上 下
20 / 56
第二章 嫁入りと恋の季節

2-7

しおりを挟む
(…どうして、こんなことに…)

後悔というものは、いつでも後からやってくる。その言葉を噛み締めながら、目の前のカウンター、新妻の手作りカルボナーラを口へと運ぶユーグを見つめる。

(…初手料理、もっと、気合い入れたもの食べて欲しかった。せめて、もうちょっとまともに作ってたら…)

お腹に入れば何でもいい十代の胃袋を掴むために作った効率重視の手抜きカルボナーラではなく、生地から作る生麺パスタ、イベリコ豚の無添加ベーコンを使ってー

(もう、明らかにベーコンの厚みがおかしいし。)

それは、私の包丁捌きの問題ではなく、あなたの左右を陣取ってキャッキャしてる狐と猫のリクエストですからねと、心の中で言い訳だけはしておく。

「…ボルド、私達も食べよっか?」

「…」

軽く洗い物を済ませていた私に付き合って、未だ食事にありつけていなかったボルドと二人、カウンターに並んで座る。

(いいよ、いいよ。ボルドがそっちに座りな。)

カウンターの中から、ユーグをチラチラ気にしていたボルド。少しでも彼に近い席が良いだろうと、彼の巨体をユーグ達の方へ押しやる。

(まぁ、間にルナールが居るけどね。)

ユーグには一歩も近づかせまいという意思を感じる二人の布陣だけれど、ユーグを慕っているのは間違いなく、先ほどまでの私へのツンが嘘のようにはしゃいでいる。

(…こうしてじゃれてるのを見る分には、目の保養なんだけどなぁ。)

ガットもルナールも、成長途中の線の細さはあるけれど、ヤンチャ系の整った顔立ちをしている。前世基準ではド派手に見えるガットのツンツン赤髪もルナールの金髪も、こちらでは割とスタンダード、その上のケモ耳オプションを考えれば、女の子にもかなりモテるはず。

くろがねの牙』の入団条件には「※但し、イケメンに限る」があるのか、と考えて、ハッとした。ハッとして、

(っ!ごめん、ボルド!『でも、ボルドが居たな』って、ハッとしてごめん!!)

隣で黙々とパスタの山を消費する男の子に心の中で手を合わせ、

「ボルド、お代わりする?」

「…」

空きそうになっていたお皿に、そう尋ねれば、ボルドはコクリと頷いて残りを食べきった。差し出されたお皿を受け取り、キッチンへと回る。

よそったお代わりの山を、また黙々と消費し始めたボルドを眺めながら、言い訳を続けてみる。

(…いや、実際、ボルドみたいなタイプの方が、結婚相手としては好かれるから。木訥と優しい熊さんとか、モテモテよ?)

前世、シレッと結婚を決めていった周囲の男達を思い出す。お見合い相手としても、中々に競争率の高かったタイプ。結婚に安定と安心を求める以上は、そうなってしまうんだろう。

(…それでいうと、この中で一番、結婚に向かないのってユーグなんじゃ…)

寡黙なアウトロー。家族なんて必要としない雰囲気バリバリの一匹狼が、何故か自分の旦那さん。何度も不思議に思うし、何度も奇跡に感謝する。

思わずうっとりしそうになる視線を慌てて剥がし、残り三人を見回した。

(お代わり、お代わりはいらんかねー。)

彼らのお皿の減りを目視で巡回していたら、ボルドの手元に視線を惹き付けられた。四人並ぶ中でも一番大きな身体。大きな手に握られたフォークが、オモチャみたいに小さく見えて、

(可愛いなー。)

なんて、眺めていたらー

「っ!?」

「!!」

背筋に走った悪寒、同時に、椅子の倒れる音、ユーグの左右で立ち上がった二人、カウンターを飛び越えた巨体が目の前に立ち塞がりー







緊迫した空気、立ち塞がるボルドの背は私を守ってくれているんだろう。椅子を倒して立ち上がったガットとルナールの視線は店の入口、手にはいつの間にか大型ナイフと剣を握り、油断なく身構えたまま。ユーグだけは、変わらぬ体勢で、平然とカップの水を飲み干している。

(…息が、苦しい。)

呼吸音さえも許されないような静寂の中、店の扉が小さく音を立てて開きー

「…これは、一体、何事?」

「え?あれ?トキさん」

「ええぇっ!?」

現れた人物の姿に、一気に二人組の緊張が溶けた。ボルドも漸く身じろぎして、

(っ!よ、良かったー。)

この一瞬で何が起こっていたのかは、全く分からない。でも、多分、問題は無かったか、無くなったらしい気配に、今さらながら変な汗が噴き出してきた。

緊張を弛めた広い背中から顔を覗かせれば、店の入口に立ったトキさんが、大きな荷物を抱えたまま、ユーグを見ている。

(ん?)

