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ダンジョン調査 ▶29話

#23 兄と師と魔法

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突如あらわれた師の姿、あまりにも突然過ぎて混乱する。

「…え、この人、今、転移して来なかった?」

「やめろよ。なんだよ、ダンジョン内で転移とかマジないから。どんだけチート野郎なんだよ…」

エルと兄の驚きの声は、だけど、言われている本人には届いていない。一心に、扉に刻まれた呪を読み解いている師。

「…あの、師匠?」

呼びかけに反応しない師に、一歩近づこうとしたところで、

「…セリ。」

掴まれた腕、師に近づかせまいとしてか、ルキに身体を引き寄せられる。

「ルキ…?…あの、大丈夫です、流石に、師もここで暴れるような真似はしませんから。」

「いや、んな心配はしてねぇけど…」

「?」

「…ああ、うん、まぁ、いいや、…悪ぃ。」

掴まれていた腕が離された。視線を師へと戻せば、呪を読み解き終わったらしい師がこちらを向く。

それに、兄が噛みつくようにして、

「で?なんで、あんたがここに居るんすか?てか、他の連中は?」

「さぁな。お前達を見失って、帰還することを選択したようだったが…」

「は?え?なに?もしかして、あんた、置いて行かれたの?」

「…私の意思ではない。」

「ハハッ!マジでっ!?ウケる!」

「…」

「あー、それと、残念でしたね。コアルームは先ほど俺が封鎖させてもらったんで。」

兄の言葉に、師がもう一度扉へと視線を向けた。

「…ふむ。やはり、これはシオンの手によるものか。」

「そうっすけど?あんたでも手出し出来ないよう、ガッチガチにやらせてもらったんで。」

「…確かに、封自体は問題なく機能しているようだ。だが…」

「…だが?…なに?」

「美しくないな。無駄が多過ぎる。」

「はぁーっ!?」

兄が驚愕と怒りの混じった叫び声を上げた。

「…私なら、風属性と土属性の制約にこんな冗長な文言は使わない。もっと、」

「あー!あー!あー!聞えなーい!いいんですぅ!これはこれでいいんですぅー!あんたからコアを守れればそれでいいんで!十分なんですー!っ!時間無かったんだから、仕方ないだろっ!?」

「…時間ならあっただろう?ここに着くまでに、」

「帰ろう!皆、帰ろう!帰って、イグナーツさんに報告しないと!」

「…」

耳に痛い師の批評は無視することにしたらしい兄が、師に背を向けて簡易ポータルを取り出した。黙ってそれを組み立て始めた兄に、どうしたものかと思えば、

「セリ…」

「はい…?」

師に呼ばれて振り返る。近づいて来た師に、一瞬だけ、隣のルキが緊張したのが分かった。

「…これを、お前に。」

「これって…」

師に手渡されたのは、黒革の表紙の手帳。師が愛用しているもので、このダンジョンでもずっと何かを書き込んでいた─

「これを、私に、ですか?」

「ああ。…ダンジョン内におけるモンスターの出現記録だ。」

「モンスター…?」

「そうだ。…前半に、コア移動前のダンジョンでの出現記録、後半に、移動後の、つまり、この地で出現するモンスターを記録してある。」

「…」

「元がランディア地方にあったコアだからな、この地に上手く根付くか、出現モンスターに変化は無いか、未知数な部分が多すぎたが、どうやら問題なく機能しているようだ。」

「…」

─どうしよう

ちょっと、師が、私の理解の及ばない話をしている気が─

「…師匠、あの、この、ここの、ダンジョンコアって…?」

「一年程前に、ランディアで私が発見したものだ。この地で再発生させるのに半年以上かかった為、つい、観測から目を話してしまった。…その間に、冒険者ギルドに見つかってしまったのは失態だったな。」

「…」

─どうしよう

隣を見上げれば、ルキが何とも言えない表情をしている。エルは天井を仰いでるし、兄も、簡易ポータルを手に持ったまま、こちらを見て固まっている─

「…セリ、そのデータはお前の知識獲得に役立つだろう。」

「え…?」

「…精進しなさい。」

「…」

もしや─

師と、手にした手帳を見比べる。そういうこと、なんだろうか?私のS級試験のため?確かに、モンスターに関する知識が足りないという話はした。だから─?

「…ありがとう、ございます、師匠。」

「ああ…」

うっかり泣きそうになったのを誤魔化すため、笑って、頭を下げる。顔を上げれば、師がまた何かを差し出して来て、

「…それから、これを。シオンに。」

「っ!?」

(コレって…)

師が取り出したのは、前世、フィクションでしか目にしたことのない「銃」。こちらの世界でも、猟銃は目にしたことがあるけれど、いま目の前にあるような銀色に光る小型の銃は初めて。

「…以前、シオンが話していたものだ。弾丸に魔力を込めて撃つという仕組み、シオンなら使いこなせるだろう。分からなければ、自分で調べるようにと…」

「っ!?待って、待って下さい!そんな大事なもの、大切な話!兄に直接!」

「…」

師の視線が、私の背後、兄の方を向く。追うようにしてそちらを向けば、驚愕に目を見開いた兄が、未だ固まったまま─

「兄さん!来て、ちゃんと、自分で受け取って!」

「…」

こちらの声に、ノロノロと動き出した兄、その視線は、ずっと、師の手元に向けられている。

「…」

「…」

近づいた兄に、師が無言で銃を差し出した。兄も、それを無言で受け取る。

「…なんで。」

「…」

「…だって、あんな話、ただの悔し紛れで、あったらいいなって、出来るわけないって…」

「…」

「なのに、なんで、こんな…」

この銃は、兄のための銃だ。

師に弟子入りして直ぐ、攻撃魔法が使えないと分かった兄が、諦めるしかなかったあの頃に、「あったらいいのに」と夢物語のようにして、師に語った─

「…微調整は自分でしなさい。いつまでも、苦手だなどと言っていないで、己の魔力になじませるように。」

「…」

「…ではな。」

「え?師匠、もう帰るんですか…?」

「ああ。データは十分とれた。ここにもう用はない。」

「でも…」

いまだ何も言わない兄、せめて、お礼くらいはと、兄の服の袖を引っ張る。

「…兄さん。」

兄の視線が、漸く、師に向けられた。

「…今度、」

「…」

「今度、コレのデータ、…ちゃんと、調整して取ったデータ、持って行きます…」

「ああ…」

「さっきの、封印の呪も、もうちょっと考えてみます。だから…」

「…分かった。見せに来なさい。」

「はい…、必ず。」

「…精進しなさい。」

言うと同時、師の身体が、転移魔法特有の光に包まれる。瞬きの間に光に消えて行った師の姿、その姿を、残光の最後の一つが消えるまで見送った。





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