33 / 56
第三章 夏祭りと嫉妬する心
3-11 Side M
しおりを挟む
一目見た時からわかっていた。
あの雄は、私のものだと―
「ッキャァァアアア!!」
「何だっ!?」
客をもてなすラウンジ。一夜の夢を買いに来た男達が、酒を片手に今宵の蝶を品定めするこの場に、いくつもの悲鳴が上がった。
「…これは、何事かしら?」
向けた視線の先、美しい獣がグラスを蹴散らしテーブルの上に降り立つ。掴んでいた男の身体を無造作に放り投げ、飛んできた身体にまた周囲から悲鳴が上がった。
「ユーグ…」
「…」
名を呼べば、鋭い視線に囚われる。男から立ち昇る怒気は、この身を溶かす媚薬。
「一体、これはどういうことかしら?彼は何者?何があなたの機嫌を損ねているの?」
「…手を出すな。あれは俺のものだ。」
「…あら。困ったわ。あなたが、何の話をしているのか…」
男の口にした、「俺のもの」という言葉に、僅かに気分がささくれ立つ。彼の言う「あれ」、彼の傍に居るというだけの、彼の本性を理解しようともしないただの人間―
「…でも、そうね。あなたが言うなら、きっと、このお店の誰かがあなたのものに手を出してしまったのね。」
「…」
「ごめんなさい、ユーグ。こちらできちんと対処すると約束するわ。だから、どうか、許してくれる?」
「…」
黙ったまま、抑えきれない怒気をぶつけてくる男を見つめる。ゾクゾクするような視線に晒され、身体が歓喜の悲鳴を上げる。
(ああ、素敵…)
ユーグの怒気に触れ、それでも恐れを感じないのは、理解しているから。
彼がどれほどの怒りを湛えていようと、その力が私に及ぶことは無い。他の誰にその怒りをぶつけようと、
ユーグは私を許すー
絶対的な確信を持ったそれに、陶然と二人の時間に身を任せる。
暫し見つめ合った後、ユーグが視線を逸らした。
「…」
「あら?もう、お帰りになるの?」
何も言わず背を向けた男に、自然、口角が上がる。
(やっぱり、あなたは…)
「ねぇ、ユーグ?今日はこんなことになってしまって残念だわ。でも、どうか、また遊びにいらしてね?」
「…」
去り行く男の背中を最後まで見送って、さて、とその場の後始末を考える。
(…ユーグにも、ああ言ってしまったし、流石にあの子達はなんとかしないと駄目ね…)
彼の怒りに触れたのだ。稼ぎは良かったので気に入っていた子達だが、このまま店で飼い続けるわけにはいかないだろう。こんな事態を引き起こした張本人達、少しは期待し、今回は手も貸してやったというのに。結局、無力な女の一人も消すことができなかった。
(本当に、やっと邪魔者が消えたと思っていたのに、今度はあんな女に邪魔されるなんて。)
それでも、もう、あと少し―
ユーグの傍に居るせいで、少々、手間はかかるが、何の力も持たない女を排除することなど容易いもの。諦めるつもりはない。取り返してみせる。今度こそ完全に手に入れる。あの美しい獣は私のもの、私だけの雄なのだから―
あの雄は、私のものだと―
「ッキャァァアアア!!」
「何だっ!?」
客をもてなすラウンジ。一夜の夢を買いに来た男達が、酒を片手に今宵の蝶を品定めするこの場に、いくつもの悲鳴が上がった。
「…これは、何事かしら?」
向けた視線の先、美しい獣がグラスを蹴散らしテーブルの上に降り立つ。掴んでいた男の身体を無造作に放り投げ、飛んできた身体にまた周囲から悲鳴が上がった。
「ユーグ…」
「…」
名を呼べば、鋭い視線に囚われる。男から立ち昇る怒気は、この身を溶かす媚薬。
「一体、これはどういうことかしら?彼は何者?何があなたの機嫌を損ねているの?」
「…手を出すな。あれは俺のものだ。」
「…あら。困ったわ。あなたが、何の話をしているのか…」
男の口にした、「俺のもの」という言葉に、僅かに気分がささくれ立つ。彼の言う「あれ」、彼の傍に居るというだけの、彼の本性を理解しようともしないただの人間―
「…でも、そうね。あなたが言うなら、きっと、このお店の誰かがあなたのものに手を出してしまったのね。」
「…」
「ごめんなさい、ユーグ。こちらできちんと対処すると約束するわ。だから、どうか、許してくれる?」
「…」
黙ったまま、抑えきれない怒気をぶつけてくる男を見つめる。ゾクゾクするような視線に晒され、身体が歓喜の悲鳴を上げる。
(ああ、素敵…)
ユーグの怒気に触れ、それでも恐れを感じないのは、理解しているから。