よく見れば、全員の視線がユーグを向いていて、

「ユーグ?今のはやっぱり、君の殺気?」

(殺気?)

「見たとこ、何も問題はないようだけど。…何かあったの?」

最後の一言は、何も言わないユーグではなく、周囲の私達へ向けられたもの。そもそも何が起きていたのかもよくわからない私は首を振るしかなく、残り三人も、困ったようにユーグを見るだけ。

結局、諦めたようにトキさんがため息をついて、

「ユーグ、むやみに殺気なんて飛ばさないでよ。ただでさえ、この子らは君の気配に敏感なんだから。」

「…寝る。」

(えーっ!?)

「まったく…」

やれやれって感じのトキさんを放って、本当に階段を上って行こうとするユーグ、一段目で足を止めて、ジッとこちらを見てくるから、魔が差した。

「…美味しかった?カルボナーラ…」

「…ああ。」

「!」

(っやったー!!)

脳内ファンファーレが鳴り響く中、階段を上って行くユーグの後ろ姿を見送る。振り向いて、ドヤ顔のまま残ったみんなを見まわしたら、ガットとルナールには嫌そうな顔をされて、ボルドはうんうんって頷いてくれた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…

甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。 身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。 だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!? 利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。 周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…

獣人の世界に落ちたら最底辺の弱者で、生きるの大変だけど保護者がイケオジで最強っぽい。

真麻一花
恋愛
私は十歳の時、獣が支配する世界へと落ちてきた。 狼の群れに襲われたところに現れたのは、一頭の巨大な狼。そのとき私は、殺されるのを覚悟した。 私を拾ったのは、獣人らしくないのに町を支配する最強の獣人だった。 なんとか生きてる。 でも、この世界で、私は最低辺の弱者。

司令官さま、絶賛失恋中の私を口説くのはやめてください!

茂栖 もす
恋愛
私、シンシア・カミュレは、つい先日失恋をした。…………しかも、相手には『え?俺たち付き合ってたの!?』と言われる始末。 もうイケメンなんて大っ嫌いっ。こうなったら山に籠ってひっそり生きてやるっ。 そんな自暴自棄になっていた私に母は言った。『山に籠るより、働いてくれ』と。そして私は言い返した『ここに採用されなかったら、山に引き籠ってやるっ』と。 …………その結果、私は採用されてしまった。 ちなみに私が働く職場は、街の外れにある謎の軍事施設。しかも何故か司令官様の秘書ときたもんだ。 そんな謎の司令官様は、これまた謎だけれど私をガンガン口説いてくる。 いやいやいやいや。私、もうイケメンの言うことなんて何一つ信じませんから!! ※他サイトに重複投稿しています。

転生した平凡顔な捨て子が公爵家の姫君?平民のままがいいので逃げてもいいですか

青波明来
恋愛
覚えているのは乱立するビルと車の波そして沢山の人 これってなんだろう前世の記憶・・・・・? 気が付くと赤ん坊になっていたあたし いったいどうなったんだろ? っていうか・・・・・あたしを抱いて息も絶え絶えに走っているこの女性は誰? お母さんなのかな?でも今なんて言った? 「お嬢様、申し訳ありません!!もうすぐですよ」 誰かから逃れるかのように走ることを辞めない彼女は一軒の孤児院に赤ん坊を置いた ・・・・・えっ?!どうしたの?待って!! 雨も降ってるし寒いんだけど?! こんなところに置いてかれたら赤ん坊のあたしなんて下手すると死んじゃうし!! 奇跡的に孤児院のシスターに拾われたあたし 高熱が出て一時は大変だったみたいだけどなんとか持ち直した そんなあたしが公爵家の娘? なんかの間違いです!!あたしはみなしごの平凡な女の子なんです 自由気ままな平民がいいのに周りが許してくれません なので・・・・・・逃げます!!

王妃候補は、留守番中

酒田愛子(元・坂田藍子)
恋愛
貧乏伯爵の娘セリーナは、ひょんなことから王太子の花嫁候補の身代りに王宮へ行くことに。 花嫁候補バトルに参加せずに期間満了での帰宅目指してがんばるつもりが、王太子に気に入られて困ってます。

処理中です...