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第四章
4-5 Side L
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レジーナを抱きかかえた男が部屋を出て行くなり、我慢の限界とばかりに、アロイスがフリッツを詰った。
「フリッツ!先程の君の態度はなんだ?君自身が言ったことだろう?『無駄な敵意を煽るな』と!」
アロイスの言葉に、その自覚があるのだろう、フリッツが気まずげな顔で答える。
「……悪かったよ」
その一言に、アロイスは嘆息した。
「君がクロードの身を案じたのはわかる。自身のせいだからこそ、強硬になったことも。だが、それは君の自業自得だ。レジーナが責められる謂れはどこにもなかった!」
「それは……」
アロイスにその行いを窘められたフリッツが言葉を飲み、黙り込む。
二人の様子を観察しながら、リオネルは「この二人の関係も変わっている」と今更ながらに感じていた。
比較的身分の差の緩やかな学園内においても、王位継承権を持つフリッツは特別だ。その激しやすい性格からも、フリッツは遠巻きにされることが多く、阿る者はあれど彼に意見する者などいない。だが、アロイスだけは違った。入学当初から、彼だけが臆すること無くフリッツに接し、今のように苦言を呈してきた。
(不思議なものだ……)
身分の差だけではない。アロイスのクラッセン家は一度独立に失敗し、王家から厳しい監視の目を向けられている。家の微妙な立場を思えば、アロイスのフリッツへの態度はとても危ういことのように思われた。が、大方の思惑を外れ、衝突を繰り返しながらも、アロイスとフリッツはその距離を縮めていった。傲岸な部分が目立ったフリッツが、アロイスの言葉には耳を傾けることが増え、今では、アロイスがフリッツの隣に立つことが当然になってしまっている。
(だが、だとしても、これは聊か行き過ぎな気もするが……)
「フリッツ!君は本当にクロードがレジーナに義理立てしている、彼女の命に従っていると思うのか!?」
ここまでアロイスが怒りを露にするのも珍しい。彼の怒りに、フリッツも気圧され気味だった。
「だとしたら、君はレジーナの好意に甘えている!」
「っ!何だとっ!?」
侮辱するかのような言葉に、流石にフリッツが何かを言い返そうとしたが、それも続くアロイスの言葉に阻まれる。
「君の言う通り、レジーナが悪逆非道な行いをする人間でクロードを従えているというのなら、彼女はただクロードに願えばいい。私たちをここに捨て置けと」
「なっ!?」
収まる気配の無いアロイスの追及に、フリッツが声を荒げる。
「だがな、アロイス!お前だって、言っていただろうが!あの女も王族にまで手を出すつもりはないだろうと」
「……身分に守られていると自覚しているのか?」
アロイスが、冷めた眼差しをフリッツへと向ける。
「だとしたら、君のしていることは、身分を傘に来た愚かな行為だ」
「なっ!?」
「そうだろう?自分は安全な場所にいて、反撃を許さずに彼女を一方的に攻撃している」
「俺はっ!」
反駁しようとしたフリッツだったが、言うべき言葉が見つからなかったのか、そのまま黙り込んでしまった。沈黙したまま睨み合う二人に、リオネルは横から口を挟んだ。
ずっと感じていた違和感、アロイスに対する疑念を口にする。
「アロイス、君はレジーナが無実だと思っているのか?」
アロイスの言動には、どこかレジーナを庇うようなところがある。それを問い質したのだが、リオネルに視線を向けたアロイスは「分からない」と首を横に振った。
分からないのであればなぜ、そこまでレジーナを気に掛けるのか。納得がいかずに追及しようとしたリオネルに、アロイスは「ただ」と言葉を続けた。
「私とフリッツが見たのは、階段から落ちた後のエリカの姿だ。……レジーナの手が階段に向かって伸びていたのは確かだが、直前まで二人は揉めていたのだろう?」
アロイスの言葉にリオネルはフリッツを見るが、彼がその言葉を否定することはなかった。
アロイスの視線がエリカの隣に立つシリルに向けられる。
「シリルには、レジーナが突き落としたように見えたのかもしれない。だが、弾みだった可能性はある。……エリカ本人が覚えていないのだからな」
故に、自身では判断がつかないというアロイスはそこで口を閉じ、リオネルをじっと見つめた。
「リオネルは、レジーナから話を聞かなかったのか?」
「話?レジーナから?」
アロイスの言葉に、リオネルは虚を突かれた。レジーナから話を聞く、そんなことは考えたこともなかった。だが、「自分はやっていない」の一点張りの彼女から、一体、何の話を聞けるというのか。
