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最終章 望まぬ再会と望んだ未来
4-8
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魔物の最後の一頭が倒れ、討伐隊から張り詰めた空気が消えた。
町中から歓声が上がる。無事を喜び合う人達に、討伐隊のメンバーが次々に囲まれていく。興奮冷めやらぬ彼らの周りには、頬を染め、瞳を輝かせた女性達の姿。言葉を交わし、触れ合い、抱き締め合う。
遠目に、数人の女性がユーグへと近づいていく光景を眺める。
(ああ、これが…)
マリーヌの言っていた、討伐隊を待っていた彼女達が望むもの。
(…ユーグ。)
ずっと、紫紺が向けられている。
なのに、あの場所、ユーグに駆け寄っていけないのは何故なんだろうー
(ユーグ。)
どうしても、音に出来ない彼の名前、何度も呼んでるのに。
それでも、聞こえないはずの彼の名に、ユーグがこちらへ向かって歩き出した。真っ直ぐに、逸らされない眼差しのまま。
彼の隣、置いていかれまいとして伸ばされた女性の手が、次の瞬間には、乱暴に振り払われる。
「…どけ、邪魔だ。」
(っ!)
安堵するはずの場面、女性を追い払うユーグに安心して、良かったと、そう思うべきなのに。
身体が、小さく震えている。
(…知らない。)
魔物相手に吼える彼も、女性を乱暴に扱う彼も。全然知らない、ユーグの姿。
「っ!」
「…」
目の前まで近づいたユーグが立ち止まる。見下ろしてくるその人は、誰よりも帰りを待ち望んでいた人。ユーグは、ユーグのはずなのに。だから、お帰りなさいって、無事で良かったって、そう言って-
「…」
「…あ。」
何かを言おうとした直前、ユーグの背後から近づいて来た人に視線を奪われた。
「ユーグ?」
華やかに笑うその人は、恐れることなくユーグに触れる。
「無事で良かったわ。あなたの帰り、ずっと、待ちわびていたの。」
ユーグの腕を、スルリと絡めとる白い腕。押し付けられる肢体、媚態を露にする美しい人の笑み。だけど、ユーグは彼女を見ない。
それでも、彼女は笑んだまま-
「ねぇ、ユーグ?あなたももう、わかっているでしょう?残念だけど、クロエさんじゃ駄目なのよ。…この人には無理。」
「っ!」
ユーグの隣に立つマリーヌに、言い返す言葉を、何か。なのに―
「…私を選んで、ユーグ。私なら、あなたを最後まで満足させてあげられるわ。」
「っ!」
(嫌!!それだけは絶対に!!)
ユーグを見上げる。
(行かないでっ!)
彼女を選ばないでとその瞳に縋ってしまう。紫紺は、ずっと逸らされないまま―
「…離れろ。」
「ユーグ!?」
「触るな。」
マリーヌを振り払った腕、逸らされない瞳には、初めて目にする熱が宿っている。怖いくらいの―
「…勘違いするな、選ぶのは俺じゃない。」
「…」
「選ぶのはお前だ、クロエ…」
「!?」
(どうして…?)
どうして?何で?どうして、そんな瞳をするの―?
「っ!私はっ!」
痛いのは嫌だ、怖いのも嫌。だけど―
涙が、勝手にボロボロこぼれ出した。
「っ、最初から、最初から、ユーグを選んでるよ!」
「…」
「ユーグが好きで、ユーグだけを見て、ユーグがいるから、怖いのだって、全部全部我慢して!」
ずっと、ずっと探してた。あなただけを求めてた。だから選んだ、一目でわかった、「この人だ」って。
あなたに出逢うために、私はこの世界にいる―
「っ!」
流れる涙を袖で拭う。ユーグが選んでいいと、そう言ってくれるのなら、
「ユーグに触らないで!」
「なっ!?」
マリーヌに向かって叫ぶ。
「ユーグに近づかないで!ユーグは私の夫なんだから!」
吠えるのも、牽制するのも、妻である私の権利だ。
「っ、怯えるしか能の無い人間に、ユーグの何がわかるの、」
「わからなくても、私はユーグがいいの!ユーグしか要らない!」
怖いものは怖い。だけど―
(牙をむいたユーグを、格好いいと思った私も、確かにいるんだから。)
ユーグを見上げる。ずっと、黙ったままの彼と目が合った。
「…いいんだな?」
「…うん。」
熱のこもった紫紺に頷けば、
「…覚悟はしておけ。」
「…」
ユーグが笑った。狼が、牙を剥くみたいな、獰猛な笑み-
「加減は出来ない。」
「キャアッ!?」
突然の浮遊感。ユーグに横抱きにされたのだと気づき、その胸元にしがみつく。
「っ!?」
走り出したユーグ、しがみつく手に力がこもる。視界の隅に、笑顔の消えたマリーヌの顔が見えた。その手が、こちらへと伸ばされ―
「待って!」
「…」
「嫌よっ!駄目、行かないでユーグ!行っては駄目!!あなたは私のものよっ!!」
半狂乱になって叫ぶマリーヌの声は、ユーグには届いていない。振り返ることも無く、前だけ向いて走る顔を見上げる。ユーグを求める叫び声が、瞬く間に遠ざかっていった。
町中から歓声が上がる。無事を喜び合う人達に、討伐隊のメンバーが次々に囲まれていく。興奮冷めやらぬ彼らの周りには、頬を染め、瞳を輝かせた女性達の姿。言葉を交わし、触れ合い、抱き締め合う。
遠目に、数人の女性がユーグへと近づいていく光景を眺める。
(ああ、これが…)
マリーヌの言っていた、討伐隊を待っていた彼女達が望むもの。
(…ユーグ。)
ずっと、紫紺が向けられている。
なのに、あの場所、ユーグに駆け寄っていけないのは何故なんだろうー
(ユーグ。)
どうしても、音に出来ない彼の名前、何度も呼んでるのに。
それでも、聞こえないはずの彼の名に、ユーグがこちらへ向かって歩き出した。真っ直ぐに、逸らされない眼差しのまま。
彼の隣、置いていかれまいとして伸ばされた女性の手が、次の瞬間には、乱暴に振り払われる。
「…どけ、邪魔だ。」
(っ!)