彼がどれほどの怒りを湛えていようと、その力が私に及ぶことは無い。他の誰にその怒りをぶつけようと、
ユーグは私を許すー
絶対的な確信を持ったそれに、陶然と二人の時間に身を任せる。
暫し見つめ合った後、ユーグが視線を逸らした。
「…」
「あら?もう、お帰りになるの?」
何も言わず背を向けた男に、自然、口角が上がる。
(やっぱり、あなたは…)
「ねぇ、ユーグ?今日はこんなことになってしまって残念だわ。でも、どうか、また遊びにいらしてね?」
「…」
去り行く男の背中を最後まで見送って、さて、とその場の後始末を考える。
(…ユーグにも、ああ言ってしまったし、流石にあの子達はなんとかしないと駄目ね…)
彼の怒りに触れたのだ。稼ぎは良かったので気に入っていた子達だが、このまま店で飼い続けるわけにはいかないだろう。こんな事態を引き起こした張本人達、少しは期待し、今回は手も貸してやったというのに。結局、無力な女の一人も消すことができなかった。
(本当に、やっと邪魔者が消えたと思っていたのに、今度はあんな女に邪魔されるなんて。)
それでも、もう、あと少し―
ユーグの傍に居るせいで、少々、手間はかかるが、何の力も持たない女を排除することなど容易いもの。諦めるつもりはない。取り返してみせる。今度こそ完全に手に入れる。あの美しい獣は私のもの、私だけの雄なのだから―
27
お気に入りに追加
1,581
あなたにおすすめの小説
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
美形王子様が私を離してくれません!?虐げられた伯爵令嬢が前世の知識を使ってみんなを幸せにしようとしたら、溺愛の沼に嵌りました
葵 遥菜
恋愛
道端で急に前世を思い出した私はアイリーン・グレン。
前世は両親を亡くして児童養護施設で育った。だから、今世はたとえ伯爵家の本邸から距離のある「離れ」に住んでいても、両親が揃っていて、綺麗なお姉様もいてとっても幸せ!
だけど……そのぬりかべ、もとい厚化粧はなんですか? せっかくの美貌が台無しです。前世美容部員の名にかけて、そのぬりかべ、破壊させていただきます!
「女の子たちが幸せに笑ってくれるのが私の一番の幸せなの!」
ーーすると、家族が円満になっちゃった!? 美形王子様が迫ってきた!?
私はただ、この世界のすべての女性を幸せにしたかっただけなのにーー!
※約六万字で完結するので、長編というより中編です。
※他サイトにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
悪役令嬢、追放先の貧乏診療所をおばあちゃんの知恵で立て直したら大聖女にジョブチェン?! 〜『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件〜
華梨ふらわー
恋愛
第二王子との婚約を破棄されてしまった主人公・グレイス。しかし婚約破棄された瞬間、自分が乙女ゲーム『どきどきプリンセスッ!2』の世界に悪役令嬢として転生したことに気付く。婚約破棄に怒り狂った父親に絶縁され、貧乏診療所の医師との結婚させられることに。
日本では主婦のヒエラルキーにおいて上位に位置する『医者の嫁』。意外に悪くない追放先……と思いきや、貧乏すぎて患者より先に診療所が倒れそう。現代医学の知識でチートするのが王道だが、前世も現世でも医療知識は皆無。仕方ないので前世、大好きだったおばあちゃんが教えてくれた知恵で診療所を立て直す!次第に周囲から尊敬され、悪役令嬢から大聖女として崇められるように。
しかし婚約者の医者はなぜか結婚を頑なに拒む。診療所は立て直せそうですが、『医者の嫁』ハッピーセレブライフ計画は全く進捗しないんですが…。
続編『悪役令嬢、モフモフ温泉をおばあちゃんの知恵で立て直したら王妃にジョブチェン?! 〜やっぱり『医者の嫁』ライフ満喫計画がまったく進捗しない件~』を6月15日から連載スタートしました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/500576978/161276574
完結しているのですが、【キースのメモ】を追記しております。
おばあちゃんの知恵やレシピをまとめたものになります。
合わせてお楽しみいただければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる