上 下
35 / 174
ロカール日常シリーズ ▶️50話

【Mニュートの皮の納品】#2 仕事なのに甘やかされています

しおりを挟む
「えー、それで、当支部としてもね、所属する冒険者がS級に昇格するチャンスがあるなら応援したいと考えています。とは言え、先ずは君たちのパーティランクがAに上がらないことには話にならない。」

眼鏡をクイッってしたイグナーツさんが、依頼書を取り出した。

「そこで、我々、冒険者ギルドロカール支部全面バックアップの下、君達に用意した依頼が、これ。」

「これって…」

「げ。」

「マドンの滝じゃーん!やだー!」

「文句は受け付けない。成功報酬も破格、ランクも上がりやすいB難度の依頼だ。…健闘を祈っているよ。」

そう言って、イグナーツさんがグイッと押し付けてきた依頼書を、兄は大人しく受け取った。受け取ったのに、ギルドを出たところで大きいため息。

「うー、なんだかんだ、面倒くさい仕事を押し付けられただけのような気がする…」

「そうだよもう!シオンが、イグナーツさんにもっと強く出ないからー!僕ら、ロカールの主戦力だよ?ちょっと良いように使われすぎ。舐められてるんじゃなーい?」

「う。そうかも、だけど。でもさ、俺達、イグナーツさんには、本当、お世話になったからさ。」

兄の言葉に、横で頷く。右も左も分からない、世間知らずだった私たち兄妹が、冒険者としてやっていけるようになったのはイグナーツさんのおかげ。鬱陶しい兄の「教えて教えて攻撃」に、嫌な顔もせずに付き合ってくれた唯一の人。

「…私、頑張ります。マドンの滝、風魔法で割ってでも、皆を守りますから。」

「気合入ってんなー、セリ。」

「割るのはやりすぎー!うーん、でも、そうだね。セリちゃんとルキの昇級のため、だもんね?まあ、それならしょうがない、がんばろー☆」

「おー。」








たどり着いたマドンの滝。目の前には崖一面を覆う瀑布。

「えーっと、依頼内容としては、ビッグニュートの皮を五枚ってことだから、あー、つまり…」

「…滝の裏、マドンの洞窟に入らないといけない。…やっぱり、滝を割って、」

「いやいやいや。そんなことしたら、周りにどれだけ迷惑かけると思ってるの。駄目だからね?セリ。」

「…」

通常、滝の裏にある洞窟に入るには滝を突っ切るしかない。滝の水量が少ない季節はまだ、それでもいいのだけれど─

「…ナノヌーンは、強敵。」

「う。俺も、あれはマジで苦手。物理防御上げても、魔法防御上げても、完璧には防げないんだよなー。絶対、どっか、血ぃ吸われるし…」

「…兄さん、思い出させないで。」

滝の水中に存在するナノヌーンはまさに、目に見えないサイズのヒル。滝の飛沫に触れただけで、気づけば身体に張り付いて血を吸ってくる。サイズがサイズなだけに、いくら吸われようと致命傷になることはないけれど、血を吸って百万倍以上に膨らんだソレが全身に取り付いた状態は視覚的に恐ろしいことになる。

(…駄目、思い出しちゃ駄目。)

苦い記憶にモザイクをかけて、覚悟を決める。

「…兄さん。なるべく、どっちの防御も上げて、速度も。」

「おーけー、妹よ。…一人で逝かせはしないからな。」

「うん。」

兄妹で、決死の覚悟を決めていたところに、ルキの声がした。

「…なぁ、んな嫌なら、俺、一人で行ってくるけど?」

「っ!駄目!ルキだけ、そんな目に合わせられない!」

「いや、多分、シオンに速度強化かけてもらえば、ナノヌーンに張り付かれる前に、滝突っ切れるから。」

「!」

「あー!確かに☆ルキ単独なら、それくらいのスピードで行けそう!うん、よし☆ここはルキ一人にお任せしよう、ね?メガニュートだって、ルキなら楽勝だし?」

「でも…」

「なにー?セリちゃんは、ルキがメガニュートに負けちゃうと思うの?」

「それは、無いです…」

小型犬サイズのサンショウウオみたいなメガニュートに魔法攻撃は通りづらい。その代わり、物理攻撃は面白いくらいに通るから、ルキがやられる心配は全くしていない。

「…でも、パーティランク昇格のための依頼なのに、ルキだけに負担をかけるのは…」

「あー、んなこと気にしてたのか?」

「だって、そんなのズルいじゃないですか。」

「ズルくはねーだろ?それこそ、パーティなんだからさ、苦手な部分を仲間同士で補い合うってだけの話。今回は俺の得意分野っぽいから、俺がやるってだけで、な?」

「…ルキはちょっと、仲間を甘やかし過ぎだと思います。」

「おー、甘えとけ甘えとけ。その内、俺の方が甘やかしてもらうからなー。」

「…」

そう言って、人の頭をポンポンしたルキは、付与魔法をかけてもらいに兄の方へ近寄っていった。その姿を後ろからポーっと見てたら、

「ふふふー。甘やかされてるのは、僕たちっていうより、セリちゃん、なんじゃないかなー☆」

「…」

余計な一言を言わずにおられない友人のせいで、調子に乗った私の心臓が、勝手にドキドキしだした。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。

