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最終章 望まぬ再会と望んだ未来

4-9 Side T

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「…トキさん、あいつ、生きてるっすかね?」

「…生きてはいるよ。」

ガットの身も蓋もない問いかけにそう答えれば、ルナールがガットに顔をしかめてみせる。

「一週間やそこらで、死ぬわけないだろう?」

「あぁ?でも、あいつだぜ?しかも、相手が団長っつー…」

「…」

何かを想像して黙り込んだ二人。それと、ずっと黙ったまま、それでも杯を重ねているもう一人を入れて三人。何かと理由をつけては店に居座るようになったこの三人が案じているのは、ただ一人の女性のこと。

(まあ、心配するなって方が難しいんだろうね…)

獣人が牙を剥いた後の破壊衝動、それが誰よりも強いが為に滅多に自身の牙を見せない男が、あれほど長い時間牙を剥いていたのだ。彼らの心配も全くの杞憂とは言えない。

(収まるところに収まって良かったと、思っていたんだけど、ね…)

発情期はとうに過ぎたこの季節、己の上司兼友人が彼の妻と部屋に籠ってから、一週間が過ぎようとしていた。






「あ!」

最初に気づいたのは、気配に敏いガットだった。視線の先、階段から降りてくる馴染んだ気配に、全員の視線がそちらを向く。

常と変わらぬ様子で姿を現した男は、それでもどこか、以前とは違う-

「うっわぁ!団長、何つうか、すげぇ、駄々漏れっすね!?」

「これが、満腹した狼…」

「ガット、ルナール…」

一々、口にしないと気の済まないガキ二人を黙らせて、ユーグに視線を戻す。

「…久し振り。…何か飲む?」

「…」

何も言わず定位置についた男の前に、男の定番の蒸留酒を出す。籠っていたとはいえ、部屋に差し入れた食事はとっていたようだから、男の方の心配は全くしていないのだが、

「ユーグ、クロエは?」

「寝てる。」

その一言に、多少は安堵した。寝ているだけ、男が彼女を一人にしていることからも、体調には問題無いのだろう。横で聞いていた三人にも、同じ安堵の空気が流れる。

「…」

「…ねぇ、ユーグ。」

周囲の反応など全く意に介さない男に、一つだけ、どうしても気になっていた問いをぶつけてみる。

「…どうして、あのと結婚したの?」

「…」

「最初は、ダグのためかと思ってたんだけど…」

けれど、それにしては説明のつかない、クロエに対する男の態度。慈しんでいるようで突き放し、逃げられないよう、怯えさせないように振る舞いながらも、全てを隠し切ることはしない。

だから、半信半疑―実際は、それほど高く無いと思う可能性で―、思い至った推測を口にしてみた。

「…クロエは、お前のつがいなの?」

「はっ!?」

「えっ!?」

驚きの声は、ユーグ本人ではなく、その隣、なり行きを見守っていた二人から。

「えっ!?いや、流石にそれは無いっすよね!?」

「確かに、団長が気に入ってるらしいってのは、まあ、わかりますけど。でも…」

混乱する二人を含め、全員の視線がユーグに向けられ―

「っ!?」

「ちょっ!?はっ!?」

「マジでっ!?マジっすか!?」

何も言わない男の、それでも、その態度で仲間内にだけは伝わる答え―

「いやいやいや!無理ですって!無い無い無い!だって、あいつ、こっち来たのって、」

「発情期…」

「だよなっ!な!?」

「…俺、ちょっと団長をなめてたかもしれないです。」

「確かにね。俺もちょっと、ユーグの理性にドン引きしてる。」

「理性て!?そんな問題じゃないっすよね!?番との発情期っすよ!?」

ガットの言う通り、理性という言葉で片付けられるほど、番を求める本能は甘くない。理性で御せるものではないからこその唯一、半身なのだから。

それでも、どうやら本当にその「無理」を成したらしい男に、敬意を通り越して呆れを覚えた。

「なんで、クロエにも番だって教えてあげなかったの?ずっと、あの子が不安がってたのは知ってたでしょ?」

番だと周知し、囲ってしまえば、もっと簡単に済んだ局面はいくつもあった。それをわからぬ男ではないはずなのに―

「…選ぶのは、あいつだからな。」

そう、あっさり答えられてしまう。

(…選ばせて、結果、逃げられてたらどうするつもりだったの。)

それでも伝えなかったのは、ただ、彼女のため。ユーグに怯え、団や町にも怯えていた彼女に与えた逃げ道。この男は、本気で彼女に選ばせるつもりだった。

それが、この男なりの番の愛し方―

(…俺には、絶対、真似出来そうにもないけど。)

想像しただけで、身を切られるような痛みが走る。それこそ、理性なんて瞬時に焼き切れるくらいの。逃がすくらいなら閉じ込めて、鎖につないで―

過去、自身が番相手の発情期にしでかした過ちを思い出し、ふと、よぎった記憶。

「…ねぇ、ユーグ、まさかとは思うけど、あれって、この子らに対する牽制か何かだったの?」

「はっ!?え!?俺ら!?牽制って何の話っすか、トキさん!?」

「まさか…」

聡いルナールは気づいたらしい、あの日のユーグの殺気。

「クロエが、君らに初めて料理してくれた日、ユーグが前触れなくキレたでしょう?あの時、あれでもユーグは、番を前にした発情期だったわけだから…」

「…」

こちらの憶測にも、男はやはり何も言わない。ただ、もの言わぬ視線を上げた先は―

「っ!?」

「はっ!?え!?ボルドっすか!?」

「あー、可哀想に。ボルド、死んだな。」

ユーグの視線に、正に瀕死状態になってしまったボルドをからかう二人。本人たちは忘れてしまっているのかもしれないけれど、確か、あの日のユーグとの会話でボルドを追い詰めたのはこの二人だったはずなのだが―

(…まぁ、もう、そんなの気にならないくらい、今は満たされてるからいいんだろうけど。)

ユーグの手元を見る。その両指に輝いていたはずの銀の輝きは、一つ残らず消えていた。

(…やっと、外せたか。)

銀はり。ダグの死とともに少しずつ増えていった抑制付与の指輪達。ユーグの強すぎる破壊衝動を抑えるためのそれが、不要になった理由はただ一つ。

店の上、番の少し重すぎるくらいの愛情を受けて眠るのは、狼の最愛。





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