無駄なことだと首を横に振ったリオネルに、アロイスが静かに告げる。
「あの日、君には伝えただろう?」
「?」
そう前置きされたアロイスの言葉に、リオネルは心当たりなどなく、内心で首を傾げる。そんなリオネルの様子に気付いているのかいないのか、アロイスは淡々と言葉を続けた。
「エリカの落下直後、レジーナは階段の上で動けずにいた」
アロイスの言葉に、リオネルは「ああ」と頷く。
「エリカの無事を確かめもしなかったのだろう?真にあれが事故だったのならば、少なくとも、相手の無事を確かめるくらいはするはずだ」
リオネルのその言葉に、アロイスはきっぱりと首を横に振った。
「違う。動かなかったのではない、動けなかったんだ。……彼女はあの時、茫然自失、完全に血の気を失っていた」
「それは……」
「あれが事故か故意か、私にはわからない。わかるのは、彼女は起きた結果に怯えていたということだけだ」
アロイスのその言葉に、リオネルは漸く思い出した。
確かに、事故直後にアロイスがそんなことを言っていた。その時は、医務室に運ばれたエリカの元に駆けつけ、彼女の無事に胸を撫で下ろしていたところだったので、リオネルは彼の言葉を頭から否定した。
その後はもう、ただただ、レジーナがエリカを害したという事実に怒りを覚え、同時に、愛する人を守れなかった己の不甲斐なさに腹を立てていた。エリカへの申し訳無さ、罪悪感で一杯で、否定したままのアロイスの言葉など完全に失念していた。
(……だが、思い出したところで何かが変わるわけではない)
仮に本当にレジーナが怯えていたのだとしても、衆人環視の中でエリカを突き落としたという事態に怯えていた可能性の方が高い。それで、彼女の無実が証明されるわけではない。
黙り込んだリオネルに、アロイスが「どちらにしろ」とため息をついた。
「あの一件は司法の場で裁かれることが決まっている。ここで彼女を糾弾するような真似はすべきではない」
最後の言葉はフリッツに向けられたもの。違うか?と言わんばかりのアロイスの鋭い視線に、フリッツがフイと視線を逸らしながら呟いた。
「……悪かった」
「私への謝罪は不要だ。君が謝るべきはレジーナだろう?」
「っ!分かっている!」
フリッツが自身の非を受け入れる姿を、リオネルはぼんやりと眺めていた。フリッツもレジーナを無実だと認めたわけではない。だが、彼がレジーナに頭を下げると決めたことに、どこか薄ら寒いものを感じていた。
「フリッツ!先程の君の態度はなんだ?君自身が言ったことだろう?『無駄な敵意を煽るな』と!」
アロイスの言葉に、その自覚があるのだろう、フリッツが気まずげな顔で答える。
「……悪かったよ」
その一言に、アロイスは嘆息した。
「君がクロードの身を案じたのはわかる。自身のせいだからこそ、強硬になったことも。だが、それは君の自業自得だ。レジーナが責められる謂れはどこにもなかった!」
「それは……」
アロイスにその行いを窘められたフリッツが言葉を飲み、黙り込む。
二人の様子を観察しながら、リオネルは「この二人の関係も変わっている」と今更ながらに感じていた。
比較的身分の差の緩やかな学園内においても、王位継承権を持つフリッツは特別だ。その激しやすい性格からも、フリッツは遠巻きにされることが多く、阿る者はあれど彼に意見する者などいない。だが、アロイスだけは違った。入学当初から、彼だけが臆すること無くフリッツに接し、今のように苦言を呈してきた。
(不思議なものだ……)
身分の差だけではない。アロイスのクラッセン家は一度独立に失敗し、王家から厳しい監視の目を向けられている。家の微妙な立場を思えば、アロイスのフリッツへの態度はとても危ういことのように思われた。が、大方の思惑を外れ、衝突を繰り返しながらも、アロイスとフリッツはその距離を縮めていった。傲岸な部分が目立ったフリッツが、アロイスの言葉には耳を傾けることが増え、今では、アロイスがフリッツの隣に立つことが当然になってしまっている。
(だが、だとしても、これは聊か行き過ぎな気もするが……)
「フリッツ!君は本当にクロードがレジーナに義理立てしている、彼女の命に従っていると思うのか!?」
ここまでアロイスが怒りを露にするのも珍しい。彼の怒りに、フリッツも気圧され気味だった。
「だとしたら、君はレジーナの好意に甘えている!」
「っ!何だとっ!?」
侮辱するかのような言葉に、流石にフリッツが何かを言い返そうとしたが、それも続くアロイスの言葉に阻まれる。
「君の言う通り、レジーナが悪逆非道な行いをする人間でクロードを従えているというのなら、彼女はただクロードに願えばいい。私たちをここに捨て置けと」
