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第三章 夏祭りと嫉妬する心

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(…ユーグ、帰って来ない。)

灯りを消した部屋、広いベッドに一人転がり、冴えてしまった頭で考える。いつもなら、大抵、先にベッドで寝ているユーグ。彼のその温もりが、今ここには無い。

(…私、本当、馬鹿だ。)

いつもいつも、「ユーグは何もしてくれない」なんて、一人勝手に拗ねて落ち込んで。だけど、

(ユーグは、いつも、ここに居てくれた。一緒に、同じベッドで寝てくれていたのに。)

それを、いつの間にか当然のように受け入れて、彼の温もりを当たり前のものだと勘違いして―

(…謝ろう。帰ってきたら、色々。それで、お願いしよう。)

これからも、せめて側にいて欲しいって。






ベッドに入ってからどれくらいの時間が過ぎたのか、結局、いつまでも寝つけないまま寝返りを繰り返す内、聞こえた扉のきしむ音。

「…ユーグ?」

「…」

開いた扉、そこに立つ人の姿に、それだけで泣きそうになった。身を起こし、帰ってきてくれたその人の名を呼ぶ。

「ユーグ、お帰りな、」

「服を脱げ。」

「え…?」

(脱ぐ…?)

唐突な一言。言われた言葉の意味がわからずに混乱する。そんなこと、今まで一度も言われたことが無かった。

ベッドの上、動けずにいるこちらに、ユーグが近づいてきて―

「…」

「…ユーグッ!?」

乗り上げたユーグの重みでベッドがきしむ。

「!だめ!いや!ユーグ!?」

「…」

着ていた寝間着代わりのワンピースを、抵抗する間もなく頭から引き抜かれ、脱がされてしまう。

「ユ、ユーグ、なんで…?」

「…」

心もとない恰好、肌着だけになってしまった自分の身体を必死に隠す。何も言わないユーグの瞳に、ただ射すくめられて動けない。

「ユーグ!」

伸びて来た手、ベッドの上に押し倒されて、縫い留められた。

「待って!待って!何で!?」

悲鳴に近い声が上がる。ゆっくりと降りて来たユーグの顔が首筋にたどり着き―

「ッ!」

舐め上げられた感触に全身に震えが走った。

(何で!?どうして、急に、こんな…)

熱と匂いに包まれて身体が熱くなる。だけど、心の芯は冷えていて、これが異常な事態なのだと告げている。

(違う、これは、こんな、こんなのは、違う…!)

言葉には出来ず、ただ、きつく目を閉じた。次に訪れる何かを覚悟して、身を震わせる。

だけど―

「…」

「…」

覚悟した何かはなかなか訪れず、不意に、覆い被さっていた熱が離れていった。

(…ユー、グ?)

「…匂い。」

「え?」

目を開く。ユーグの、怖いくらいに真剣な顔に見下ろされている。

「…店でつけられたな。」

「あ。」

香水。そう言えば、ルナールが薬だと言っていた、媚薬のような何か。シャワーで落としたつもりで、まだ残っていたらしい。

「…消してやる。」

「え。ユーグ、」

「黙っていろ。」

そう言ったユーグの顔がまた近づいて来て―

「っ!」

今度は飲み込んだ悲鳴。耳元に触れる熱さ、濡れた感触が這う。ひっそりと、でも確かな水音が耳奥に注がれて腰が跳ねた。

「!」

自分では抑えきれない動きに、顔が羞恥で熱を持つ。

(こんなのっ…!)

「黙っていろ」と言われて、反射で出そうになる言葉を飲み込むけれど、口を閉じても鼻から抜けそうになる吐息を止められない。

「っ!」

「…」

耳から滑り降りた感触が、下へ下へ、首筋を這い鎖骨を伝う動きに、我慢できない涙が浮かぶ。通りすぎた舌が、反対側の首筋を舐め上げ―

「ぁ!?」

不意に、胸元が大きな掌で包まれた。薄い肌着一枚、ゴツゴツした指の硬さも熱さも伝わってくる。やわやわと動く掌の動きに、否応無く呼び覚まされていく熱。

「…ユーグッ…」

「…」

もう、全身が熱くて堪らない。逃がせない熱に、身体の自由を奪われる。痺れる指先を伸ばせば、その手を握られた。真っ直ぐな瞳がこちらを見下ろしている。

(ユーグ、ユーグ…)

止めて欲しいのか、そうじゃないのか。このまま流されてしまいたいとも思うのに、ユーグを薬の力で惑わすような行為、変なプライドが邪魔をして、「それは駄目だ」とブレーキをかける。

掴まれたままの手を引き寄せたくて、でも出来ないまま、一心に見上げる先、ユーグの瞳が揺れた気がした。

ボーっとする頭でその瞳を見つめ続ける。濡れた瞳、ユーグが小さく息を吐いた。

「…寝ろ。」

「…」

優しい響きが落ちてきた。何か答えようとして、だけど、それが音に成る前に、大きな身体に包み込まれる。一瞬、感じた重み、直ぐに身体を引き寄せられ、向かい合うようにして抱き締められた。

心地よい熱と重みに誘われて、あれほど激しく鳴っていた心臓がユックリと落ち着きを取り戻していく。

ここは、安心できる。この人の、この腕の中なら、私は大丈夫―

(ユーグ…)

急激に訪れた疲労感、意識が眠りへと落ちていった。




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