安堵するはずの場面、女性を追い払うユーグに安心して、良かったと、そう思うべきなのに。
身体が、小さく震えている。
(…知らない。)
魔物相手に吼える彼も、女性を乱暴に扱う彼も。全然知らない、ユーグの姿。
「っ!」
「…」
目の前まで近づいたユーグが立ち止まる。見下ろしてくるその人は、誰よりも帰りを待ち望んでいた人。ユーグは、ユーグのはずなのに。だから、お帰りなさいって、無事で良かったって、そう言って-
「…」
「…あ。」
何かを言おうとした直前、ユーグの背後から近づいて来た人に視線を奪われた。
「ユーグ?」
華やかに笑うその人は、恐れることなくユーグに触れる。
「無事で良かったわ。あなたの帰り、ずっと、待ちわびていたの。」
ユーグの腕を、スルリと絡めとる白い腕。押し付けられる肢体、媚態を露にする美しい人の笑み。だけど、ユーグは彼女を見ない。
それでも、彼女は笑んだまま-
「ねぇ、ユーグ?あなたももう、わかっているでしょう?残念だけど、クロエさんじゃ駄目なのよ。…この人には無理。」
「っ!」
ユーグの隣に立つマリーヌに、言い返す言葉を、何か。なのに―
「…私を選んで、ユーグ。私なら、あなたを最後まで満足させてあげられるわ。」
「っ!」
(嫌!!それだけは絶対に!!)
ユーグを見上げる。
(行かないでっ!)
彼女を選ばないでとその瞳に縋ってしまう。紫紺は、ずっと逸らされないまま―
「…離れろ。」
「ユーグ!?」
「触るな。」
マリーヌを振り払った腕、逸らされない瞳には、初めて目にする熱が宿っている。怖いくらいの―
「…勘違いするな、選ぶのは俺じゃない。」
「…」
「選ぶのはお前だ、クロエ…」
「!?」
(どうして…?)
どうして?何で?どうして、そんな瞳をするの―?
「っ!私はっ!」
痛いのは嫌だ、怖いのも嫌。だけど―
涙が、勝手にボロボロこぼれ出した。
「っ、最初から、最初から、ユーグを選んでるよ!」
「…」
「ユーグが好きで、ユーグだけを見て、ユーグがいるから、怖いのだって、全部全部我慢して!」
ずっと、ずっと探してた。あなただけを求めてた。だから選んだ、一目でわかった、「この人だ」って。
あなたに出逢うために、私はこの世界にいる―
「っ!」
流れる涙を袖で拭う。ユーグが選んでいいと、そう言ってくれるのなら、
「ユーグに触らないで!」
「なっ!?」
マリーヌに向かって叫ぶ。
「ユーグに近づかないで!ユーグは私の夫なんだから!」
吠えるのも、牽制するのも、妻である私の権利だ。
「っ、怯えるしか能の無い人間に、ユーグの何がわかるの、」
「わからなくても、私はユーグがいいの!ユーグしか要らない!」
怖いものは怖い。だけど―
(牙をむいたユーグを、格好いいと思った私も、確かにいるんだから。)
ユーグを見上げる。ずっと、黙ったままの彼と目が合った。
「…いいんだな?」
「…うん。」
熱のこもった紫紺に頷けば、
「…覚悟はしておけ。」
「…」
ユーグが笑った。狼が、牙を剥くみたいな、獰猛な笑み-
「加減は出来ない。」
「キャアッ!?」
突然の浮遊感。ユーグに横抱きにされたのだと気づき、その胸元にしがみつく。
「っ!?」
走り出したユーグ、しがみつく手に力がこもる。視界の隅に、笑顔の消えたマリーヌの顔が見えた。その手が、こちらへと伸ばされ―
「待って!」
「…」
「嫌よっ!駄目、行かないでユーグ!行っては駄目!!あなたは私のものよっ!!」
半狂乱になって叫ぶマリーヌの声は、ユーグには届いていない。振り返ることも無く、前だけ向いて走る顔を見上げる。ユーグを求める叫び声が、瞬く間に遠ざかっていった。
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