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S級試験 ▶34話

#26 そーいうんじゃねぇから(ルキ視点)

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「…よぉ。」

「…やっぱ、お前も受かってたか…」

「まぁな。」

「…おめでとさん。」

「そっちもな。」

狭くはないギルド本部の講堂、「S級冒険者の心構え」とやらの研修が行われたその場所で、見慣れたカッシュの後ろ姿を見つけた時から、内心の興奮を抑え切れずにいた。

研修が終わり、解散が言い渡されたところで声を掛けたが、どうやら相手もこちらの存在には気づいていたらしい。お互いの目標が叶ったことを称え合って、それから、何となく押し黙った。

本来ならもっと、心から喜び合いたい場面なのに─

微妙な空気に、先に口を開いたのはカッシュだった。

「…昨日は、伝える暇もなかったからな、言いそびれた。」

「ああ…」

「…悪かったな。」

「いや、それはもういいって。」

「…お前、これから飯だろ?ちょっと付き合えよ。」

「あー…」

カッシュの言葉に迷う。明日にはロカールに帰る予定で、タイミング的に、カッシュと会えるのは今日が最後。ただ、昨夜のことがあるせいで、「一緒に飯」という気分にもなれない。

(…あんだけ、セリ達に迷惑かけまくった後だしなぁ。)

こちらの迷いを見て取ったカッシュが、珍しく、頭を下げる。

「…すまん。詫び代わりだと思って、一杯、奢らせてくれ。」

「…」

カッシュのその態度に、それ以上、断ることも出来ずに頷いた。

ギルドを出て、カッシュに連れていかれたのは食堂というより、酒場に近い店だった。立ったまま、カウンターで出される食事をつまみながら、一応の、祝杯をあげる。

「…お互い、夢が叶ったってことで…」

カッシュの掲げた杯に返して、酒を口に含んだ。

「…まあ、何か、何だろ?まだ実感薄いせいかもしんねぇけど、S級成ったって言っても、あれだな、何も変わんねぇってか…」

「まぁな。まだ仕事受けたわけでもねぇから、…こっからだろ?」

「だな…」

頷いて、また、少しの沈黙。破ったのは、またカッシュの方で─

「リリーのこと、悪かった…」

「ああ。」

「昨日のことだけじゃなくてさ、昔のことも。…今さらだろうけど、結局、お前に助けられてたんだなって、流石にもう、分かってっから…」

「…別に、昔のことはもういい、謝んな。謝るくらいなら、これからのこと、ちゃんと考えろよ?」

「…」

黙り込んだカッシュに、これ以上、口出ししたくはないと思いながらも、

「子どものことだけは、ホント、しっかりしろよ。…あんま、リリーを不安にさせんな。」

つい口にしてしまった苦言。

カッシュが嫌そうに顔を歪めて、

「正直、あんま、父親になる実感とかねぇんだよな…」

「…」

「S級目指して、それなりに努力してここまで来て、そんで、漸くって時に、結婚とか父親とか…。そんなんに縛られたら、何か、色々、鈍っちまいそうで、考える余裕なんて全くねぇし…」

