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第三章 夏祭りと嫉妬する心

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ふらつきそうになる足で店にたどり着いた途端、待っていてくれたらしいトキさんに「先に服を着替えておいで」と促されて、三階への階段を上った。水を吸って身体に張り付く重い布を脱ぎ捨て、温いシャワーを浴びる。何度も身体をこすって、まだ身体に染み込んでいる気がする匂いを落とした。

「…トキさん、すみません、お待たせしました。」

「…少しは、落ち着けた?」

「はい…」

男に追いかけられた瞬間を思い出せば、まだ身体が震えそうになる。それでも、灯りの点る店内、馴染んだ匂いの中に居ることにホッとする。

「うん、じゃあ、こっちに来て。話を聞かせてくれる?」

トキさんの声に導かれ、連れていかれたのは店の奥の個室。布の間仕切りで区切られたそこへ足を踏み入れた途端、目にした光景に息を呑んだ。

「っ!」

(何でっ!?)

店に居ないと思っていたガットとルナール、ボルドの三人が、直立不動の姿勢で立たされていた。しかも、三人の頬には傍目にもわかる殴られた痕。

「…」

「…じゃあ、何があったのか、話してくれる?」

三人には触れず、そう尋ねるトキさんと彼らを見比べた後、結局、どうしていいかわからずに、トキさんに問われた質問に答えることに神経を向けた。

「…ルナールにお祭りに連れて行ってもらったんですけど、途中で、はぐれてしまって。」

「…どうしてルナールだったの?ボルドじゃなくて。」

その質問にどう答えるべきか、一瞬、並んで立つ三人を視線でうかがうが、彼らは直立のまま、視線も合わない。結局、正直に答えるしかなくて、

「…ボルドは、その、寝ていて、それで、ルナールが連れて行ってくれるというので…」

「そう。で、ルナールとはぐれた後、何があったの?」

「…黒猫の館のデリア達に捕まってしまって、服を着替えさせられたり、お化粧をされたりして…」

「化粧…?」

「はい。…多分、お祭りに放り出して、私が酔っ払いにでも襲われればいいと思っていたみたいです。」

「なるほどね。…されたのはそれだけ?濡れていたのは?」

聞かれて、濡れねずみだったことも心配をかけていたのだと知る。

「濡れていたのは…。…香水、何か媚薬のようなものをかけられて、それを落としたくて、水は自分でかぶりました。」

「媚薬か。…ルナール、何の匂いか分かる?」

「薬…、多分、疑似フェロモン系の匂いだと思います。」

「っ!下種がっ…」

小さく呟かれた声、だけど今までで一番のトキさんの怒りを感じる声に、身体がこわばった。トキさんの問いかけに淡々と答えたルナールは、無表情のままジッと床を見つめている。

「ごめん、続けて」というトキさんの言葉に、ルナールから視線を外し、続きの言葉を探す。

「…水をかぶった後、路地裏から抜け出そうとしたんですけど、その前に、獣人の男の人に見つかって、逃げたんです。けど…」

「…」

逃げた後の光景がまざまざと浮かび上がる。

「直ぐ、捕まって、首を絞められそうになって。でも、その人が、急に、燃え、燃えてっ。」

「…大丈夫、クロエ。大丈夫だから、ね?」

「…」

慰めるように背中に置かれた手に、目をきつく閉じて呼吸を整える。

「…それで、また逃げて、お店まで逃げて、でも、多分、追いかけられてたみたいで、お店の前でユーグが、ユーグに…」

「ああ。店の前でユーグが潰してた男がそうなんだね?」

「はい…」

「そう、なるほどね。…うん、まぁ大体わかった。」

そう言ったトキさんの真っ直ぐな瞳に見つめられ、

「ルナール達から聞いたのとは、少し話が違うようだけど。」

「!」

その言葉に思わず三人を見る。

(話が違う?どこ?何がだろう?)

示し合わせるつもりはないが、正直に話したつもりだったから、それが彼らの話と異なるということに不安を感じた。

「…ルナール、もう一度、話して。」

「はい。」

答えたルナールが淡々と話し出す。

「俺が、祭り…、闘技会を観に行こうと言い出しました。」

「!違っ!それは!」

「クロエ、君はちょっと黙ってて。口を挟まずに最後まで聞いて。」

「!」

トキさんの声の冷たさに言葉をのめば、ルナールがまたゆっくりと口を開き、

「…鐘楼から見ようという話になり向かっていましたが、途中、俺がクロエを故意に撒きました。」

「!」

ルナールの言葉に、やはりあの時の視線と笑いは見間違いではなかったのだと知り、胸が痛んだ。ただ、それも一瞬のこと―

「撒いた後、デリアに連れていかれるクロエの後を追って黒猫の館に行きました。」

(え…?)

続いたルナールの言葉に救い上げられる。

「直ぐに連れ戻すつもりでしたが、館でマリーヌに足止めされて助けに入れませんでした。」

「…それで、自力での救出は諦めて、俺たちに助けを求めたってことだね?」

「…はい。」

(そう、だったんだ…)

ルナールに見捨てられたと思っていたけれど、ギリギリのところで見捨てないでいてくれた。それが、自分で思った以上に嬉しくて、ガチガチに強張っていた身体の緊張が僅かに解けた。

こちらの様子を黙って見ていたトキさんが口を開く。

「…俺たちが館に着いた時には君は既に館に居なかった。一旦、こっちに戻っていないかを確認してから、手分けして探そうとしてたんだ。…そこに、君が自分で戻って来た。」

経緯の顛末を教えてくれたトキさんに頷く。

(良かった…)

怖かった、けれど、最悪の事態ではなかった。少なくとも、みんなが私を心配して探そうとしてくれていた。その事実が、先ほどまでの恐怖を遠ざける。

(本当に、良かった…)

もう一度、安堵の息をついて、トキさんを見る。その視線は真っ直ぐにこちらを見つめたまま―

「…さて。じゃあ、クロエ、君はこいつらをどうしたい?」

静かな声が、鋭利な刃物みたいに突き刺さった。




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