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第三章 夏祭りと嫉妬する心
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「トキさーん、皆のお昼用のお野菜どうします?何なら食べそうですか、あの子達。」
ユーグに悶々として眠れない数日を過ごした後、図太く熟睡出来るようになった一ヶ月弱を経て、無事、獣人の皆さんの発情期は終わりを迎えた。おかげで漸く町を安心して歩けるようになったのだけれど、私はまだ念のため、トキさんの買い出しに付き合うくらいのことしかしていない。
「うーん。野菜はねぇ。いまだに困るんだよなぁ。」
八百屋の前で悩むトキさんの、今日は荷物持ちとして出向いている。
「…よし、スープで飲み込ませる方向でいこう。」
「了解です。」
頷いて、スープの材料を購入する。受け取ろうとした商品は横からトキさんに奪われていった。
「…今日は私、荷物持ちに来てるんですよ?」
「うん。持てなくなったらお願いするね。」
「…了解です。」
甘やかされつつのお仕事ではあるが、少しずつこの町に慣れていけということなんだろうと思い、今はありがたく甘受させて頂いている。そのまま、今日の昼食のメインであるお肉を買いに肉屋へ向かう途中、トキさんが不意に足を止めた。
「トキさん?」
「あそこ。」
トキさんの促す視線の先、目に飛び込んで来た集団に良くわからないトキメキを覚えた。
(最っ高に、恰好いい!!そして震えるほど怖い!!)
鉄の牙の傭兵たち、団長のユーグを先頭に脇を固めるガットとルナール、背後にはボルドを従えて、道のど真ん中を肩で風切って歩く集団。周囲が自然に道を空けていく。
(どうみてもマフィアのボスです。本当に…)
心の中でお礼を言って、自分の旦那の男ぶりに惚れ惚れする。歩いてるだけで恰好いいとか。
「…トキさん、あれって、今日の、巡回?のお仕事中、なんですよね?」
一応、そう聞いているし、そう見えなくも無いけれど、確認したくなった。
「そうだよ。商店街の巡回警備。…いい抑止力になってるでしょう?」
「…ですね。」
それ以外、何と答えればいいのか。
街の警備は本来なら王国騎士団の仕事。ただ、犯罪率が他所より高い傾向にあるこの町では、騎士団だけでは手が足りない。そのため、ギルドからの依頼という形で、いくつかの傭兵団が持ち回りで街の警備も担当しているらしい。
去って行く彼らの背中を見送りながら、そう言えばと気づく。
「鉄の牙の皆は帯剣してない、ですよね?」
「うん?どうして?」
「この前のユーグ殺気事件の時なんですけど、ガットとルナールが気づいたら抜身の剣を構えてて。」
「ああ。」
「あれって、どこから出てきたのか…。魔剣とか、魔法具的なものですか?」
「うーん、あれはねぇ。」
少し考えたトキさんがニコリと笑って、
「クロエは、うちの団が獣人中心だってのは気づいてる?」
「あ、はい、それは。…お店に来る人達も獣人ばっかりですよね。」
「そう。うちの団名にある『牙』って言うのは、獣人そのものと獣人の持つ能力を意味してるんだ。」
「能力…」
所謂、スキルのようなものだろうかと考える。
「獣人はね、攻撃行動に入る時に『牙』という自身の武器を出現させることが出来る。」
「…」
「…こんな風にね。」
そう言ったトキさんの右手には、いつの間にか十五センチほどの太い針のようなものが握られていて、
「ホントは、こんなところで出すのはマズいんだけど。」
という言葉とともに、一瞬で消えてしまう。
「…ガット達の剣も、今のと同じ?」
「そう。牙はその獣人固有のものだから形は色々変わるけど、本人の得意な得物の形をとることが多いかな。」
「なるほど。」
また一つ、獣人について知らなかったことを知った。こんなことが、後どれくらいあるのだろうかと不安にも思うが、知らないものは仕方ない。学んでいくしかないんだからと、気になったことを聞いてみる。
「ユーグの牙はどんな牙なんですか?」
「…気になる?」
「はい。…て、え?トキさん?」
何の気なしの質問に、トキさんがそれはもう、こちらが怯えるくらいのステキな微笑みを浮かべていらっしゃる。
「獣人が牙を剥く時って言うのは、本来、攻撃態勢に入ってる時なんだ。つまり、相当、気が立ってるってこと。」
「…」
「ユーグみたいに力の強い獣人は特に、強い破壊衝動に襲われて我を失うことになるから、滅多なことじゃ牙を剥かない…」
スッと細められた瞳は、いつかの冷たさが生温く感じるほどで、
「…だから、気軽に『見せて』なんて頼んじゃ駄目だよ?」
「っ!はい!」
全力で頷いた。本気で怖かった。
ただ、ぶっとい釘は刺されてしまったけれど、それでもトキさんは最後に普通に笑って、「ユーグの牙は大剣だよ」と教えてくれた。
ユーグに悶々として眠れない数日を過ごした後、図太く熟睡出来るようになった一ヶ月弱を経て、無事、獣人の皆さんの発情期は終わりを迎えた。おかげで漸く町を安心して歩けるようになったのだけれど、私はまだ念のため、トキさんの買い出しに付き合うくらいのことしかしていない。
「うーん。野菜はねぇ。いまだに困るんだよなぁ。」
八百屋の前で悩むトキさんの、今日は荷物持ちとして出向いている。
「…よし、スープで飲み込ませる方向でいこう。」
「了解です。」
頷いて、スープの材料を購入する。受け取ろうとした商品は横からトキさんに奪われていった。
「…今日は私、荷物持ちに来てるんですよ?」
「うん。持てなくなったらお願いするね。」
「…了解です。」
甘やかされつつのお仕事ではあるが、少しずつこの町に慣れていけということなんだろうと思い、今はありがたく甘受させて頂いている。そのまま、今日の昼食のメインであるお肉を買いに肉屋へ向かう途中、トキさんが不意に足を止めた。
「トキさん?」
「あそこ。」
トキさんの促す視線の先、目に飛び込んで来た集団に良くわからないトキメキを覚えた。
(最っ高に、恰好いい!!そして震えるほど怖い!!)
