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第一章 集団お見合いと一目惚れ
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うん、わかってたー
建物の外まで響き渡っていた喧騒から、この中も、大通りで目にしたアレらと大差ないんだろうってことは。
「…」
「…」
(痛い、痛いよ視線が…)
ユーグにくっついて―飲み屋か食堂らしき―店の奥へと進む。食べ物とアルコール、それから客の体臭らしきものが入り交じり、なかなかハードな有香空間。だけど、先ほど聞こえていた喧騒は嘘のように消え失せて、静まり返った店の中、意識のある者全ての視線が、ユーグ、もしくは私に向けられている。
(恐いー!)
チラチラと視界の端に入る人達は、この街に入ってから目にした人達のご多分に漏れず、厳つく、荒々しい肉体を惜しげもなく晒している。そんな彼らの周りには、チラホラとではあるが、かなり際どい、扇情的な女性達がへばりついていて、もちろん、そんな彼女達の視線も、もれなくこちらに釘付けだ。
「…トキ。」
ユーグが、店の奥のカウンター、そこに立っていたマスターらしき人物の名を呼んだ。
「お帰り、ユーグ。」
優しい声音。この空間に何とも不似合いなその声に、視線を上げれば、
(垂れ耳!?ウサギ!ロップイヤー!?)
一つ結びにした明るい茶髪の上でフワフワな薄茶の耳を揺らす、柔和な笑顔のイケメンに見下ろされていた。
「…こいつに、飯。」
「ユーグは?」
「寝る。」
(え!?え!?)
クァッと欠伸をしたユーグはそのままこちらに背を向けて、店の入口近くにあった階段へと向かっていく。
(ま、待って待って!これは、この状況は、どうすれば!?)
盛大に焦るこちらの心中などお構いなしのユーグ。結局、呼び止めることもできずにその背中を見送って、ソロリと視線を向ければ、トキと呼ばれていたウサミミのお兄さんがヤレヤレと言わんばかりにため息をついた。
「全く、この状況で丸投げされても困るんだけど…」
「!?」
同じようなことを考えて、けれどウサミミさんにとっては、迷惑をかけているのは私なので、
「すみません!」
勢いよく頭を下げた。
「ああ、ゴメンゴメン。謝らなくていいよ。どう考えても、君のせいじゃないからね。」
「…」
「…とりあえず、奥に行こうか?」
促されて、カウンターの横、カーテンで仕切られた奥のスペースに案内されて、再び息をのんだ。
(こ、れは…)
今、通過してきた店の中が、「荒くれ者達の集う酒場」風だったのに対し、こちらの奥まった部屋はどう見ても街のギャングやらマフィアやらが根城にして、ビリヤードやらダーツでもして遊んでいそうな雰囲気、一瞬、この世界に存在しないはずの緑色の台や黒赤白の盤が見えた気がした―
「…?どうかした?」
「あ、いえ…」
こちらを気にかけてくれるお兄さんに強ばる笑顔を返して、室内に視線をさ迷わせる。
(う、わぁ…)
部屋の中央にデンとおかれた立派なソファは、非合法な組織のドンとかボスとか呼ばれる人がふんぞり返っていそう。あ、左右に侍らす美女の姿も見えた気がする。ソファの前に置かれた年期の入ったテーブルにはそこかしこに斬りつけられたような傷が走っていて、ここでいったいどんなお料理ショーが行われたのかが非常に気になるところ―
「お腹は減ってる?」
「いえ、そこまでは…」
「そう?じゃあ、何か軽いもの作ってくるから、そこに座って待っててくれるかな?」
「はい…」
物腰柔らかにそう言ってくれたウサミミさんに逆らえるはずもなく、誘われるようにして、腰をおろした。
ドン・ソファに。
(硬い。思ったより硬い。そしてデカイ。)
深く腰かけてしまうと足がつかずに子どものようにブラブラしてしまうため、ソファの端っこに浅く腰かけ直して周囲を観察する。
(…よく見れば、お洒落な隠れ家的バー?に見えなくはない?あ、あっちにもソファがある。)
窓の無い薄暗い部屋。扉や間仕切りがあるわけではないから、食堂の喧騒―いつの間にか復活していた―も聞こえてくるが、所謂VIPルームのようなこの部屋に一人でいるのも落ち着かない。
前世でこそ、テレビや映画で見たことがある雰囲気だけれど、ど田舎でノホホンと生きてきた今世では全く無縁の場所。前世の記憶が無ければ、裸足で逃げ出していたかもしれない。
そうやって、キョロキョロ、ソワソワしている内に、両手にお皿を 持ったトキさんが戻ってきて、
「お待たせ、こんなものしか用意出来なかったけど。」
「いえ、あの、美味しそうです!ありがとうございます!」
目の前に置かれた美味しそうなスープとパスタの皿に、失せていたはずの食欲が戻ってきた。
「うん、じゃあ、食べながらでいいんだけどね?」
「はい。」
「君が誰で、とか。ユーグがどうして君を連れてきたのかとか、その辺を話して貰えるかな?」
「はい!」
自分でも、上手く説明できる自信のない事態。だから、とにかく、返事だけでも気合を入れた。
建物の外まで響き渡っていた喧騒から、この中も、大通りで目にしたアレらと大差ないんだろうってことは。
「…」
「…」
(痛い、痛いよ視線が…)
ユーグにくっついて―飲み屋か食堂らしき―店の奥へと進む。食べ物とアルコール、それから客の体臭らしきものが入り交じり、なかなかハードな有香空間。だけど、先ほど聞こえていた喧騒は嘘のように消え失せて、静まり返った店の中、意識のある者全ての視線が、ユーグ、もしくは私に向けられている。
(恐いー!)
