26 / 56
第三章 夏祭りと嫉妬する心
3-4
しおりを挟む
私的基準で言えば、「ゴング前のボクシング」でギリだ。それもテレビ中継、画面越しの映像に限る。試合終了後のインタビューなんて、「早く治療させてあげなよ!」としか思えない。プロレスも、選手の肉体や技術を賛美することはあっても、流血シーンにはこちらの血の気が引く。大晦日にやるタイプに到っては、「足!?足で蹴るとか!?」と、想像した痛みに勝手に悶えたくなる。
つまり、例えそれがスポーツや格闘技という名のつくものであろうと、私は人を蹴ったり殴ったりが怖い。リアルやんちゃ系はもっと苦手、武装するような人種は未知の世界。なのに、
(…身内がそんな世界にどっぷりとか…)
日が暮れる町の端、月兎亭のテーブルの一つに突っ伏して呻く。人気の無い店内、耳に届くのは、店の外、遠くから聞こえてくる歓声、今日の祭りの盛り上がりを伝えてくる―
(…結局、ダメだったな…)
ごちゃごちゃと悩んだ末、夏月祭に出かける気にもなれなくて、臨時休業のお店に一人残ってのお留守番。「また来年もあるからね」と言ってくれたトキさんは、未だその姿どころか名前も教えてもらえずに幻の存在とかしている彼の番と一緒にお祭りへと出かけて行った。どうやら、番さんに「遊びに行きたい」と泣いてお願いされたらしい。
(それで、お店休んでお祭りデートしてくれるとか、やっぱり、トキさん優しい…)
そして、羨ましい―
「はぁー。私もラブラブデートしたい。」
そんなユーグは想像できなくても、言ってみるだけなら許されるだろう。そうやってグダグダしているところに、いきなり店の扉が開いた。「すみません、今日はお店お休みです」と伝えるつもりで上げた視線の先、現れた大きな影に少し驚く。
「あれ?ボルド?」
「…」
店の中に入ってきた巨体がのっそりと近づいてくる。
「お祭りは?行かなかったの?」
「ああ…。祭りは苦手だ。…人が多くて、潰しそうになる。」
「えー!」
笑おうとして、ボルドならあり得なくはないと気づいて、笑いが引っ込んだ。
「…クロエは、行かないのか?クロエが行きたいなら、連れていく。」
「うーん。ありがとう。…でも、今年は止めとく。」
「…」
いくら皆が認める最強の男だろうと、旦那が命がけで殴り合ってる横でりんご飴を舐める気概は無い。
(…来年までに、その気概が養えるかはわからないけど。)
「ボルド、ご飯もう食べた?まだなら、何か作ろうか?」
「…食べる。」
「了解。」
多分、私を気遣って。ご飯も食べずに様子を見に来てくれた優しい熊の子に、好物を作ってあげようと決めた。幸い、臨時休業で余った食材がそこそこある。その中から、「彼の好む肉料理を」とキッチンに立ったところで、再び店の扉が開いた。
「あー、やっぱ、ボルドも来てたか。」
「お前、暇なの?」
両手いっぱいに祭りの戦利品らしきものを抱えた二人組の登場に、一気に店の中が騒がしくなった。
「…ガットとルナールは、お祭り楽しんで来た後?」
「おー。まぁ、一通りは制覇したな。」
「…はい、お土産。」
ボルドと同じテーブルについた二人が、ボルドの前に戦利品の食べ物を積み上げていく。
「焼いた肉と甘いもんはそこそこあったんだけどさぁ。腹にたまるもんがねぇんだよな。」
「肉も固いしね。マズい。」
「…」
トキさんの料理に舌を慣らされてしまっている彼らに、夜店の味はもの足りなかったらしい。
「…二人も、何か食べる?」
「食う、肉。」
「俺は、腹にたまるもの。」
適当なリクエストにうなずいて、取り敢えず、下ごしらえ済みの鶏の唐揚げを揚げにかかる。
「…」
高温の油の中、ジュージューと音を立てる肉の塊を眺めながら、少しボーっとする。忘れたつもりで、納得したつもりで背を向けた町の喧騒が、騒がしい男たちのおかげで今は遠い。だけど、店の外のあの暗闇の先、光の当たる場所でユーグは―
「…お前、何か顔、変じゃねぇ?」
「…いきなり喧嘩売ってくるなら、ガットは唐揚げなし。」
「はぁーっ!?」
気づけば、カウンターから身を乗り出すようにしてこちらを見ていたガット。彼の目に映る自分は一体どんな顔をしていたのか。
(変な顔はしてたかもしれないけど、顔は変じゃない、はず…)
気を取り直し、盛り付けた唐揚げの山を彼らの前に運ぶ。テーブルの上、お皿を置くこちらをジッと見つめるルナールの金の瞳。
「…なに?」
「…連れてってあげようか?」
「え?」
「行きたいんでしょ?闘技会。…俺が、連れてってやるよ。」
つまり、例えそれがスポーツや格闘技という名のつくものであろうと、私は人を蹴ったり殴ったりが怖い。リアルやんちゃ系はもっと苦手、武装するような人種は未知の世界。なのに、
(…身内がそんな世界にどっぷりとか…)
日が暮れる町の端、月兎亭のテーブルの一つに突っ伏して呻く。人気の無い店内、耳に届くのは、店の外、遠くから聞こえてくる歓声、今日の祭りの盛り上がりを伝えてくる―
(…結局、ダメだったな…)
ごちゃごちゃと悩んだ末、夏月祭に出かける気にもなれなくて、臨時休業のお店に一人残ってのお留守番。「また来年もあるからね」と言ってくれたトキさんは、未だその姿どころか名前も教えてもらえずに幻の存在とかしている彼の番と一緒にお祭りへと出かけて行った。どうやら、番さんに「遊びに行きたい」と泣いてお願いされたらしい。
(それで、お店休んでお祭りデートしてくれるとか、やっぱり、トキさん優しい…)
そして、羨ましい―
「はぁー。私もラブラブデートしたい。」
そんなユーグは想像できなくても、言ってみるだけなら許されるだろう。そうやってグダグダしているところに、いきなり店の扉が開いた。「すみません、今日はお店お休みです」と伝えるつもりで上げた視線の先、現れた大きな影に少し驚く。
「あれ?ボルド?」
「…」
店の中に入ってきた巨体がのっそりと近づいてくる。
「お祭りは?行かなかったの?」
「ああ…。祭りは苦手だ。…人が多くて、潰しそうになる。」
「えー!」
笑おうとして、ボルドならあり得なくはないと気づいて、笑いが引っ込んだ。
「…クロエは、行かないのか?クロエが行きたいなら、連れていく。」