鉄の牙の傭兵たち、団長のユーグを先頭に脇を固めるガットとルナール、背後にはボルドを従えて、道のど真ん中を肩で風切って歩く集団。周囲が自然に道を空けていく。
(どうみてもマフィアのボスです。本当に…)
心の中でお礼を言って、自分の旦那の男ぶりに惚れ惚れする。歩いてるだけで恰好いいとか。
「…トキさん、あれって、今日の、巡回?のお仕事中、なんですよね?」
一応、そう聞いているし、そう見えなくも無いけれど、確認したくなった。
「そうだよ。商店街の巡回警備。…いい抑止力になってるでしょう?」
「…ですね。」
それ以外、何と答えればいいのか。
街の警備は本来なら王国騎士団の仕事。ただ、犯罪率が他所より高い傾向にあるこの町では、騎士団だけでは手が足りない。そのため、ギルドからの依頼という形で、いくつかの傭兵団が持ち回りで街の警備も担当しているらしい。
去って行く彼らの背中を見送りながら、そう言えばと気づく。
「鉄の牙の皆は帯剣してない、ですよね?」
「うん?どうして?」
「この前のユーグ殺気事件の時なんですけど、ガットとルナールが気づいたら抜身の剣を構えてて。」
「ああ。」
「あれって、どこから出てきたのか…。魔剣とか、魔法具的なものですか?」
「うーん、あれはねぇ。」
少し考えたトキさんがニコリと笑って、
「クロエは、うちの団が獣人中心だってのは気づいてる?」
「あ、はい、それは。…お店に来る人達も獣人ばっかりですよね。」
「そう。うちの団名にある『牙』って言うのは、獣人そのものと獣人の持つ能力を意味してるんだ。」
「能力…」
所謂、スキルのようなものだろうかと考える。
「獣人はね、攻撃行動に入る時に『牙』という自身の武器を出現させることが出来る。」
「…」
「…こんな風にね。」
そう言ったトキさんの右手には、いつの間にか十五センチほどの太い針のようなものが握られていて、
「ホントは、こんなところで出すのはマズいんだけど。」
という言葉とともに、一瞬で消えてしまう。
「…ガット達の剣も、今のと同じ?」
「そう。牙はその獣人固有のものだから形は色々変わるけど、本人の得意な得物の形をとることが多いかな。」
「なるほど。」
また一つ、獣人について知らなかったことを知った。こんなことが、後どれくらいあるのだろうかと不安にも思うが、知らないものは仕方ない。学んでいくしかないんだからと、気になったことを聞いてみる。
「ユーグの牙はどんな牙なんですか?」
「…気になる?」
「はい。…て、え?トキさん?」
何の気なしの質問に、トキさんがそれはもう、こちらが怯えるくらいのステキな微笑みを浮かべていらっしゃる。
「獣人が牙を剥く時って言うのは、本来、攻撃態勢に入ってる時なんだ。つまり、相当、気が立ってるってこと。」
「…」
「ユーグみたいに力の強い獣人は特に、強い破壊衝動に襲われて我を失うことになるから、滅多なことじゃ牙を剥かない…」
スッと細められた瞳は、いつかの冷たさが生温く感じるほどで、
「…だから、気軽に『見せて』なんて頼んじゃ駄目だよ?」
「っ!はい!」
全力で頷いた。本気で怖かった。
ただ、ぶっとい釘は刺されてしまったけれど、それでもトキさんは最後に普通に笑って、「ユーグの牙は大剣だよ」と教えてくれた。
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