水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました! 死んだら私も異世界転生できるかな。 転生してもやっぱり腐女子でいたい。 それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい…… 天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生! 最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。 父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!? ※BL要素ありますが、全年齢対象です。

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

捨てられ妻ですが、ひねくれ伯爵と愛され家族を作ります

リコピン
恋愛
旧題:三原色の世界で 魔力が色として現れる異世界に転生したイリーゼ。前世の知識はあるものの、転生チートはなく、そもそも魔力はあっても魔法が存在しない。ならばと、前世の鬱屈した思いを糧に努力を続け、望んだ人生を手にしたはずのイリーゼだった。しかし、その人生は一夜にしてひっくり返ってしまう。夫に離縁され復讐を誓ったイリーゼは、夫の従兄弟である伯爵を巻き込んで賭けにでた。 シリアス―★★★★☆ コメディ―★☆☆☆☆ ラブ♡♡―★★★☆☆ ざまぁ∀―★★★☆☆ ※離婚、妊娠、出産の表現があります。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ
ファンタジー
「もう大丈夫だから。もう、大丈夫だから……」 生死を彷徨い続けた子供のジルは、献身的に看病してくれた姉エリスと、エリクサーを譲ってくれた錬金術師アーニャのおかげで、苦しめられた呪いから解放される。 三年にわたって寝込み続けたジルは、その間に蘇った前世の記憶を夢だと勘違いした。朧げな記憶には、不器用な父親と料理を作った思い出しかないものの、料理と錬金術の作業が似ていることから、恩を返すために錬金術師を目指す。 しかし、錬金術ギルドで試験を受けていると、エリクサーにまつわる不思議な疑問が浮かび上がってきて……。 これは、『ありがとう』を形にしようと思うジルが、錬金術師アーニャにリードされ、無邪気な心でアイテムを作り始めるハートフルストーリー!

駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月
ファンタジー
 大学入試試験中の僕、「黒江 一(くろえ はじめ)」は、試験最後の一問を解き、過去最高の出来になるであろう試験結果に満足して、タイムアップの時を待ち軽く目をつぶった……はずだった。  真っ黒な空間で、三年前に死んだ幼馴染『斎藤 一葉(さいとう かずは)』の姿をしたそいつは、遅刻するからと、そのまま僕を引き連れてどこかへと移動していく。  そいつは女神候補生の『アリアンロッド』と名乗り、『アイオライト』という世界に僕を連れて行く。『アイオライト』は、女神への昇級試験なのだそうだ。『アリアンロッド』が管理し、うまく発展させられれば、試験は合格らしい。  そして、僕は遅刻しそうになって近道を通ろうとした『アリアンロッド』に引っ掛けられ、地球から消滅してしまったようだが、こいつ僕のことを蟻とかと一緒だと言い切り、『試験会場への移動中のトラブルマニュアル』に従って、僕を異世界『アイオライト』に転生させやがった。こちらの要望を何一つ聞かず、あいつ自身の都合によって。  大学に合格し、ノンビリするはずの僕は、この世界でどうなるんだろう…… ※ 表紙画像は『プリ画像 yami』さん掲載の画像を使用させていただいております。 * エロはありません。グロもほとんど無いはず……

異世界で婚活を ~頑張った結果、狼獣人の旦那様を手に入れたけど、なかなか安寧には程遠い~

リコピン
恋愛
前世、会社勤務のかたわら婚活に情熱を燃やしていたクロエ。生まれ変わった異世界では幼馴染の婚約者がいたものの、婚約を破棄されてしまい、またもや婚活をすることに。一風変わった集団お見合いで出会ったのは、その場に似合わぬ一匹狼風の男性。(…って本当に狼獣人!?)うっかり惚れた相手が生きる世界の違う男性だったため、番(つがい)やら発情期やらに怯え、翻弄されながらも、クロエは幸せな結婚生活を目指す。 シリアス―★☆☆☆☆ コメディ―★★★★☆ ラブ♡♡―★★★★☆ ざまぁ∀―★★☆☆☆ ※匂わす程度ですが、性的表現があるのでR15にしています。TLやラブエッチ的な表現はありません。 ※このお話に出てくる集団お見合いの風習はフィクションです。 ※四章+後日談+番外編になります。

処理中です...