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番外編
後日談1.5 狼の巣作りの理由~ユーグが家を買ったわけ~
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クロエが覚醒しようとしている。隣で身じろいだ身体に、自身の意識が浮上した。
「…」
「…」
こちらを覗き込む気配。それが何を意味するのかは分からぬまでも、彼女に伸びそうになる右手を抑え込んだ。
「…寝てる、よね?」
「…」
クロエの呟きが落ちる。彼女の癖とでも言うべきか、頻繁に口にするこの言葉。だが実際、彼女の側で本気で寝ている時など―
「…ヤバい。今、何時だろ?」
「…」
小さな呟き一つ残して、寝台を降りるクロエ。捕まえて、連れ戻して、もう一度その身体に己を刻みつけたいとは思うが。
「…お店、トキさんと交代。」
「…」
己の半身は、存外、団の奴らを気に入ってしまっているから。部屋を出ていく背を、ただ見送った。
寝台の上、仰ぎ見る天井に、光るものの無い右手をかざす。
(春…、今だけは…)
思案して、傍らに無い温もりを忘れるために目を閉じた。
―…ねぇ、前から思ってたんだけどさ、あんたってボルドのこと嫌いなの?
「…」
結局、目を閉じていることさえ長くは出来ず、クロエを求めて階下へ降りる。その途中、聞こえてきたルナールの声。
―ちょっ!?何てこと言うの、ルナール!そんなわけないでしょう!?
クロエの言葉に、気配を完全に殺す。
―ああ!ほら!?ボルドがしょんぼりしちゃってる!?ボルド!違うからね!
―えー、でもさぁー
―言っておくけど!あなた達三人の中なら、私は断然、ボルドを選ぶからね!弟にするなら、ボルド一択!
―はぁあ?俺だって、あんたが身内とかマジ勘弁なんですけど?
―つか、何で俺まで被弾してんだよ?
―もう!大体、なんで、私がボルド嫌いとか、そういうこと言うの!?
―いや、だってさ、あんた現に今、ボルドの息の根止めにかかってるでしょ?
―何でよ!?
「…」
クロエの悲鳴のような声、無意識に足が動いた。
「あ。」
「ユーグ!起きちゃったの?何か食べる?」
「…」
「あーあ。…ボルド、骨は拾ってやっから。」
「成仏しなよ。」
「ガット!ルナール!ボルドを虐めないでってば。」
「いや、やってんのは、あんた。」
目の前、硬直したボルドの瞳を見据える。返されるのは、馴染みある怯えた眼差し。それが、いつもより分かりやすいのは―
「どう?ユーグ?ボルド、すっきりしたでしょう?ご飯食べるのにも邪魔になってたから、前髪だけ切ってみたの。」
「…」
「ふふっ。可愛いよね?」
「…」
クロエの笑みに、もう一度、ボルドを確かめる。
「っ!?だ、ん長、俺は…っ!」
「トキは…?」
「え?トキさんなら、私と交代で帰宅したよ?」
「…ガット、ルナール。」
「はい!了解です!」
「やっときます!戸締まりまで!完璧に!」
「…ボルド。」
「っ!?」
「…お前は帰れ。帰って…、洗え、落とせ。」
「っ!!」
何度も頷くボルドを確かめて―
「え?ボルド?帰るの?…あれ?ユーグ?…えっと?」
「…」
「えっ!?わぁ!?何!?なになに、ユーグ!?」
慌てるクロエを捕まえる。捕まえて、閉じ込めるため、階段を上る。己の巣に。
(…いや、駄目か。)
ここでは、狭すぎる。狭すぎる巣では、距離が近くなる。もっと、巣穴の奥深く、何者も近づかせないように―
「…俺が帰ったあと何があったの…?何があって、そんな…」
「…」
トキの、もの解いたげな視線が向けられるのは、己の両手。そこに光る銀。
それからー
「…何で悪化してるわけ?」
首にかける、幾重もの同色の鎖。
「何これ?何を付与してるの?抑制?」
「…春の間だけだ。」
「あー。…うん、まあ、そう。…うん、その方が、クロエのためにはいいかもね。うん。」
「…」
黙ったトキの代わり、階段を駆け降りてくる足音。
「トキさん!すみません!遅くなっちゃいました!」
「ああ、うん。いいよ、クロエはもっとゆっくりしてて。」
「いえいえ、そういうわけには。…あれ?」
クロエの視線がこちらを向いた。
「わぁ!何か、ユーグがグレードアップしてる!シルバーアクセがジャラジャラ!」
「…」
「…」
「凄い!ユーグだと、そんなのも似合っちゃうんだね!格好いい!」
「…」
「…」
満面の、クロエの笑みと、物言いたげなトキの視線に、改めて心に誓う。
―巣を作ろう
誰にも邪魔されない、二人だけの世界を―
(完)
「…」
「…」
こちらを覗き込む気配。それが何を意味するのかは分からぬまでも、彼女に伸びそうになる右手を抑え込んだ。
「…寝てる、よね?」
「…」
クロエの呟きが落ちる。彼女の癖とでも言うべきか、頻繁に口にするこの言葉。だが実際、彼女の側で本気で寝ている時など―
「…ヤバい。今、何時だろ?」
「…」
小さな呟き一つ残して、寝台を降りるクロエ。捕まえて、連れ戻して、もう一度その身体に己を刻みつけたいとは思うが。
「…お店、トキさんと交代。」
「…」
己の半身は、存外、団の奴らを気に入ってしまっているから。部屋を出ていく背を、ただ見送った。
寝台の上、仰ぎ見る天井に、光るものの無い右手をかざす。
(春…、今だけは…)
思案して、傍らに無い温もりを忘れるために目を閉じた。
―…ねぇ、前から思ってたんだけどさ、あんたってボルドのこと嫌いなの?
