読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン

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第二章

2-4

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一息にそう告げて、レジーナはクロードの反応をうかがう。変わらず表情の見えない彼が口を開くことはなかった。諦めて、レジーナはその先を口にした。

「……さっき、あなたの過去を読んだの。だから、あなたが何者なのかも知ってる」

忌避や侮蔑、少なくとも拒絶はされるだろうと覚悟して告げた言葉に、クロードは小さく頷いて返すだけ。そのよくわからない反応に、レジーナは焦れた。

「過去ってなんのことだか分かっている?起きた事実だけではなくて、あなたがその時どう考えていたか、何を思っていたか、そういうことも全部読んだのよ?」

実際は、見えたビジョンの全てを記憶しているわけではないし、「視た」だけで理解が及ばなかった部分もある。それでも、ひと一人の半生を丸裸にしてしまった。レジーナ自身、そんな体験は初めてだったが、二度とやりたくないと思う。他人の人生を丸ごと抱える重さになんて、耐えられそうになかった。

(だから、気を付けてたのに……)

制御の厄介なこのスキルを得てからは、なるべく人との接触を避け、常に気を張り続けてきた。おかげで、表面的な思考が一瞬視えてしまうことはあっても、相手の奥に眠る記憶や感情に振り回されることはほとんどなくなっていた。

それが今回は、意識が朦朧とした無防備は状態でクロードに抱きしめられていたから――

「……謝らないわよ」

過去、スキルを濫用して成り上がったフォルストは、その力故に怖れられ、忌み嫌われてきた。それは、読心スキルを持たない――秘匿してきた――レジーナに対しても同じ。

「あなたが無断で私に触れたのだから、謝らない」

だから、レジーナは拒絶する。恐れられ、忌み嫌われるくらいなら、最初から近づくなと牽制する。例えそれが、自身を「守る」と誓った男相手であろうと。

(皮肉ね。……初めて、本心から私を守るって言ってくれた人なのに)

心を読めたから、彼の嘘偽らざる思いを知れた。けれど、心を読んでしまったから避けられる。内心の痛みに気付かぬ振りで、レジーナは高慢に言い放った。

「心を読まれたくなかったら、二度と私に触れないで」

「……わかった」

意識して突き放したレジーナの言葉に、クロードは素直に頷いた。彼の返事に安堵と寂寥を感じたレジーナは、「当然の答えだ」と自分を納得させる。クロードを直視できなくなって足元に視線を落とせば、足音が近づいて来た。視界に映る彼の足先。その近さに驚いて顔を上げたレジーナの目の前にクロードが立っていた。

「クロード、話を聞いてた?ちょっと……」

近すぎる、そう抗議しようとしたところで、更に距離を詰めるクロード。次の瞬間、レジーナは力強い腕に軽々と横抱きにされていた。

「なっ!?なにを考えているの!止めて、おろして!」

先程の忠告を完全に無視するクロード。レジーナの言葉を嘘だとでも思っているのか。「分かった」と言う返事はなんだったのか。レジーナはクロードの予測不能な行動に混乱し、平常心を乱される。

(止めて!これじゃあ、こんな状態じゃあ、スキルの制御なんて出来るわけないじゃないっ!)

「だめっ!読んじゃうって言ってるでしょう!」

制御が外れるのを自覚したレジーナの叫びにも、クロードは微動だにしない。代わりに聞こえて来たのは彼の「心の声」だった。

――問題ない。

そう淡々と告げる声に、レジーナは思わず悲鳴を上げる。

「何が問題ないのよっ!?聞こえているわ!」

――俺の中身はからだ。読まれても構わない。

「っ!?あなたのどこが空なのよっ!?」

レジーナの頭が割れそうなほどの膨大な情報。クロードという人間を形作る思考も感情も溢れるほど見せておいて、この男は一体何を言っているのか。

(それに……!)

先程からずっと、どんなに耳を塞ぎたくても聞こえてくる声。クロードは静かに叫び続けているではないか。

――守る。レジーナ、あなたを絶対に。

(なんで……っ!)

言ったのに。クロードの過去を視てしまったと、あなたの尊厳を侵したのだと、そう明かしたのに。

変わらぬ誓い、思いの強さに比例する声の大きさまで変わらぬクロードに、レジーナは再びパニックに陥った。

「下ろして!下ろしてよ!」

暴れるレジーナの動きをやんわりと抑えたクロードから、淡々とした声が返ってくる。

――壁が崩れる。このままでは生き埋めになってしまう。

「!?」

思わず周囲を見回した。クロードの言う通り、周囲の壁には亀裂が入り、一部がパラパラと崩れ落ち始めている。これが全て倒壊することを想像して、レジーナの背筋に冷たいものが走った。思わず震えたレジーナの身体を抱きしめるように力を入れたクロードから、声が伝わってくる。

――上階に移動する。

「わ、わかったわ!だけど、自分で歩くから!下ろして!」

――歩いて上るのは無理だ。

そう断言したクロードが脳裏に描いている光景までもが伝わってきて、レジーナはハッとした。視線を部屋の奥の暗がりへと向ける。クロードの記憶によればそこにあるはずの階段が瓦礫に埋もれ、跡形もなくなっていた。

「崩れてる……」

唖然とそうつぶやいたレジーナに、クロードが答える。

「……問題ない」

そう答えたクロードの思考が一瞬で伝わり、レジーナは血の気が引いた。

(うそ、でしょう……?)

クロードは、このままレジーナを抱えて跳ぶつもりだった。瓦礫の山を足場に、壁の凹凸を利用して、王都の城壁の二倍の高さはありそうな上階まで。

周囲を確かめていたクロードの視線が、ゆっくりとレジーナを見下ろした。

「腕を……」

たった一言そう告げたクロードの思考に、レジーナは一瞬詰まり、それから覚悟を決めた。

「わかったわよ……!」

自分を助けてくれようとしているクロードの足手まといになるわけにはいかない。出来る限りで、彼に協力しなければ。

うつむき気味、赤い頬でレジーナは決意を実行する。

(これは、クロードが望んでいるから……!)

伸ばした腕、硬くて太いクロードの首にしがみついた。これから跳ぼうという彼の邪魔にならないように。




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