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第三章

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自身の後をついてくるクロードの存在を感じながら、レジーナは一つ一つの部屋を見て回った。騎士団が放棄した前線基地の一つには雑多な備品が残されたまま、経年による汚れはあるが、まだ使えそうなものもある。いくつ目かの部屋、置かれた長持の中から、レジーナは目当てのものを見つけた。

白の襟シャツ、シンプルではあるが作りがしっかりしているのは、騎士団の支給品だからか。同じく支給品らしき茶色のパンツもあった。が、どちらもレジーナが着るには大きすぎる。

(まぁ、男性用だろうし、文句は言えないけれど……)

そう思いながら、レジーナは見つけた上下の衣服に「清浄クリーン」をかけた。これで、袖や裾を折り曲げれば着られないことはないだろう。下は落ちないよう紐で縛るとして、あと、問題は靴だけだった。流石に、靴はサイズ違いを履くわけにもいかない。既にジクジクと痛み始めている足、ドレスの内に隠されたヒール付きの靴を履いた自身の足元を見下ろして、レジーナはため息をつく。

不意に、クロードが動いた。「どうしたの?」レジーナがそう尋ねる間もなく、身体がフワリと持ち上げられる。

「ちょ、クロード!」

有無を言わさぬ男の力が、レジーナを部屋にあった寝台へと運ぶ。ギシリ、レジーナを抱えたまま寝台の上に片膝をついた男の重みにベッドが軋んだ。目の前に迫るクロードの影に焦るレジーナに届いた声。

――足を怪我して……

「っ!怪我なんて大したものではないわ!少し、擦りむいただけ」

――やはり、移動は抱いたまま……

「嫌よ!」

レジーナを抱いたまま移動しようかと思案しているクロードの声にギョッとして、レジーナは抱えられたままだったクロードの腕から抜け出す。

「下がって、クロード!」

顔に集まる熱を自覚しながらクロードを牽制すれば、クロードは大人しく引き下がる。代わりのように、レジーナの足元へ跪いた彼が何をしようとしているのかを理解して、レジーナは素早く自身の足を引っ込めた。

「触らないで!」

「……怪我の治療を」

「自分で出来るから!」

靴を脱がせようとしたクロードを制し、レジーナはドレスの下の自身の足を抱きかかえる。はしたないが、こうでもしないとクロードは問答無用でレジーナの足に触れてきそうだった。

(信じられない!私を騎士団の部下か何かだとでも思っているの?)

若しくは、庇護すべき子どもだとでも思っているのか。そこに、クロードの「男」としての欲がないことを知っているから、彼を恐ろしいとは思わないが、レジーナは何故か腹が立った。

「着替えるから、出て行って」

腹立ちまぎれにそう口にしたレジーナに、クロードは迷うような様子を見せる。この期に及んでこの場に留まると言い出しそうなクロードの手首をガシリと掴めば、彼は「一人にして良いものか」とレジーナの身を案じていた。クロードの声に毒気を抜かれ、レジーナはハァとため息をつく。

「大丈夫よ。魔物だって発生しないんでしょう?それで、私にどんな危険があるというの」

そう口にしたレジーナに、クロードは「だが……」とレジーナを案じることを止めない。どうやら、身体的な危険を案じているのではなく、リオネル達の言葉にレジーナが傷ついたのではないか、彼女を一人にしていいものかと考えているらしい。

(バカバカしい。傷ついた私が一人で泣くかもしれないって言うの?)

見当違いの心配ではあるが、それが妙に気恥ずかしく、胸を温かくするものだったから、レジーナは慌ててクロードを部屋から追い出しにかかった。

「クロード、あなた、素性を隠しておきたいわけではないのよね?」

「?」

思い出すのは先程のリオネルとエリカの態度。クロードに向けるそれは、とても命を救われた相手に対するものではなかった。

レジーナは、改めて、黙ってこちらの言葉を待つクロードを見上げる。

(まぁ、確かに、私も最初に見たときは獣のようだと思ったのよね)

それは否定しない。けれど、それを口にしないだけの分別はあった。

「クロード、あなた、その髪と髭を何とかしたら?どこかに、剃刀くらいあるでしょう?」

そう言ってクロードを追い出そうとしたレジーナは、「ああ、でもその前に」とクロードを引き留める。

「『クリーン』」

クロードに掛けた清浄の魔法は、いくらか彼の表面の汚れを落としはしたが、一度で全てを落としきるには至らなかった。二度、三度、清浄魔法を重ね掛けして、それで漸く、彼の地肌の色や元の髪の色が分かるようになったところで、レジーナは再びクロードを部屋から追い出した。今度は大人しくレジーナの言葉に従ったクロードが部屋を出ていくのを見送って、レジーナも自身のドレスに手を掛ける。

一人で脱ぎ着の出来るドレスを足元に落としながら、レジーナは少しだけ反省した。

(……ちょっと、厚かましかったわよね?)

いきなり清浄魔法をかけ、髭を剃れと命じたのだ。クロードに嫌がる素振りがないからと高圧に言い過ぎた自覚はある。反省すべきなのだが、同時に、クロードももっと自身の意志を持てばいいのにと文句を言いたくもあった。

大体、レジーナは人との関わりが得意ではない。誰かに優しくしたことも、親切にしたこともなく、ただひたすらに、誰とも関わりを持ちたくないと思って生きて来た。それが、レジーナの秘密を知ってなお触れることを許すクロードに、ついつい距離感がおかしくなってしまったのだ。

(さっきだって、私、自分からクロードを読んでしまったし)

恐れることなくそうしてしまったのは、クロードがレジーナを傷つけることはないと知っているからだが、なぜそこまで信頼しているのかはレジーナ自身にも分からなかった。

服を着替え終えたレジーナは靴を脱ぐ。ヒールを折ろうとして四苦八苦していたレジーナの耳に、扉を叩く音が聞こえた。




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