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後日談

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「ガット!ルナール!ユーグの妻を名乗ってる女ってどいつよ!?」

降ろしたままの綺麗な金髪を振り乱し、春めいた可愛らしいドレスを翻して現れた少女。碧い瞳は怒りに燃えているけれど、整った顔立ち、頭部の狼耳も相まって、非常に可愛らしい―

(…うん、デジャヴュ。)

思わず、発音が良くなってしまうくらいに懐かしい感覚。そういえば、デリア達に乗り込まれたあの日から、もうすぐ一年経つのかと感慨深いものを感じるが、あの時と違うのは―

「…ガット、ルナール、お知り合い?」

「…まぁ、一応。」

「ガキん時からのな。」

認めたくありませんがという態度のルナールの横で、ガットも面倒くさそうな表情を浮かべている。なので、カウンターの中から距離をとりつつ、自己紹介してみる。

「えーっと、ユーグの妻を名乗っているというか、ユーグの妻は私ですが、」

「っ!?冗談でしょう!?こんなのがっ!?」

「…」

これも、ここ最近なかった、非常に馴染みのある感覚で―

「…ちょっと、アセナ、お前、自分が何言ってるかわかってんの?」

「お前だって、…流石にわかんだろ?」

「っ!?何よ!あんた達、その女の肩持つわけ!?」

意外なことに、ガットとルナールに庇われてしまい、その新鮮な感覚にちょっと感激してしまう。

「ほんと、最っ悪!あんた達がついてながら、なんでユーグにこんな女近づけたりしたのよ!?」

「この人が近づいたんじゃなくて、、他所の町から連れてきたの。」

「そ、俺らもビビったんだって。」

「っ!だったら、何でその女と馴れ合ってんのよ!?さっさと追い出せば良かったでしょう!」

少女の叫びに、ガットとルナールが「あー」という風に顔を見合わせ、

「そりゃ、俺らだってなぁー。」

「…まあ、最初はね…」

言いづらそうにしている彼らの態度も、ここ一年で大きく変わった。口の悪さは相変わらずで、でも以前よりはずっと、「認めて」もらえている気がする。

(…これも、胃袋作戦の成果、肉の力って凄い…)

そう、しみじみ感じ入っているとー

「あんた達はこの女に騙されてんのよ!」

「はぁ?」

「何、言ってんの、お前。」

人を悪女のように言う少女に、ガットとルナールがあきれたような声を上げる。それにますます苛立った少女がこちらを指差し―

「この女はね!くろがねの牙のお金を盗んでるんだから!」

「っ!?」

予想外の、でも、心当たりがゼロではない言葉に、思わず息をのんでしまう。

「団のお金を着服してんのよ!この女っ!」

止まらない少女の糾弾に、「まずい」と思った。

「ちょっと待って、盗んだりしてないから。理由があるの、ちゃんと説明させ、」

「はっ!今さら取り繕えるとでも思ってんの?私は、ヴィラント・リーフマンの娘なの!リーフマン銀行はうちのパパの銀行なんだから、あんたがやったことなんて、もう全部バレてんのよ!」

「違うってば!」

別に、そんなのトキさんに確認してもらえれば、私が着服したわけじゃないってことくらい、直ぐにわかる。でも、怖いのは、今、この場で私を信じる材料は何もないということ-

(やめてよ!せっかく、みんなと仲良くなれてきたんだから!)

いくら後から疑いが晴れようと、一度疑ったり、疑われたりした事実はなくならない。そんな、人間関係台無しにするようなことを平気で口にする少女に腹が立った。言い返そうとして、

(ああ!でも、それより先に、三人に弁明、説明しないと!)

少女から三人に向き直ったところで、目に入ったのはルナールとガットの表情。怒られるのはまだいい。でも、軽蔑の表情だったりしたら立ち直れない。そう、思っていたのに―

「…別に、良いんじゃね?」

「そうだね。団長の奥さんなんだし。」

表情一つ変えない二人。

「はぁ?何、言ってんのよ、あんた達…」

思っていたような反応が得られなかったからか、気の抜けたような声を出す少女。私自身、彼らの言う意味がよくわからなくて困惑する。

「だからぁ、別に、こいつが団の金盗ろうが何しよーが、いいんじゃね?って言ってんだよ。」

「団長の奥さんなんだから、別に、誰も文句なんて言わないでしょ?…少なくとも、俺は気にしないけど。」

「なっ!?」

絶句した少女の横で、私も絶句、というか、非常に微妙な気分に。

(…そりゃ、怒られたり、責められたりするよりは良かった、けど…)

だけど、違う。そうじゃないんだ、と思ったところで、それまでずっと置物に徹していたボルドが口を開いた。

「…クロエは、そんなことしない。」

「っ!?ボルドォーっ!!」

そう!それ!そっち!

(そういうことを言って欲しかったんだよー!)

純度百パーセントで信じてくれる熊さんの頭を、思わず両手でワシャワシャしてしまった。

「…何やってんの、あんた。」

「ガットとルナールに足りないのはこういうとこだからねっ!?私の悪事を全肯定する前に、私自身を信じてよ!」

「あ?別に、んなのどっちでも、」

「全っ然、違うから!」

倫理観が破綻しかけている彼らに言っても無駄かもしれないけれど、私の人間性の問題だ。なぁなぁで済まされるわけにはいかない。だから、

「アセナ、だっけ?」

「何よっ!?」

「人様の個人情報、しかも親の仕事関係の情報勝手に持ち出して、それを吹聴して回るのはどうかと思うけど、一応、団のみんなを心配してのことみたいだから、今回は不問にする。」

だけど、私を犯罪者扱いしたことは一生、忘れない―

「今回のことは銀行、あなたのお父さんも交えて、じーっくりお話しましょうね?銀行の大口取引先であるうちに喧嘩売ったんだから、今後のお付き合いについても、キッチリ方をつけさせてもらうから?」

十代半ばの少女相手に虎の威を借る戦法、ちょっと大人げないかもと自分でも思う。

(でも、こっちだって必死。余裕なんて無いんだから。)

「っ!何なのよ、あんた!ガット達まで味方につけて何様のつもりなの!?いくらあんたがユーグのつがいだからって、なによ偉そうに!」

「ああ、それは違うよ。」

「何よ!?何が違うっていうの!?」

少女の勘違いに首を振る。「偉そうに」、なんてしていない。そんなの、出来るわけない。だって、私の立場はいつでも不安定、どこまでいっても危ういまま。

だって-

「…私はユーグの奥さんだけど、番ではないから。」

「「「えっ!?」」」

告げた事実、驚きに重なる、三つの声-

「え…?」

(あれ?三つ…?)




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