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第三章
3-5 Side L
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「……で、どうするか、だ」
レジーナ達が去った部屋、口火を切ったのはフリッツだった。彼の問いに、しかし、直ぐには答えの返せなったリオネルは黙り込む。そんなリオネルの様子を確かめたフリッツが、難しい顔をして言葉を続けた。
「ここが本当にカシビアかどうかはさておき、ダンジョン内だという話は信じていいかもしれんな」
言いながら、フリッツはシリルへと視線を向けた。
「シリル、転移魔法は本当に発動しないんだな?」
「うん、駄目。強制終了させられる」
その答えに頷いて返したフリッツが、今度は皆を見回す、
「仮にダンジョンですらないとしても、シリルの転移が使えない以上、俺達だけでこの場を脱出するのは不可能だ」
断言するフリッツに、リオネルは「否」を唱えたかったが、先ほどのドラゴンとの死闘を考えれば、それも難しい。ただ、素直に認めることも出来ずに燻った思いを抱えるリオネルの隣で、アロイスが口を開いた。
「私は、彼女の言葉を信じていいのでは思っている」
「待て、アロイス!何の根拠があってそんなことを!?」
レジーナを肯定するアロイスの言葉に、リオネルは思わず語気が強くなった。抗議の視線を向けるが、アロイスはそれを軽く受け流してしまう。
「それこそ、何の根拠があって彼女を疑う?」
「レジーナはエリカを殺しかけたんだぞ!?」
否定しようのない事実に、一瞬、考え込む仕草を見せたアロイスだったが、それでも直ぐに首を横に振った。
「エリカへの行いは今は置いておこう。今回に関して言えば、フリッツが巻き込まれているんだ。彼女が王族にまで手を出すとは思えない」
「それは…!」
咄嗟に反論の言葉が浮かばず言いよどんだリオネルに、アロイスは「もし仮に」と言葉を続ける。
「彼女が私たちを害そうと言うのなら、そもそもこんな提案をする必要は無いだろう?私達を置き去りにすればいいだけの話だ。アシッドドラゴンとの戦闘も、助けに入る必要など無かった」
「確かに、表面的な話をすればそうかもしれないが……!」
アロイスの言葉を、リオネルは素直に認められなかった。かつて、リオネルはレジーナを信頼していた。信頼していた分、彼女に裏切られた今は、そう容易くレジーナの言動を信じることが出来ない。
(私の知るレジーナは、そもそも他者を傷つけるような人間ではなかった……!)
その彼女が、エリカを傷つけ、自身の傍で何食わぬ顔をしていたのだと知った時、リオネルの心は深く傷ついた。リオネルは、もう選択を間違えないと決めている。エリカを守るためにも、レジーナを認めるわけにはいかない。
話が平行しそうになったところで、フリッツが「そこまでだ」と割って入った。
「確かに、レジーナが何を考えているのかはわからん。が、あの女が敵であろうと味方であろうと、今のこの状況を打破するには、レジーナとあの男の助力は欠かせない」
そこで一旦、言葉を切ったフリッツが全員を見回した。
「レジーナの提案を受け入れる。……案外、この状況はあの女にも想定外なのかもしれんしな」
この場における最高位者の決定に、リオネルを除く全員が賛同を示す。それを見て、不本意ながらもリオネルは首肯した。この場を脱するまではレジーナ達との共闘を受け入れるしかないと分かっていたからだ。
リオネルの渋々な態度に、フリッツが苦笑する。
「リオネル、気持ちは分からんでもないが、無駄な敵意でレジーナを煽るな」
「……承知、しました」
己の無力ゆえに、相容れぬ存在と手を組まねばならない。自身の不徳に歯噛みする思いのリオネルの横で、アロイスが「二人を呼んでこよう」と部屋を出て行った。
その姿を見送ってから暫く、アロイスが見慣れぬ恰好のレジーナを連れて戻って来た。ドレスが破れていたためだろう。大きさのあっていない男物の服に着替えたレジーナは不格好で、あれほど彼女を憎んでいたリオネルの胸にも、一瞬だけ、彼女に対する憐憫がよぎった。
二人の姿を認めたフリッツが、片眉を上げる。
「レジーナだけか?あのクロードとか言う男はどうした?」
「直ぐに戻って来ると思います」
フリッツの問いにそう返したレジーナが、自身の来た道を振り返った。
「ああ。戻ってきました」
言って、僅かにその表情を緩めた彼女の姿にリオネルは虚を突かれる。
レジーナが、あの男相手にこんな顔をするなんて――
リオネルと居ても常に緊張を見せていた彼女が、たまに浮かべることのあった穏やかな笑み。それが、緊張が緩んだ一瞬にレジーナが浮かべる表情だと知っているリオネルは、「なぜ」と思う。
(なぜ、この短時間でそこまで心を許せる……?)
相手は得たいの知れない獣のような男。戦う力はあれど、でかい図体で物言わぬ姿は男の愚鈍さを表していた。だが、そんな男しか、レジーナの頼れる者はいないのだと気づき、リオネルの彼女への憐憫の思いは増す。
(くそっ……!)