「何だそれ…。だったら、何で子ども作るような真似した?」

「…リリーが欲しがったんだよ。」

「お前…」

言われるままに子どもを作り、実際、出来た後に「受け入れられない」なんて、ホント、どんだけガキなんだと呆れる気持ちを抑え込んで、

「S級で家庭持ちなんて、ゴロゴロいんだろ。シュルツさんなんて、孫までいるじゃねぇか。」

「…」

「ヒヨってないで、さっさと籍入れて、父親に成れよ。…親父さん達も喜ぶだろ?」

「…」

黙って杯を重ねるカッシュが、こちらの言葉をどれだけ聞いているかは分からない。結局は二人の問題、そう思って、それ以上の言葉を飲み込めば、

「…お前の方は、どうなんだ?」

「あ?…どうって?」

脈絡の無いカッシュの言葉を問い返す。

「…リリーが、…ミランダも言ってたけどさ、お前、セリって魔導師と出来てんだろ?」

「はあ?何だそれ。何でそんな話になってる。」

「出来てんじゃねぇの?」

「違ぇよ。アイツをそういう勘ぐりに巻き込むな。ウゼェ。」

イラつきを抑えきれずに否定すれば、こちらをじっと見据えるカッシュと視線が合った。

「…お前、変なとこで鈍いからな。」

「鈍くねぇ…」

「まあ、鈍いってのとも違うか。けど、お前さ、無意識かもしんねぇけど、自分が身内扱いしてる人間は、絶対に対象外にすんだろ?」

「何だよ、対象外って。わけわかんねぇ…」

「ハーフェン居た頃も、街の外の女とは遊ぶくせに、街の女には絶対手ぇ出さなかったじゃねぇか。」

「んなもんは、たまたま。地元の奴らに好みの女が居なかったってだけの話だろ?」

よく分からない主張をするカッシュに、嫌気がさしながらそう否定してやれば、

「アミーとか、ジェインもか?」

懐かしい、だけど、あり得ない名前に、余計に不快が増す。

「…それこそ、ねぇだろ?俺らがハーフェン居た頃なんて、アイツらガキだぞ?」

「二個下はガキとは言わねぇよ。…二人とも、お前に惚れてただろ?街、出る時に告られてたよな?お前、バッサリ切り捨ててたけどさ。」

「あれは…」

確かにそんなこともあった。それこそ、子どもの頃から男も女も関係なく、毎日のように一緒に遊びまわっていた仲間。街を出る頃には、流石に男女の違いくらいは意識するようになってはいたが、「好きだ」と向けられた想いには、ひたすら困惑するしかなくて─

「…あいつらは妹みたいなもんで、何か、違うだろ?そういうのとは…」

「だから、それが、無意識に対象外にしてるってことだろ?」

「…」

「…お前さ、こっち来てミランダに再会した時、どう思った?」

「…ミランダ?」

話題の飛んだカッシュの会話についていけず、一拍、間が開いた。

(再会した時のミランダって…)

その姿を思い出してみるも、気づいたことと言えば─

「…化粧するようになったんだな、とか?」

「それで?」

「あ?」

「化粧するようになったミランダ見て、どう思ったかって聞いてんだよ。」

「…アイツも、王都に出て色気づいたな?」

「それだけか?」

「…他に何があんだよ?」

「…」

沈黙してしまったカッシュに、何となく居心地の悪い思いがする。ため息をついたカッシュが、「まぁいいや」と呟いて、

「とにかく、だ。お前、自分が囲い込んだ人間には、変な思い込みするところがあるからな、ってことを言っときたかったんだよ、俺は。」

「…つってもなー。」

「そのセリって奴にしても。本当にただの弟分か?お前、自分でそう思い込んでるだけじゃねぇの?」

「止めろって、マジで。…アイツで下種な勘ぐりすんな。」

他の人間の名前を出された時の比ではない、怒りに近いザラつく思いに、自然、言葉に険がのる。カッシュにも、そのイラつきは伝わっているはずなのに─

「けど、お前さ、女と遊びはしても、今まで特定の相手って作らなかっただろ?だから、そのセリって奴のこと聞いた時、そういうことかって、」

「カッシュ…」

押し殺せなかった怒りが、溢れ出す。

「…悪かった、んな怒んなって。」

「…」

「…揶揄ってるつもりはねぇんだよ。…ただ、お前がそういうことで何か悩んだり、困ったりしてんだったら、まぁ、相談相手くらいにはなれるんじゃねぇかって…」

「…」

「…分かった。もう、何も言わねぇ…」

カッシュの言葉に、大きく息をつく。どうやら、カッシュはカッシュなりに、本気でこちらを案じてくれていたらしい。ムカつくが、それが分かってしまったから、全部、飲み込んで─

「…安心しろ。」

「…」

「もし、なんか悩むことがあったとしても、お前だけには絶対相談しねぇから。」

「は?」

「いや、だって、普通にねぇだろ?自分の世話もまともに見れない奴相手に相談とか?ぜってぇ、しねぇ…」

「…てめぇ。」

横から、肩に一つ拳が飛んできた。それを、笑って受けて、酒の杯に手を伸ばす。温くなってしまったアルコールを流し込みながら、何だか、今、無性にセリに会いたいと思った。




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