの。フォルストに向けられる悪意の多さとか、集団生活の中でのスキル制御の難しさとか、あとは………」
婚約者の心変わり、とか――
「よっぽど、読心スキルのことをリオネルに打ち明けようかと考えていたわ」
彼に対する誠意ゆえではなく、ただの打算から。スキルの有用性を示せば、リオネルがレジーナを認めてくれるかもしれない。エリカではなく、自分を選んでくれるのではないかと期待して。
「……馬鹿よね。打ち明けたら、嫌でもスキルを使う羽目になるってわかりそうなものなのに」
例え強制されなくても、リオネルやプライセル家に願われてしまえば、レジーナはきっとスキルを使っていた。それでどれだけの敵意を生もうと、それがどれだけレジーナの心を傷つけようと。
「だけど、あの日アロイスに触れて、私、自分が情けなくなったわ」
覗き見たアロイスの胸の内、彼女はたった一人で戦っていた。
秘密を抱えたまま、後戻りも許されずに一人進み続ける苦しみ。露見することを恐れて、常に気を張り続けなければならない。
けれど、露見した時の恐怖に怯えながらも、彼女は自分が正しいと思う道を進んでいた。学園で孤立しかけていたフリッツに面と向かっていくのもそう、周囲に忌み嫌われるレジーナに手を差し伸べたのも。
「……凄いと思った」
実際には一つ歳上、だけど一つしか違わない女性のその強さに、レジーナは憧れた。彼女のようになりたいと。そして――
「……許されるなら、彼女と友達になってみたかった」
アロイスなら、フォルストの名を気にしないかもしれない。レジーナをレジーナとして見てくれるのでは。
けれど、結局、レジーナがアロイスに近づくことはできなかった。レジーナには彼女の一番の秘密を覗いてしまったという負い目がある。アロイスが文字通り、決死の覚悟で守ろうとしたものをレジーナは暴いた。そして、近くに居ればきっとまた、彼女の大切なものに触れてしまう。
たった一人、「友」と呼びたかった人には、互いの抱えるものゆえに近づけない。それでも、アロイスはずっとレジーナにとっての心の支え、憧れだったのだ。
レジーナは小さくため息をついて苦笑する。
「……読心のスキルのせいだけではないのよね、きっと。私、人と居るのが苦手だから」
そう零したレジーナに、不意にクロードが足を止めた。
「俺がいる……」
「え?」
つられてレジーナも足を止めた。クロードを見上げれば、真っすぐな瞳がレジーナを見下ろしている。
「……俺は、この地で死ぬつもりだった」
「……」
「俺の中はもうずっと空だ。読まれて困るものなど何もない。レジーナが 恐れる必要も。……だから、側に」
居てもいいなのか、居て欲しいなのか。続きを口にしなかったクロードに、レジーナは自然と笑いながら告げていた。
「クロードは空っぽなんかじゃないわ」
そう断言できるのは、レジーナだからだ。
「見てしまった私が言うのだから、間違いないわよ」
レジーナの言葉にクロードが黙り込む。レジーナはそっと彼の胸に手を伸ばし、心臓の位置に手を当てた。
「あなた、忘れてるのかもしれないけど。あなたの痛みも哀しみも誓いも、全部ここに、あなたの中にあるわ。無くなってなんかいない」
事実、そこから生まれた彼の優しさは、今この瞬間も失われていないのだから。
「クロード、誰が何と言おうと、あなたは空っぽなんかじゃない。私が保証してあげる」
「……レジーナ」
クロードの手が、彼の胸に置かれたレジーナの手に重なる。
「読んでくれ……」
「え?」
言ったきり、黙り込んだクロードにレジーナは困惑する。口を開かぬまま、レジーナの手を持ち上げたクロードが、その手にスリと頬を寄せた。動揺したレジーナの内に流れ込んで来る声。
――あなたを最初に見た時、何物にも代えがたい光だと思った。
「クロード……?」
――何があろうと守りたいと思った。あなたを失えないと。
伝わって来るクロードの胸の内、執着か憐憫か。レジーナを望むクロードの静かな声が伝わって来る。
――死にゆく俺に、あなたが生きる意味を与えた。だから……
「レジーナ……」
レジーナの名を呼んだクロードの手が、痛いくらいの力でレジーナの手を握り締める。
――俺の運命。どうか、ずっと、あなたの側に居させて欲しい。
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