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最終章 望まぬ再会と望んだ未来
4-2
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ホルスと遭遇したことは、その日の内にユーグとトキさんに報告した。特に反応を示さなかったユーグに対し、トキさんは「一応、こちらでも気を付けておく」と、相変わらず私に甘い言葉をくれた。
当然、自分自身でも気を付けるようにして、たまに町で巡回中のホルスを見つけても決して近寄らなかったし、ルナールの忠告通り、買い出しの行き帰り以外には町へ出るのも控えていた、のだけれどー
(…なんで、こんなとこで会っちゃうかなぁ…)
ホルスの巡回時間とルートを把握してからは、商店街にはわざわざ朝早くに来るようにしていたのに、それが今回は仇になってしまったらしい。
「よぉ、クロエ。」
「…」
先日、ガットに脅されて怯えていたはずのホルスが、何事も無かったかのように近づいてきた。その神経がわからずに、ジロジロと観察する。
(…私服、非番なのか。なら、こんな時間にこんな場所で会っても仕方ない、けど…)
思わず、たった今、男が出てきた店に視線を向ける。
黒猫の館ー
(…妻帯者のくせに朝帰りとか…)
こうしたお店でのアレコレは浮気とは違うのだという人もいるけれど、私には到底受け入れ難い。嫌なものは嫌だ。だから、ホルスにも思いっきり嫌悪の眼差しを向けてやった。なのに、それに気づきもしない男は無神経な言葉を口にする。
「クロエ、店で聞いたんだけど、お前の旦那、獣人なんだってな?」
「…」
「しかも、傭兵?本当、何考えてんだよ、お前。」
「…」
以前と同じ、腹の立つ言葉しか吐かないホルスを無視して歩き出す。駆け出したりすれば、前回の二の舞になってしまうから、人通りの多い道を選び、顔馴染みの商店街のお店を目指して。
「クロエ、待てって。悪かった。キツく言い過ぎた。でも、俺はお前を心配して言ってんだよ。」
「…」
「…お前もさ、あの小さい村で生まれて育って、何か刺激が欲しかったんだろう?それは俺もわかる、俺も同じだったからな。…けど、お前、いくらなんでもこんなとこまで来るのはやり過ぎだって。」
「…」
「…親父達は知ってんのか?心配してるんじゃないか?」
聞き流すふりで、聞き流し切れなかった言葉を耳が拾う。ハルハテから、一度も村へは帰らずにここまで来た。育ててくれた村長達には挨拶も出来ないまま。それは、ずっと気にかかってはいるけれど、
「…手紙は、書いたから。」
「だったら、余計に心配してるだろう?」
「…」
否定は出来なかった。書いた手紙への返事には、知り合いも居ない遠い地に一人嫁ぐことになった私を案じる言葉が並んでいたから。
「…一緒に、帰ってやるよ。」
「は?」
「俺が、お前を村に連れて帰ってやる。だからさ、俺と、」
「帰らないよ。」
「クロエ、」
「帰るとしても、その時は結婚の挨拶とか、とにかく、夫と二人で帰るから。ホルスとは帰らない。」
「…」
黙ってしまったホルスが、ぴたりと足を止めた。気にはなったが、このまま振り切ってしまおうと、足を進める。
「…今度、騎士団とギルドの合同で、魔の森の討伐隊が組まれる。」
「え?」
驚いて振り返った。真剣な、少し暗い眼差し。唇を引き結んだホルスがこちらを見ている。
「かなり大掛かりな討伐になるはずだ。…お前の旦那ってやつも、参加することになってる。…聞いてないのか?」
「…夫とは、あんまり仕事の話はしないから。」
「クロエ、お前さ、こういうの苦手だろう?討伐とか、そういうのも、平気じゃないだろう?」
「別に…」
「戦うことが日常で、旦那がいつ死んでもおかしくないって状況。お前、そういうの耐えられんのか?」
