読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第五章

5-4 Side L

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クロードに「ポーション探しを手伝って欲しい」と告げたレジーナが、彼を連れて広間を出ていく。ダンジョンで生成される宝箱か、或いはこの階にもある活動拠点を探しに行くというレジーナの言葉に、リオネルは何も言えぬままに二人を見送った。

二人の姿が見えなくなったところで、それまで黙ったままだったシリルがポツリと呟いた。

「レジーナ様って、治癒魔法使えたんだね」

「ああ。……今までは他人の治療は無理だと、自身の怪我を治すだけで精一杯だと言っていたんだが」

そうではなかったという事実を目の当たりにさせられて、リオネルはその事実を上手く処理できないでいた。嘘をつかれた訳ではないだろう。事実、彼女が今まで積極的に治癒魔法を使うことはなかった。だが、自分が信じていた以上のレジーナの力を目の当たりにし、リオネルは居心地の悪い思い、違和感のようなものを感じていた。

リオネルの戸惑い気味な答えに、シリルは「ふーん」と頷いてから、何かを考え込み始めた。そんなシリルの姿を眺めながら、リオネルも自身の思考に沈む。

(私の知らないレジーナか……)

それで言えば、先程のレジーナが見せた表情もそうだった。いつも冷めたような眼差しで、時に感情を露わにすることはあっても、それは全て他者に対する怒り。特に、エリカへのあからさまな憎悪を見せる彼女に、リオネルは辟易していたはずだった。

それが、アロイスを庇おうとしたあの時。エリカへ怒りの表情を向けた時も、フリッツを説得しようとした時も、レジーナの頬は紅潮し、その瞳は熱に浮かされたような輝きを放っていた。それだけ必死にアロイスを守らんとするレジーナの姿は、リオネルにも訴えるものがあった。

(初めて、かもしれないな……)

長じてからはほとんど感情を表さなくなったレジーナだが、幼い頃の彼女は今よりも感情表現が豊かでよく笑っていた。ただ、先程のような激情を見せることはなく、エリカとの仲を誤解した時でさえ、彼女の瞳はどこか冷めたままだった。

それが何を意味するのか、考え込むリオネルの袖をエリカが引いた。

「……リオネル?どうしたの?」

そう問いかけられても、頭が上手く回らないリオネルは答えようがない。ただ、不安げに自身を見上げるエリカに何か言ってやらねばと口を開きかけたところで、フリッツの声がした。

「アロイス……!」

その声に、リオネルがフリッツの腕の中に視線を向ければ、アロイスの瞼がピクリと動くのが見えた。皆が見守る中、アロイスの瞼がゆっくりと開かれ、現れた菫色の瞳がぼんやりと宙を見つめる。

「アロイス、大丈夫か?俺がわかるか?」

その声に、焦点の合っていなかったアロイスの瞳が、フリッツに向けられる。数度、瞬きをしたアロイスの口が開き、掠れた声が聞こえた。

「フリッツ。私は……?」

「俺を庇って、毒矢を腹に受けたんだ」

「毒……」

傷を確かめるためか、アロイスが動こうとするのをフリッツが止めた。

「動くな。毒は消した。傷も塞いであるが、無理に動けば開く」

「そうか……」

そう言ったアロイスの視線が、エリカへと向けられる。微笑したアロイスが「ありがとう」と呟くのを聞いて、フリッツが首を横に振った。

「……違う。お前を治療したのはレジーナだ」

「レジーナが?なぜ……?」

そう疑問を口にしたアロイスが、ハッとしたように瞳を見開き、身体を起こそうとする。それを、フリッツがきつく抱きしめて押し留めた。

「止めろ。動くなと言っているだろう?……治療のために、お前の服を脱がせた」

「……そうか」

フリッツの言葉で全てを察したらしいアロイスがフッと苦笑を浮かべた。が、直ぐにその笑みを消し、真剣な眼差しでフリッツへの謝罪を口にする。

「フリッツ、騙していてすまなかった」

その謝罪に、フリッツがグッと言葉を飲み込んだのが分かった。飲み込んだのはアロイスへの詰問か、言葉が出てこないフリッツにアロイスが深く頭を下げる。

「これは、私が言い出して始めたことなんだ。国を謀るつもりはない。出来れば、故郷に責が及ばないようにしてくれると有難い」

「っ!?バカか!!」

アロイスの言葉に、フリッツがたまりかねたように叫ぶ。

「俺はそんな言葉を聞きたいのではない!ただ、俺は、お前に隠し事をされたくはなかった!事情があるにせよ、俺には、俺にだけは……!」

教えて欲しかった――

そう聞こえたフリッツの思い。だが、フリッツはそれ以上を口にすることはなく、フッと息を吐いてユルユルと首を振った。

「……いつか、お前が話せる時が来たら話せ。それで、黙っていたことは帳消しにしてやる」

「謀反を疑わないのか?」

「お前がそんな人間でないことは、俺が一番よく知っている。……だいたい、お前は俺を庇ってこんな目にあっているんだぞ?それを疑うような真似、出来るか」

そう照れたように言ったフリッツだったが、次の瞬間にはアロイスを鋭い目で睨む。

「だが、こんな真似は二度とするな。俺を庇ってお前が怪我をするなど絶対に許さん」

フリッツの凄みのある言葉に、しかし、アロイスは軽やかに笑って答える。

「ああ、わかった。と言いたいところだが、体が勝手に動いたんだ。二度はないと確約は出来ない」

「アロイス、お前っ!?」

叫ぶフリッツにアロイスが愉快そうに笑った。

(……良かった)