レジーナはエリカを虐げた。決して許せはしない所業ではあるが、その裏にリオネルへの想いがあったことは確か。レジーナを切り捨てきれぬ自身の弱さにリオネルが彼女から視線を逸らそうとした時、廊下の奥、現れた男の姿にリオネルは息を飲んだ。
同じく、自身の横でエリカが「え?」と驚きの声を上げたる。
「うそっ!もしかして、英雄クロード!?」
レジーナ達が去った部屋、口火を切ったのはフリッツだった。彼の問いに、しかし、直ぐには答えの返せなったリオネルは黙り込む。そんなリオネルの様子を確かめたフリッツが、難しい顔をして言葉を続けた。
「ここが本当にカシビアかどうかはさておき、ダンジョン内だという話は信じていいかもしれんな」
言いながら、フリッツはシリルへと視線を向けた。
「シリル、転移魔法は本当に発動しないんだな?」
「うん、駄目。強制終了させられる」
その答えに頷いて返したフリッツが、今度は皆を見回す、
「仮にダンジョンですらないとしても、シリルの転移が使えない以上、俺達だけでこの場を脱出するのは不可能だ」
断言するフリッツに、リオネルは「否」を唱えたかったが、先ほどのドラゴンとの死闘を考えれば、それも難しい。ただ、素直に認めることも出来ずに燻った思いを抱えるリオネルの隣で、アロイスが口を開いた。
「私は、彼女の言葉を信じていいのでは思っている」
「待て、アロイス!何の根拠があってそんなことを!?」
レジーナを肯定するアロイスの言葉に、リオネルは思わず語気が強くなった。抗議の視線を向けるが、アロイスはそれを軽く受け流してしまう。
「それこそ、何の根拠があって彼女を疑う?」
「レジーナはエリカを殺しかけたんだぞ!?」
否定しようのない事実に、一瞬、考え込む仕草を見せたアロイスだったが、それでも直ぐに首を横に振った。
「エリカへの行いは今は置いておこう。今回に関して言えば、フリッツが巻き込まれているんだ。彼女が王族にまで手を出すとは思えない」
「それは…!」
咄嗟に反論の言葉が浮かばず言いよどんだリオネルに、アロイスは「もし仮に」と言葉を続ける。
「彼女が私たちを害そうと言うのなら、そもそもこんな提案をする必要は無いだろう?私達を置き去りにすればいいだけの話だ。アシッドドラゴンとの戦闘も、助けに入る必要など無かった」
「確かに、表面的な話をすればそうかもしれないが……!」
アロイスの言葉を、リオネルは素直に認められなかった。かつて、リオネルはレジーナを信頼していた。信頼していた分、彼女に裏切られた今は、そう容易くレジーナの言動を信じることが出来ない。
(私の知るレジーナは、そもそも他者を傷つけるような人間ではなかった……!)
その彼女が、エリカを傷つけ、自身の傍で何食わぬ顔をしていたのだと知った時、リオネルの心は深く傷ついた。リオネルは、もう選択を間違えないと決めている。エリカを守るためにも、レジーナを認めるわけにはいかない。
話が平行しそうになったところで、フリッツが「そこまでだ」と割って入った。
「確かに、レジーナが何を考えているのかはわからん。が、あの女が敵であろうと味方であろうと、今のこの状況を打破するには、レジーナとあの男の助力は欠かせない」
そこで一旦、言葉を切ったフリッツが全員を見回した。
「レジーナの提案を受け入れる。……案外、この状況はあの女にも想定外なのかもしれんしな」
この場における最高位者の決定に、リオネルを除く全員が賛同を示す。それを見て、不本意ながらもリオネルは首肯した。この場を脱するまではレジーナ達との共闘を受け入れるしかないと分かっていたからだ。
リオネルの渋々な態度に、フリッツが苦笑する。
「リオネル、気持ちは分からんでもないが、無駄な敵意でレジーナを煽るな」
「……承知、しました」
己の無力ゆえに、相容れぬ存在と手を組まねばならない。自身の不徳に歯噛みする思いのリオネルの横で、アロイスが「二人を呼んでこよう」と部屋を出て行った。
その姿を見送ってから暫く、アロイスが見慣れぬ恰好のレジーナを連れて戻って来た。ドレスが破れていたためだろう。大きさのあっていない男物の服に着替えたレジーナは不格好で、あれほど彼女を憎んでいたリオネルの胸にも、一瞬だけ、彼女に対する憐憫がよぎった。
二人の姿を認めたフリッツが、片眉を上げる。
「レジーナだけか?あのクロードとか言う男はどうした?」
「直ぐに戻って来ると思います」
フリッツの問いにそう返したレジーナが、自身の来た道を振り返った。
「ああ。戻ってきました」
言って、僅かにその表情を緩めた彼女の姿にリオネルは虚を突かれる。
レジーナが、あの男相手にこんな顔をするなんて――
リオネルと居ても常に緊張を見せていた彼女が、たまに浮かべることのあった穏やかな笑み。それが、緊張が緩んだ一瞬にレジーナが浮かべる表情だと知っているリオネルは、「なぜ」と思う。
(なぜ、この短時間でそこまで心を許せる……?)
相手は得たいの知れない獣のような男。戦う力はあれど、でかい図体で物言わぬ姿は男の愚鈍さを表していた。だが、そんな男しか、レジーナの頼れる者はいないのだと気づき、リオネルの彼女への憐憫の思いは増す。
(くそっ……!)
レジーナはエリカを虐げた。決して許せはしない所業ではあるが、その裏にリオネルへの想いがあったことは確か。レジーナを切り捨てきれぬ自身の弱さにリオネルが彼女から視線を逸らそうとした時、廊下の奥、現れた男の姿にリオネルは息を飲んだ。
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