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後日談
2-4 Side T
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「見たくないですかっ!?」
ユーグと連れ立っての仕事先巡り。漸く帰ってきた家出オヤジのために、散々、歩き回った後、たどり着いた店の中から聞こえてきた声。
(…クロエ?)
来ているだろうとは思っていたが、その切迫したような叫び声に不審を覚える。気配を殺したユーグが、素早く店の扉を開けば、
(ドルン?…二人で何を…?)
店の中、向かい合うように立つ二人の間には、険悪な雰囲気が漂っている、が―
「畑仕事するユーグとか!鶏につつかれながら卵拾いするユーグとか!見たくないですか!?」
「…あ?」
「今の家!庭が広いんです!ユーグが『畑も鶏も好きにしていい』って、なんか、妻乞いの時の自己紹介覚えててくれたみたいで!って、そうだ!妻乞い!妻乞いの話聞きたくないですか!?私とユーグのなりそめ!」
「…」
「ドルンさん、ハルハテの妻乞いって知ってますか!?ユーグ、あれに来てたんですよ!信じられます?信じられないですよね!?でも、本当なんです!」
「…」
「ユーグが私に一目惚れした瞬間とかも知りたくないですか!?私は知りたいですよ!全くそんな気配無くて、全然気づかなかったですからね!でも、私が番ってことは、そういうことですよね!?ユーグの一目惚れ!」
「いや、知らん、」
「あ!しかも、この話、スッゴい『落ち』つきなんです!あのトキさんに白目剥かせたようなオチ付きの話!聞きたくないですか!?」
「別に…」
「でも!オチは話しませんけどね!ドルンさんが、あと三十年生きててくれたら、その時には話してもいいですけど?」
「…」
ハァハァと息を荒げたクロエ、一呼吸ついて、一端、落ち着きを取り戻してみせるが―
「…ドルンさんもきっと見てみたいと思いますよ?」
「あ?」
「私!これからユーグの子ども、バンバン!産みます!」
「は…?」
(…)
どうやら、啖呵をきっているらしいクロエの言葉に、自身の思考も停止する。そのまま隣に立つ男を盗み見れば、こちらはいつも通りの無表情。更に、クロエの叫びが続き―
「今の家、部屋がいっぱいあるんです!子ども部屋!だから、いっぱい産みます!絶っっ対、かわいいですよ!小さいユーグ!フワフワの耳とか!クリクリお目目とか!それがいっぱい!ワラワラしてるんですよ!」
「…」
「そんなチビっ子ユーグ達にニッコリ笑って見上げられたらどうします!?」
必死な様子のクロエの夢を壊すのは忍びないが、
(笑うかな?ユーグは、昔からこうだよ…)
それは、目の前で固まったままのオヤジも承知のはず、なのだが―
「それに、ひょっとしたら、ユーグだって親バカになるかもしれないじゃないですか!?」
「…」
「子ども達に『パパでちゅよ~』とか言っちゃうかもしれないんですよ!?」
(っ!)
想像して、噴出しそうになるのを寸ででこらえた。はずなのに―
「見たくないんですか!?そんなユーグパパ!」
チラリと隣の男を見て、結局、堪えきれずに吹き出した。
「!?トキさん!?ユーグ!?」
漸くこちらに気づいたクロエの顔面が蒼白に染まる。動揺に揺れる瞳がユーグへ向けられた。
「ち、違うの!ユーグ、違うの!これは、ユーグを貶めようとか、そういうのじゃなくて!ドルンさんが、昨日、『ユーグのこんな姿初めてだ』って笑ってたから!だから、何かもっとそういう何か、あればいいと思っただけで!」
何やら言い訳を始めたクロエに、隣の男の視線がドルンを向く。それから、徐に口を開き―
「…『パパで、』」
「止めてー!!止めて止めてユーグ!ごめんなさい、調子にのりすぎました!言わないで下さい!止めて!ユーグのイメージが!私のせいでユーグのイメージがっ!!」
残念ながら、クロエの叫びにかき消されたユーグの台詞、その語尾は拾えずに終わった。
必死になってユーグに頭を下げ始めたクロエを横目に、どこか肩の力の抜けたように見える男に近づいていく。
「…それで?クロエと何の話をしてたんですか?」
「あ?…ああ、まぁ、な…。俺も、まだ死ぬわけにはいかなくなっちまったなぁって話だよ。」
「そうですか…」
―それは、重畳
骨が折れそうだと思っていた男への説得、手のかかるこの男の未来が、少しでも先へと延びるなら。
それを成した彼女には、最大限の感謝を―
(終)
ユーグと連れ立っての仕事先巡り。漸く帰ってきた家出オヤジのために、散々、歩き回った後、たどり着いた店の中から聞こえてきた声。
(…クロエ?)