「…」
結局、目を閉じていることさえ長くは出来ず、クロエを求めて階下へ降りる。その途中、聞こえてきたルナールの声。
―ちょっ!?何てこと言うの、ルナール!そんなわけないでしょう!?
クロエの言葉に、気配を完全に殺す。
―ああ!ほら!?ボルドがしょんぼりしちゃってる!?ボルド!違うからね!
―えー、でもさぁー
―言っておくけど!あなた達三人の中なら、私は断然、ボルドを選ぶからね!弟にするなら、ボルド一択!
―はぁあ?俺だって、あんたが身内とかマジ勘弁なんですけど?
―つか、何で俺まで被弾してんだよ?
―もう!大体、なんで、私がボルド嫌いとか、そういうこと言うの!?
―いや、だってさ、あんた現に今、ボルドの息の根止めにかかってるでしょ?
―何でよ!?
「…」
クロエの悲鳴のような声、無意識に足が動いた。
「あ。」
「ユーグ!起きちゃったの?何か食べる?」
「…」
「あーあ。…ボルド、骨は拾ってやっから。」
「成仏しなよ。」
「ガット!ルナール!ボルドを虐めないでってば。」
「いや、やってんのは、あんた。」
目の前、硬直したボルドの瞳を見据える。返されるのは、馴染みある怯えた眼差し。それが、いつもより分かりやすいのは―
「どう?ユーグ?ボルド、すっきりしたでしょう?ご飯食べるのにも邪魔になってたから、前髪だけ切ってみたの。」
「…」
「ふふっ。可愛いよね?」
「…」
クロエの笑みに、もう一度、ボルドを確かめる。
「っ!?だ、ん長、俺は…っ!」
「トキは…?」
「え?トキさんなら、私と交代で帰宅したよ?」
「…ガット、ルナール。」
「はい!了解です!」
「やっときます!戸締まりまで!完璧に!」
「…ボルド。」
「っ!?」
「…お前は帰れ。帰って…、洗え、落とせ。」
「っ!!」
何度も頷くボルドを確かめて―
「え?ボルド?帰るの?…あれ?ユーグ?…えっと?」
「…」
「えっ!?わぁ!?何!?なになに、ユーグ!?」
慌てるクロエを捕まえる。捕まえて、閉じ込めるため、階段を上る。己の巣に。
(…いや、駄目か。)
ここでは、狭すぎる。狭すぎる巣では、距離が近くなる。もっと、巣穴の奥深く、何者も近づかせないように―
「…俺が帰ったあと何があったの…?何があって、そんな…」
「…」
トキの、もの解いたげな視線が向けられるのは、己の両手。そこに光る銀。
それからー
「…何で悪化してるわけ?」
首にかける、幾重もの同色の鎖。
「何これ?何を付与してるの?抑制?」
「…春の間だけだ。」
「あー。…うん、まあ、そう。…うん、その方が、クロエのためにはいいかもね。うん。」
「…」
黙ったトキの代わり、階段を駆け降りてくる足音。
「トキさん!すみません!遅くなっちゃいました!」
「ああ、うん。いいよ、クロエはもっとゆっくりしてて。」
「いえいえ、そういうわけには。…あれ?」
クロエの視線がこちらを向いた。
「わぁ!何か、ユーグがグレードアップしてる!シルバーアクセがジャラジャラ!」
「…」
「…」
「凄い!ユーグだと、そんなのも似合っちゃうんだね!格好いい!」
「…」
「…」
満面の、クロエの笑みと、物言いたげなトキの視線に、改めて心に誓う。
―巣を作ろう
誰にも邪魔されない、二人だけの世界を―
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