「…」
「…クロエ、本気で考えておいてくれ。俺と村に帰ること。」
勝手なことを、一方的に告げて去っていくホルス。こっちの心に波風だけを立てて―
当然、自分自身でも気を付けるようにして、たまに町で巡回中のホルスを見つけても決して近寄らなかったし、ルナールの忠告通り、買い出しの行き帰り以外には町へ出るのも控えていた、のだけれどー
(…なんで、こんなとこで会っちゃうかなぁ…)
ホルスの巡回時間とルートを把握してからは、商店街にはわざわざ朝早くに来るようにしていたのに、それが今回は仇になってしまったらしい。
「よぉ、クロエ。」
「…」
先日、ガットに脅されて怯えていたはずのホルスが、何事も無かったかのように近づいてきた。その神経がわからずに、ジロジロと観察する。
(…私服、非番なのか。なら、こんな時間にこんな場所で会っても仕方ない、けど…)
思わず、たった今、男が出てきた店に視線を向ける。
黒猫の館ー
(…妻帯者のくせに朝帰りとか…)
こうしたお店でのアレコレは浮気とは違うのだという人もいるけれど、私には到底受け入れ難い。嫌なものは嫌だ。だから、ホルスにも思いっきり嫌悪の眼差しを向けてやった。なのに、それに気づきもしない男は無神経な言葉を口にする。
「クロエ、店で聞いたんだけど、お前の旦那、獣人なんだってな?」
「…」
「しかも、傭兵?本当、何考えてんだよ、お前。」
「…」
以前と同じ、腹の立つ言葉しか吐かないホルスを無視して歩き出す。駆け出したりすれば、前回の二の舞になってしまうから、人通りの多い道を選び、顔馴染みの商店街のお店を目指して。
「クロエ、待てって。悪かった。キツく言い過ぎた。でも、俺はお前を心配して言ってんだよ。」
「…」
「…お前もさ、あの小さい村で生まれて育って、何か刺激が欲しかったんだろう?それは俺もわかる、俺も同じだったからな。…けど、お前、いくらなんでもこんなとこまで来るのはやり過ぎだって。」
「…」
「…親父達は知ってんのか?心配してるんじゃないか?」
聞き流すふりで、聞き流し切れなかった言葉を耳が拾う。ハルハテから、一度も村へは帰らずにここまで来た。育ててくれた村長達には挨拶も出来ないまま。それは、ずっと気にかかってはいるけれど、
「…手紙は、書いたから。」
「だったら、余計に心配してるだろう?」
「…」
否定は出来なかった。書いた手紙への返事には、知り合いも居ない遠い地に一人嫁ぐことになった私を案じる言葉が並んでいたから。
「…一緒に、帰ってやるよ。」
「は?」
「俺が、お前を村に連れて帰ってやる。だからさ、俺と、」
「帰らないよ。」
「クロエ、」
「帰るとしても、その時は結婚の挨拶とか、とにかく、夫と二人で帰るから。ホルスとは帰らない。」
「…」
黙ってしまったホルスが、ぴたりと足を止めた。気にはなったが、このまま振り切ってしまおうと、足を進める。
「…今度、騎士団とギルドの合同で、魔の森の討伐隊が組まれる。」
「え?」
驚いて振り返った。真剣な、少し暗い眼差し。唇を引き結んだホルスがこちらを見ている。
「かなり大掛かりな討伐になるはずだ。…お前の旦那ってやつも、参加することになってる。…聞いてないのか?」
「…夫とは、あんまり仕事の話はしないから。」
「クロエ、お前さ、こういうの苦手だろう?討伐とか、そういうのも、平気じゃないだろう?」
「別に…」
「戦うことが日常で、旦那がいつ死んでもおかしくないって状況。お前、そういうの耐えられんのか?」
「…」
「…クロエ、本気で考えておいてくれ。俺と村に帰ること。」
勝手なことを、一方的に告げて去っていくホルス。こっちの心に波風だけを立てて―
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