リオネルは二人のやりとりに心底から安堵する。目の前の光景が永遠に失われていたかもしれないと思うとゾッとする。

不意に、シリルが「ねぇ」と口を開いた。

「アロイス、ちょっと聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「レジーナ様って、アロイスが女だって知ってたの?」

シリルの言葉に、全員が驚きの表情を浮かべた。アロイス自身も、虚を突かれたような顔をしている。それから、「いや」と首を振った。

「誰にも伝えたことはない。王都に私のことを知る者ははいないはずだ」

「ふーん、そうなんだ。……レジーナ様、アロイスの事情知ってそうな雰囲気だったんだけどなぁ」

そう言って再び考え込み出したシリルを見上げていたアロイスが、「ああ、だが」と口を開いた。

「今にして思えばの話になるが……」

アロイスの躊躇いがちな言葉に、フリッツが「話せ」と先を促す。

「……入学直後のオリエンテーリングを覚えているか?私がつた植物の魔物の毒を受けて倒れた」

「覚えている」

アロイスの問いに間髪入れずに答えたフリッツは、苦々しげな表情を浮かべた。

「班が違うからとレジーナがごねて、お前にエリカの治療を受けさせなかったアレだろう?」

フリッツが「あれ以来あの女が嫌いなんだ」と続けるのを聞きながら、リオネルも当時のことを思い出していた。確かに、アロイスが負った怪我は命にかかわるものではなく、「緊急を要していない」と主張するレジーナの言葉は正しかった。しかし、杓子定規に規則を適用しようとするレジーナの行動に、当時の自分は苦言を呈した覚えがある。

それに、レジーナは何と答えたのだったか――

「レジーナがエリカを止めてくれて、私は助かった」

アロイスの言葉に、リオネルはハッとした。

「もしもあの時、治療のために服を脱がされていたら、私の身は終わっていた」

(……そうか、アロイスの立場としてはそうなるのか)

彼女の言葉に、それでも納得のいかない様子のフリッツがクシャリと自身の前髪をかき上げた。

「だが、つた植物系の毒は直ぐに治療しなければ、麻痺が残ることもある。そうでなくとも、棘の痕は残るだろう?」

「ああ、そうだな。だが、例え麻痺が残ろうと、私は女の身であることを隠すことを優先した」

彼女の答えにフリッツは嫌そうな顔をしたが、アロイスは苦笑して首を横に振る。

「だが、まぁ、見ての通り、麻痺は残っていない。傷跡もな。……医務室に運ばれた後、同じ班だからとレジーナが高級治療薬を届けてくれたんだ」

アロイスの言葉にリオネルは驚く。人に興味を持たない、どころか、忌避することの多いレジーナがそんなことを?

「……その時、彼女に言われたよ。『傷を残したままでは生きにくい』と」

苦笑を浮かべたままのアロイスの視線が遠くを見つめる。

「どこで気づかれたかは不明だが、今思えば、あれは私の女としての身を案じてくれていたのかもしれないな」

アロイスの言葉に、リオネルはまた自身の知らないレジーナの一面を知った気がした。だからどうということは無いのだが、なぜだかそれがリオネルを落ち着かない気分にさせる。

レジーナがアロイスに親身になったことと、レジーナがエリカを害したことは別の話。彼女の行いが正当化されるわけではない。だが――

胸の内に晴れない思いを抱くリオネルの耳に、シリルの信じられない言葉が届いた。

「ひょっとして、レジーナ様、読心が使えるのかもね?」

「なっ!?」

「……あり得るのか?そんなことが?」

シリルの言葉に皆が驚きを示す中、リオネルの背筋を冷たいものが走る。全身を強張らせたリオネルの前で、シリルが軽く肩をすくめて見せた。

「あり得るっていうか、そう考えると一応、辻褄は合うかな?アロイスの話もそうだけどさ、さっき、レジーナ様が治癒魔法を使うとき、変に魔力制御がぶれてたでしょう?あれって他の魔法が発動しちゃってたせいなんだよね」

そう説明するシリル曰く、干渉していた魔法の正体は不明なものの、その際にアロイスの身体から戻って来るレジーナの微弱な魔力を感知したのだという。

「本当、微弱過ぎて、最初は全然分からなかったくらいなんだけどね。あるのはあるし、何だろうなぁって思ってたんだ」

それが読心による魔力循環なのだとすると、辻褄が合う――

茫然とするリオネルに、フリッツが「しかし」と口を開いた。

「レジーナが読心を使えるようになったという報告は国には上がっていない」

言って、フリッツがリオネルを振り向いた。「お前は知っていたか?」という彼の問いに、リオネルは唖然と首を横に振って答えた。

(知らない。そんなことは聞いていない。あり得ない。だが……)

レジーナにはリオネルの知らないことが多すぎる。彼女がリオネルに嘘をついていた、謀っていたというのなら――

(一体、いつから……)

いつから、レジーナは読心が使えるようになったのか。少なくとも、婚約した当初の彼女に読心のスキルはなかった。彼女自身、家族の期待に応えられないことに苦しんでいたのをリオネルは知っている。

(だが、それさえも嘘、演技だったのなら……)

「……」

「……リオネル、大丈夫?顔が真っ青よ?」

エリカの不安そうな声に、だが、リオネルは何も答えることが出来なかった。レジーナが読心を使えるかもしれない。そのことに、リオネルは恐怖していた。今まで、彼女に触れられたことは何度もある。その時、自分は何を考え、何を思っていたか。

未知の恐怖に、リオネルの身体は縛られたように動かなくなった。




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