来ているだろうとは思っていたが、その切迫したような叫び声に不審を覚える。気配を殺したユーグが、素早く店の扉を開けば、
(ドルン?…二人で何を…?)
店の中、向かい合うように立つ二人の間には、険悪な雰囲気が漂っている、が―
「畑仕事するユーグとか!鶏につつかれながら卵拾いするユーグとか!見たくないですか!?」
「…あ?」
「今の家!庭が広いんです!ユーグが『畑も鶏も好きにしていい』って、なんか、妻乞いの時の自己紹介覚えててくれたみたいで!って、そうだ!妻乞い!妻乞いの話聞きたくないですか!?私とユーグのなりそめ!」
「…」
「ドルンさん、ハルハテの妻乞いって知ってますか!?ユーグ、あれに来てたんですよ!信じられます?信じられないですよね!?でも、本当なんです!」
「…」
「ユーグが私に一目惚れした瞬間とかも知りたくないですか!?私は知りたいですよ!全くそんな気配無くて、全然気づかなかったですからね!でも、私が番ってことは、そういうことですよね!?ユーグの一目惚れ!」
「いや、知らん、」
「あ!しかも、この話、スッゴい『落ち』つきなんです!あのトキさんに白目剥かせたようなオチ付きの話!聞きたくないですか!?」
「別に…」
「でも!オチは話しませんけどね!ドルンさんが、あと三十年生きててくれたら、その時には話してもいいですけど?」
「…」
ハァハァと息を荒げたクロエ、一呼吸ついて、一端、落ち着きを取り戻してみせるが―
「…ドルンさんもきっと見てみたいと思いますよ?」
「あ?」
「私!これからユーグの子ども、バンバン!産みます!」
「は…?」
(…)
どうやら、啖呵をきっているらしいクロエの言葉に、自身の思考も停止する。そのまま隣に立つ男を盗み見れば、こちらはいつも通りの無表情。更に、クロエの叫びが続き―
「今の家、部屋がいっぱいあるんです!子ども部屋!だから、いっぱい産みます!絶っっ対、かわいいですよ!小さいユーグ!フワフワの耳とか!クリクリお目目とか!それがいっぱい!ワラワラしてるんですよ!」
「…」
「そんなチビっ子ユーグ達にニッコリ笑って見上げられたらどうします!?」
必死な様子のクロエの夢を壊すのは忍びないが、
(笑うかな?ユーグは、昔からこうだよ…)
それは、目の前で固まったままのオヤジも承知のはず、なのだが―
「それに、ひょっとしたら、ユーグだって親バカになるかもしれないじゃないですか!?」
「…」
「子ども達に『パパでちゅよ~』とか言っちゃうかもしれないんですよ!?」
(っ!)
想像して、噴出しそうになるのを寸ででこらえた。はずなのに―
「見たくないんですか!?そんなユーグパパ!」
チラリと隣の男を見て、結局、堪えきれずに吹き出した。
「!?トキさん!?ユーグ!?」
漸くこちらに気づいたクロエの顔面が蒼白に染まる。動揺に揺れる瞳がユーグへ向けられた。
「ち、違うの!ユーグ、違うの!これは、ユーグを貶めようとか、そういうのじゃなくて!ドルンさんが、昨日、『ユーグのこんな姿初めてだ』って笑ってたから!だから、何かもっとそういう何か、あればいいと思っただけで!」
何やら言い訳を始めたクロエに、隣の男の視線がドルンを向く。それから、徐に口を開き―
「…『パパで、』」
「止めてー!!止めて止めてユーグ!ごめんなさい、調子にのりすぎました!言わないで下さい!止めて!ユーグのイメージが!私のせいでユーグのイメージがっ!!」
残念ながら、クロエの叫びにかき消されたユーグの台詞、その語尾は拾えずに終わった。
必死になってユーグに頭を下げ始めたクロエを横目に、どこか肩の力の抜けたように見える男に近づいていく。
「…それで?クロエと何の話をしてたんですか?」
「あ?…ああ、まぁ、な…。俺も、まだ死ぬわけにはいかなくなっちまったなぁって話だよ。」
「そうですか…」
―それは、重畳
骨が折れそうだと思っていた男への説得、手のかかるこの男の未来が、少しでも先へと延びるなら。
それを成した彼女には、最大限の感謝を―
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