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第三章 夏祭りと嫉妬する心

3-3 Side T

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「トキさん、『カゲツ祭』って何ですか?」

買い出しで合流した後から元気の無かったクロエ。店に着くなり彼女が口にした言葉に、彼女にまた要らぬことを吹き込んだ者がいることを知る。

「…夏月かげつ祭って言うのはフォルトの夏の祭り、まぁ、由来はあるのかもしれないけど、要するに、町全体で飲んで騒いで楽しもうってやつだね。」

「…飲んで騒ぐ、いつもと変わらないような。」

「まぁ、ね?ただ、当日は夜店も出るし、舞台なんかもあるから、子どもや女性も夜まで楽しめるお祭りではあるよ。」

「…なるほど。」

頷いたクロエは、買ってきた食材を片付けながら、また迷うように口を開いた。

「あの、そのお祭りで、闘技会?っていうのもあるんですか?」

「…うん、あるよ。」

「…それに、ユーグが出るって。」

「そうだね。毎年出てる。」

「闘技会って、具体的にどんなことするんですか?」

好奇心、だけど、躊躇いのあるクロエの言葉に逡巡する。恐らく、彼女の想像も及ばないような世界に、彼女がどう反応するか。

(怯える…、いや、ドン引きかな。)

「…ただの喧嘩大会だよ。本気で殴り合って誰が一番強いのか決めるっていうだけの。」

「え…?」

「一応、ルールはあるけどね。それでも、興奮した馬鹿が牙をむいたりするから、毎年、大怪我する奴はいるし、死人もたまに出る。」

「…」

目を見開き、青ざめたクロエが、言葉を呑む。ジッと見つめられて、

「…ユーグは、怪我とか…。ユーグは強いって、皆、言ってるけど…」

「うん、ユーグが強いのは本当。だから、あいつが怪我することはまず無いから、それは心配しなくても大丈夫。」

「…」

手元に視線を落としたクロエの手が動き、昼食用に買った食材を黙って刻み始めた。包丁の立てる音が暫く続いた後、

「…ユーグって、そんなに強いんですか?」

未だ不安の滲む声がポツリと聞こえた。

「…強いよ。獣人の中でも段違いに強い。単純な個としての戦闘力なら、ユーグはこの町、…多分、国レベルで言っても、最強に近い。」

「そんなに…。」

「うん。だから、本来ならこんな辺境の町で傭兵団なんてやってる器じゃないんだろうけどね。…俺達じゃ、ユーグの手足にすら成れていない。」

「え?…トキさんでも、ですか?」

その言葉に、揶揄でなく、純粋な自身への信頼を感じて苦笑する。

「そうだね。副団長なんてやってるけど、そもそも俺は力押しの戦闘が得意じゃない。戦闘は補助にまわることが多いかな。後は、罠や暗器なんかも。」

「…それはちょっと、想像できる、というか、とてもお似合いですというか…」

「この店も、幾つか仕掛けてあるんだけど、気づいた?」

「え!?」

途端、世話しなく視線を彷徨わせ始めた姿に笑って、

「まあ、得意と言ってもね、本当は、ユーグもそういうことは出来ちゃうんだ。ただ、面倒くさがってやらないだけで。…ああ、でも、君の指輪。その付与はユーグがやったんでしょ?」

「…はい。」

薄く朱を注いだ顔に、ユーグが何を思ってソレを成したのかを考える。彼にそのすべを教えた存在ー

「…ユーグの父親、正確には養父かな、ダグって言うんだけど、付与系が得意な人でね。…俺とユーグは、彼に傭兵としてのあれこれを叩き込まれたんだよ。」

「…ユーグには、『家族はいない』って聞いてたんですけど…」

「うん。孤児だったユーグを拾って育てたダグが、ユーグの唯一の家族だったんだけど。…ダグは、去年、亡くなったから。」

「去年…。じゃあ、本当につい最近…」

「…そうだね。」

だから、未だ、こんなにも痛いー

「…くろがねの牙は、もともと流れの傭兵だったダグが始めたものなんだ。ユーグや俺みたいな居場所の無い獣人に居場所や仲間を作るためにね。」

「…」

「ユーグはダグを慕ってたから、彼の残した鉄の牙を大切に思ってる。」

「あ、それはわかるかも、です。」

見上げる顔、眩しいものを見る眼差しを向けられる。

「ダグさんのことは知らなかったですけど、ユーグが鉄の牙を大切にしてるってのは、すごく。…皆と居る時のユーグって、素というか、全然しゃべらないで平気というか、…寛いで見えますよね。」

「うん。」

そう、在り続けたいと願っている。

己の強さには頓着しない男が、競う相手も無い闘いを続ける理由も、鉄の牙ここにあるから―

「…惰性であっても、ユーグが闘技会に出場するのはね、ダグの誇りを守るためなんだ。」

「…」

「彼の残した鉄の牙は最強でなくちゃいけない。だから、ユーグは闘い続ける。」

「…」

理解しろとは言わない。「誇り」のために命奪う力を奮うことを。鉄の牙において、暴力を手段とすることに躊躇う者などいない。

強張る表情、初めて彼女を目にした時と同じ顔で、クロエが問うてくる。

「…あの、その闘技会、観に行っても、」

「ああ、それは駄目。」

「え?」

複雑な戸惑いになど、気づかぬ振りで―

「闘技会は中央広場でやるんだけど、会場周りはね、興奮したバカのせいで、毎年、乱闘騒ぎになるんだ。危ないから、観に行くのは駄目。」

「…」

「祭り自体は、誰かと一緒なら遊びに行っても構わないよ?ボルド辺りに言えば、付き合ってくれると思う。」

「…はい。」

禁じる言葉に素直に頷いたクロエ。その表情かおに微かに見えるのは確かな安堵。自覚あるだろうそれに、彼女の顔が歪む。

(…逃げる口実に安心した自分が許せない、ってとこかな。…けど…)

クロエには可哀想だが、葛藤に折り合いをつける時間も与えてはやれないらしい。慣れ親しんだ気配の接近に、口を開く。

「…クロエ、帰ってきたみたいだから。」

「え?」

「肉に火、入れちゃおうか。」

「あっ!はい!」

料理が慌ただしく仕上げに入ったタイミングで、開かれる店の扉、

「腹減ったー!飯ー!肉ー!」

「お帰り。」

「お帰りなさい!」

騒々しい男を先頭に帰還した男達の中、クロエの視線がただ一人に向けられる。いっそ、滑稽なほどに憐れな恋情。恐れを隠し切れずに尚、惹き付けられ、逃れられない。

(…本当、厄介なのに惚れちゃったね。)

相容れない二人、彼女の本質は、じぶんたちさがから遠いところにあるー





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