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後日談

1-1 涙の理由

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「ト、トキさん、これ、…これ、マズくないですか?ヤバくないですか?」

「どれ?」

店のカウンター、広げた書類の中、二つ並べた銀行の入出金記録を、トキさんの目の前に押し出す。

ユーグと結婚して一年、再び巡ってきたはつじょうきを前に、私はくろがねの牙の経理を任されることになった。私の能力を評価されて、とかではなく、ぶっちゃけ、「つがいとの時間を確保したい」トキさんの、仕事量軽減のためだったりする。

(…そもそも、トキさんの仕事量が多すぎるって話なんだけど。)

団の運営においては戦力外の夫の代わりに、団長夫人として少しでも力に成れることがあればと思って申し出た仕事。そして早速、手始めにと手を出した出納代わりの入出金記録に焦っている。

「…で?これのどこが問題だと思ったの?」

「え、あ、だって、これ、こっちの口座って、亡くなったダグさんのものですよね?でも、昨日のボムボアの討伐報酬、ダグさんの口座にも分配金が振り込まれてて。」

というよりも、昨日まで「ずっと」だ。団の口座に報酬依頼が入るタイミングで、亡くなったダグさんの口座にも入金がされている。亡くなった後の手続き漏れで、他の団員への分配金が減ってしまっているのではないかと不安になったのだけれど、

「ああ、これね。そういうことか。まぁ、確かに、その内なんとかしないと、とは思ってたんだけど…」

「トキさん、知ってたんですか?」

「知ってた。というか、以前は、団の運営費、雑費はダグが管理してたから。これはまぁ、団の積立金みたいな扱いなんだ。」

「積立金…」

「そう。団で受けた依頼に必要な備品とか、万一の場合の補償とか、まぁ、普通は各自で準備するものなんだけど。うちの連中は何ていうか、もらった報酬はその日のうちに飲み代に消えるような連中ばかりだから。」

「…」

一瞬、遠い目になる。リアル、宵越しの金は持たねぇ主義の方々とお仕事をする日がくるとは。

「ダグは、そういう連中の代わりに貯蓄していたようなもんだね。」

「…なるほど、理解しました。あの、でも、それじゃあこれ、名義とか変えておかないと、備品の購入とかしたくてもお金降ろせないんじゃ。」

「そうなんだよねぇ。…まぁ、面倒で放っておいたんだけど。」

その間の備品購入は自腹をきっていそうなトキさんの言い方に、この人はこの人で問題がある気がする。主に、自己犠牲的な意味で。

「…団名義でもう一つ口座を開いて、そっちに移しちゃ駄目ですか?」

「それがね?最初、ダグもそうしようとしてたみたいなんだけど、重複名義で口座は作れないって、銀行の方に断られてるんだよね。」

「ああー。」

今世、ど田舎過ぎて銀行とのお取引は一切なかったから知らなかったけれど、確かに、前世でも銀行によっては似たような扱いだった記憶がある。おまけにこの町にある銀行は一つしかないから、他の銀行に口座を開く、というわけにもいかない。

「…ユーグかトキさんの口座に移すしかない、ですかね…?」

ギルドでの依頼報酬の受け取りは口座振込が基本。ギルドで仕事を請け負ったことのある人はほぼ全員、銀行口座を持っている。これは傭兵であるユーグ達も同じはずだからー

「ユーグの口座なら可能かもね。ダグの遺産はユーグが相続するのが妥当だし。」

「なるほど、確かに…」

「…ただねぇ、個人名義の口座には個人報酬も入って来るし、個人的な支出もあるし、管理が大変になるとは思うよ?」

主夫らしいトキさんの発言に、では、「ダグさんはどうしていたのか?」と聞くと、

「ああ、ダグは、基本的に自分の報酬はさっさと引き出して、飲み代に変えてたから。」

「…なるほど。」

義父とう様、あなたもでしたか。団員のためになら貯蓄できるのに、なぜ。

想像していた、「孤児を拾い、その子の結婚を夢見ていた心優しき男性」という亡き義父の姿が霧散していった。

「クロエの方は?」

「え?はい?」

「クロエ、まだ口座持ってなかったでしょ?クロエの口座を開いて移してしまえば問題無いんじゃない?」

「…なる、ほど…?」

結局、他に良案も浮かばず、「私にはユーグ名義の夫婦共有の口座があるから平気よね?」という浮かれた考えのもと、翌日には自分名義の口座を開き、ダグさんの口座にあったお金は無事、ユーグの口座経由で私のものになった。

私のものに―

「いや、私のお金じゃないけど…」

並ぶ数字の大きさに、思う存分、横領気分を味わった。




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