「うーん。ありがとう。…でも、今年は止めとく。」
「…」
いくら皆が認める最強の男だろうと、旦那が命がけで殴り合ってる横でりんご飴を舐める気概は無い。
(…来年までに、その気概が養えるかはわからないけど。)
「ボルド、ご飯もう食べた?まだなら、何か作ろうか?」
「…食べる。」
「了解。」
多分、私を気遣って。ご飯も食べずに様子を見に来てくれた優しい熊の子に、好物を作ってあげようと決めた。幸い、臨時休業で余った食材がそこそこある。その中から、「彼の好む肉料理を」とキッチンに立ったところで、再び店の扉が開いた。
「あー、やっぱ、ボルドも来てたか。」
「お前、暇なの?」
両手いっぱいに祭りの戦利品らしきものを抱えた二人組の登場に、一気に店の中が騒がしくなった。
「…ガットとルナールは、お祭り楽しんで来た後?」
「おー。まぁ、一通りは制覇したな。」
「…はい、お土産。」
ボルドと同じテーブルについた二人が、ボルドの前に戦利品の食べ物を積み上げていく。
「焼いた肉と甘いもんはそこそこあったんだけどさぁ。腹にたまるもんがねぇんだよな。」
「肉も固いしね。マズい。」
「…」
トキさんの料理に舌を慣らされてしまっている彼らに、夜店の味はもの足りなかったらしい。
「…二人も、何か食べる?」
「食う、肉。」
「俺は、腹にたまるもの。」
適当なリクエストにうなずいて、取り敢えず、下ごしらえ済みの鶏の唐揚げを揚げにかかる。
「…」
高温の油の中、ジュージューと音を立てる肉の塊を眺めながら、少しボーっとする。忘れたつもりで、納得したつもりで背を向けた町の喧騒が、騒がしい男たちのおかげで今は遠い。だけど、店の外のあの暗闇の先、光の当たる場所でユーグは―
「…お前、何か顔、変じゃねぇ?」
「…いきなり喧嘩売ってくるなら、ガットは唐揚げなし。」
「はぁーっ!?」
気づけば、カウンターから身を乗り出すようにしてこちらを見ていたガット。彼の目に映る自分は一体どんな顔をしていたのか。
(変な顔はしてたかもしれないけど、顔は変じゃない、はず…)
気を取り直し、盛り付けた唐揚げの山を彼らの前に運ぶ。テーブルの上、お皿を置くこちらをジッと見つめるルナールの金の瞳。
「…なに?」
「…連れてってあげようか?」
「え?」
「行きたいんでしょ?闘技会。…俺が、連れてってやるよ。」
18
お気に入りに追加
1,584
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……
木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。
恋人を作ろう!と。
そして、お金を恵んでもらおう!と。
ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。
捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?
聞けば、王子にも事情があるみたい!
それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!
まさかの狙いは私だった⁉︎
ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。
※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。
異世界に召喚されたけど、従姉妹に嵌められて即森に捨てられました。
バナナマヨネーズ
恋愛
香澄静弥は、幼馴染で従姉妹の千歌子に嵌められて、異世界召喚されてすぐに魔の森に捨てられてしまった。しかし、静弥は森に捨てられたことを逆に人生をやり直すチャンスだと考え直した。誰も自分を知らない場所で気ままに生きると決めた静弥は、異世界召喚の際に与えられた力をフル活用して異世界生活を楽しみだした。そんなある日のことだ、魔の森に来訪者がやってきた。それから、静弥の異世界ライフはちょっとだけ騒がしくて、楽しいものへと変わっていくのだった。
全123話
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています
四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……
取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので
モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。
貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。
──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。
……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!?
公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。
(『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)
異世界から帰ってきたら、大好きだった幼馴染みのことがそんなに好きではなくなっていた
リコピン
恋愛
高校三年生の夏休み直前、勇者として異世界に召喚された明莉(あかり)。無事に魔王討伐を終えて戻ってきたのは良いけれど、召喚される前とは色んなことが違っていて。
ずっと大好きだったイケメン幼馴染みへの恋心(片想い)も、気づけばすっかり消えていた。
思い描いていた未来とは違うけれど、こちらの世界へついてきてくれた―異世界で苦楽を共にした―友達(女)もいる。残りわずかの高校生活を、思いきり楽しもう!
そう決めた矢先の新たな出会いが、知らなかった世界を連れてきた。
―あれ?私の勇者の力は、異世界限定だったはずなのに??
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる