異世界で婚活を ~頑張った結果、狼獣人の旦那様を手に入れたけど、なかなか安寧には程遠い~

リコピン

文字の大きさ
上 下
43 / 56
最終章 望まぬ再会と望んだ未来

4-9 Side T

しおりを挟む
「…トキさん、あいつ、生きてるっすかね?」

「…生きてはいるよ。」

ガットの身も蓋もない問いかけにそう答えれば、ルナールがガットに顔をしかめてみせる。

「一週間やそこらで、死ぬわけないだろう?」

「あぁ?でも、あいつだぜ?しかも、相手が団長っつー…」

「…」

何かを想像して黙り込んだ二人。それと、ずっと黙ったまま、それでも杯を重ねているもう一人を入れて三人。何かと理由をつけては店に居座るようになったこの三人が案じているのは、ただ一人の女性のこと。

(まあ、心配するなって方が難しいんだろうね…)

獣人が牙を剥いた後の破壊衝動、それが誰よりも強いが為に滅多に自身の牙を見せない男が、あれほど長い時間牙を剥いていたのだ。彼らの心配も全くの杞憂とは言えない。

(収まるところに収まって良かったと、思っていたんだけど、ね…)

発情期はとうに過ぎたこの季節、己の上司兼友人が彼の妻と部屋に籠ってから、一週間が過ぎようとしていた。






「あ!」

最初に気づいたのは、気配に敏いガットだった。視線の先、階段から降りてくる馴染んだ気配に、全員の視線がそちらを向く。

常と変わらぬ様子で姿を現した男は、それでもどこか、以前とは違う-

「うっわぁ!団長、何つうか、すげぇ、駄々漏れっすね!?」

「これが、満腹した狼…」

「ガット、ルナール…」

一々、口にしないと気の済まないガキ二人を黙らせて、ユーグに視線を戻す。

「…久し振り。…何か飲む?」

「…」

何も言わず定位置についた男の前に、男の定番の蒸留酒を出す。籠っていたとはいえ、部屋に差し入れた食事はとっていたようだから、男の方の心配は全くしていないのだが、

「ユーグ、クロエは?」

「寝てる。」

その一言に、多少は安堵した。寝ているだけ、男が彼女を一人にしていることからも、体調には問題無いのだろう。横で聞いていた三人にも、同じ安堵の空気が流れる。

「…」

「…ねぇ、ユーグ。」

周囲の反応など全く意に介さない男に、一つだけ、どうしても気になっていた問いをぶつけてみる。

「…どうして、あのと結婚したの?」

「…」

「最初は、ダグのためかと思ってたんだけど…」

けれど、それにしては説明のつかない、クロエに対する男の態度。慈しんでいるようで突き放し、逃げられないよう、怯えさせないように振る舞いながらも、全てを隠し切ることはしない。

だから、半信半疑―実際は、それほど高く無いと思う可能性で―、思い至った推測を口にしてみた。

「…クロエは、お前のつがいなの?」

「はっ!?」

「えっ!?」

驚きの声は、ユーグ本人ではなく、その隣、なり行きを見守っていた二人から。

「えっ!?いや、流石にそれは無いっすよね!?」

「確かに、団長が気に入ってるらしいってのは、まあ、わかりますけど。でも…」

混乱する二人を含め、全員の視線がユーグに向けられ―

「っ!?」

「ちょっ!?はっ!?」

「マジでっ!?マジっすか!?」

何も言わない男の、それでも、その態度で仲間内にだけは伝わる答え―

「いやいやいや!無理ですって!無い無い無い!だって、あいつ、こっち来たのって、」

「発情期…」

「だよなっ!な!?」

「…俺、ちょっと団長をなめてたかもしれないです。」

「確かにね。俺もちょっと、ユーグの理性にドン引きしてる。」

「理性て!?そんな問題じゃないっすよね!?番との発情期っすよ!?」

ガットの言う通り、理性という言葉で片付けられるほど、番を求める本能は甘くない。理性で御せるものではないからこその唯一、半身なのだから。

それでも、どうやら本当にその「無理」を成したらしい男に、敬意を通り越して呆れを覚えた。

「なんで、クロエにも番だって教えてあげなかったの?ずっと、あの子が不安がってたのは知ってたでしょ?」

番だと周知し、囲ってしまえば、もっと簡単に済んだ局面はいくつもあった。それをわからぬ男ではないはずなのに―

「…選ぶのは、あいつだからな。」

そう、あっさり答えられてしまう。

(…選ばせて、結果、逃げられてたらどうするつもりだったの。)

それでも伝えなかったのは、ただ、彼女のため。ユーグに怯え、団や町にも怯えていた彼女に与えた逃げ道。この男は、本気で彼女に選ばせるつもりだった。

それが、この男なりの番の愛し方―

(…俺には、絶対、真似出来そうにもないけど。)

想像しただけで、身を切られるような痛みが走る。それこそ、理性なんて瞬時に焼き切れるくらいの。逃がすくらいなら閉じ込めて、鎖につないで―

過去、自身が番相手の発情期にしでかした過ちを思い出し、ふと、よぎった記憶。

「…ねぇ、ユーグ、まさかとは思うけど、あれって、この子らに対する牽制か何かだったの?」

「はっ!?え!?俺ら!?牽制って何の話っすか、トキさん!?」

「まさか…」

聡いルナールは気づいたらしい、あの日のユーグの殺気。

「クロエが、君らに初めて料理してくれた日、ユーグが前触れなくキレたでしょう?あの時、あれでもユーグは、番を前にした発情期だったわけだから…」

「…」

こちらの憶測にも、男はやはり何も言わない。ただ、もの言わぬ視線を上げた先は―

「っ!?」

「はっ!?え!?ボルドっすか!?」

「あー、可哀想に。ボルド、死んだな。」

ユーグの視線に、正に瀕死状態になってしまったボルドをからかう二人。本人たちは忘れてしまっているのかもしれないけれど、確か、あの日のユーグとの会話でボルドを追い詰めたのはこの二人だったはずなのだが―

(…まぁ、もう、そんなの気にならないくらい、今は満たされてるからいいんだろうけど。)

ユーグの手元を見る。その両指に輝いていたはずの銀の輝きは、一つ残らず消えていた。

(…やっと、外せたか。)

銀はり。ダグの死とともに少しずつ増えていった抑制付与の指輪達。ユーグの強すぎる破壊衝動を抑えるためのそれが、不要になった理由はただ一つ。

店の上、番の少し重すぎるくらいの愛情を受けて眠るのは、狼の最愛。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】虐げられていた侯爵令嬢が幸せになるお話

彩伊 
恋愛
歴史ある侯爵家のアルラーナ家、生まれてくる子供は皆決まって金髪碧眼。 しかし彼女は燃えるような紅眼の持ち主だったために、アルラーナ家の人間とは認められず、疎まれた。 彼女は敷地内の端にある寂れた塔に幽閉され、意地悪な義母そして義妹が幸せに暮らしているのをみているだけ。 ............そんな彼女の生活を一変させたのは、王家からの”あるパーティー”への招待状。 招待状の主は義妹が恋い焦がれているこの国の”第3皇子”だった。 送り先を間違えたのだと、彼女はその招待状を義妹に渡してしまうが、実際に第3皇子が彼女を迎えにきて.........。 そして、このパーティーで彼女の紅眼には大きな秘密があることが明らかにされる。 『これは虐げられていた侯爵令嬢が”愛”を知り、幸せになるまでのお話。』 一日一話 14話完結

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

処理中です...