「なっ!?」
収まる気配の無いアロイスの追及に、フリッツが声を荒げる。
「だがな、アロイス!お前だって、言っていただろうが!あの女も王族にまで手を出すつもりはないだろうと」
「……身分に守られていると自覚しているのか?」
アロイスが、冷めた眼差しをフリッツへと向ける。
「だとしたら、君のしていることは、身分を傘に来た愚かな行為だ」
「なっ!?」
「そうだろう?自分は安全な場所にいて、反撃を許さずに彼女を一方的に攻撃している」
「俺はっ!」
反駁しようとしたフリッツだったが、言うべき言葉が見つからなかったのか、そのまま黙り込んでしまった。沈黙したまま睨み合う二人に、リオネルは横から口を挟んだ。
ずっと感じていた違和感、アロイスに対する疑念を口にする。
「アロイス、君はレジーナが無実だと思っているのか?」
アロイスの言動には、どこかレジーナを庇うようなところがある。それを問い質したのだが、リオネルに視線を向けたアロイスは「分からない」と首を横に振った。
分からないのであればなぜ、そこまでレジーナを気に掛けるのか。納得がいかずに追及しようとしたリオネルに、アロイスは「ただ」と言葉を続けた。
「私とフリッツが見たのは、階段から落ちた後のエリカの姿だ。……レジーナの手が階段に向かって伸びていたのは確かだが、直前まで二人は揉めていたのだろう?」
アロイスの言葉にリオネルはフリッツを見るが、彼がその言葉を否定することはなかった。
アロイスの視線がエリカの隣に立つシリルに向けられる。
「シリルには、レジーナが突き落としたように見えたのかもしれない。だが、弾みだった可能性はある。……エリカ本人が覚えていないのだからな」
故に、自身では判断がつかないというアロイスはそこで口を閉じ、リオネルをじっと見つめた。
「リオネルは、レジーナから話を聞かなかったのか?」
「話?レジーナから?」
アロイスの言葉に、リオネルは虚を突かれた。レジーナから話を聞く、そんなことは考えたこともなかった。だが、「自分はやっていない」の一点張りの彼女から、一体、何の話を聞けるというのか。
無駄なことだと首を横に振ったリオネルに、アロイスが静かに告げる。
「あの日、君には伝えただろう?」
「?」
そう前置きされたアロイスの言葉に、リオネルは心当たりなどなく、内心で首を傾げる。そんなリオネルの様子に気付いているのかいないのか、アロイスは淡々と言葉を続けた。
「エリカの落下直後、レジーナは階段の上で動けずにいた」
アロイスの言葉に、リオネルは「ああ」と頷く。
「エリカの無事を確かめもしなかったのだろう?真にあれが事故だったのならば、少なくとも、相手の無事を確かめるくらいはするはずだ」
リオネルのその言葉に、アロイスはきっぱりと首を横に振った。
「違う。動かなかったのではない、動けなかったんだ。……彼女はあの時、茫然自失、完全に血の気を失っていた」
「それは……」
「あれが事故か故意か、私にはわからない。わかるのは、彼女は起きた結果に怯えていたということだけだ」
アロイスのその言葉に、リオネルは漸く思い出した。
確かに、事故直後にアロイスがそんなことを言っていた。その時は、医務室に運ばれたエリカの元に駆けつけ、彼女の無事に胸を撫で下ろしていたところだったので、リオネルは彼の言葉を頭から否定した。
その後はもう、ただただ、レジーナがエリカを害したという事実に怒りを覚え、同時に、愛する人を守れなかった己の不甲斐なさに腹を立てていた。エリカへの申し訳無さ、罪悪感で一杯で、否定したままのアロイスの言葉など完全に失念していた。
(……だが、思い出したところで何かが変わるわけではない)
仮に本当にレジーナが怯えていたのだとしても、衆人環視の中でエリカを突き落としたという事態に怯えていた可能性の方が高い。それで、彼女の無実が証明されるわけではない。
黙り込んだリオネルに、アロイスが「どちらにしろ」とため息をついた。
「あの一件は司法の場で裁かれることが決まっている。ここで彼女を糾弾するような真似はすべきではない」
最後の言葉はフリッツに向けられたもの。違うか?と言わんばかりのアロイスの鋭い視線に、フリッツがフイと視線を逸らしながら呟いた。
「……悪かった」
「私への謝罪は不要だ。君が謝るべきはレジーナだろう?」
「っ!分かっている!」
フリッツが自身の非を受け入れる姿を、リオネルはぼんやりと眺めていた。フリッツもレジーナを無実だと認めたわけではない。だが、彼がレジーナに頭を下げると決めたことに、どこか薄ら寒いものを感じていた。
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