チラチラと視界の端に入る人達は、この街に入ってから目にした人達のご多分に漏れず、厳つく、荒々しい肉体を惜しげもなく晒している。そんな彼らの周りには、チラホラとではあるが、かなり際どい、扇情的な女性達がへばりついていて、もちろん、そんな彼女達の視線も、もれなくこちらに釘付けだ。
「…トキ。」
ユーグが、店の奥のカウンター、そこに立っていたマスターらしき人物の名を呼んだ。
「お帰り、ユーグ。」
優しい声音。この空間に何とも不似合いなその声に、視線を上げれば、
(垂れ耳!?ウサギ!ロップイヤー!?)
一つ結びにした明るい茶髪の上でフワフワな薄茶の耳を揺らす、柔和な笑顔のイケメンに見下ろされていた。
「…こいつに、飯。」
「ユーグは?」
「寝る。」
(え!?え!?)
クァッと欠伸をしたユーグはそのままこちらに背を向けて、店の入口近くにあった階段へと向かっていく。
(ま、待って待って!これは、この状況は、どうすれば!?)
盛大に焦るこちらの心中などお構いなしのユーグ。結局、呼び止めることもできずにその背中を見送って、ソロリと視線を向ければ、トキと呼ばれていたウサミミのお兄さんがヤレヤレと言わんばかりにため息をついた。
「全く、この状況で丸投げされても困るんだけど…」
「!?」
同じようなことを考えて、けれどウサミミさんにとっては、迷惑をかけているのは私なので、
「すみません!」
勢いよく頭を下げた。
「ああ、ゴメンゴメン。謝らなくていいよ。どう考えても、君のせいじゃないからね。」
「…」
「…とりあえず、奥に行こうか?」
促されて、カウンターの横、カーテンで仕切られた奥のスペースに案内されて、再び息をのんだ。
(こ、れは…)
今、通過してきた店の中が、「荒くれ者達の集う酒場」風だったのに対し、こちらの奥まった部屋はどう見ても街のギャングやらマフィアやらが根城にして、ビリヤードやらダーツでもして遊んでいそうな雰囲気、一瞬、この世界に存在しないはずの緑色の台や黒赤白の盤が見えた気がした―
「…?どうかした?」
「あ、いえ…」
こちらを気にかけてくれるお兄さんに強ばる笑顔を返して、室内に視線をさ迷わせる。
(う、わぁ…)
部屋の中央にデンとおかれた立派なソファは、非合法な組織のドンとかボスとか呼ばれる人がふんぞり返っていそう。あ、左右に侍らす美女の姿も見えた気がする。ソファの前に置かれた年期の入ったテーブルにはそこかしこに斬りつけられたような傷が走っていて、ここでいったいどんなお料理ショーが行われたのかが非常に気になるところ―
「お腹は減ってる?」
「いえ、そこまでは…」
「そう?じゃあ、何か軽いもの作ってくるから、そこに座って待っててくれるかな?」
「はい…」
物腰柔らかにそう言ってくれたウサミミさんに逆らえるはずもなく、誘われるようにして、腰をおろした。
ドン・ソファに。
(硬い。思ったより硬い。そしてデカイ。)
深く腰かけてしまうと足がつかずに子どものようにブラブラしてしまうため、ソファの端っこに浅く腰かけ直して周囲を観察する。
(…よく見れば、お洒落な隠れ家的バー?に見えなくはない?あ、あっちにもソファがある。)
窓の無い薄暗い部屋。扉や間仕切りがあるわけではないから、食堂の喧騒―いつの間にか復活していた―も聞こえてくるが、所謂VIPルームのようなこの部屋に一人でいるのも落ち着かない。
前世でこそ、テレビや映画で見たことがある雰囲気だけれど、ど田舎でノホホンと生きてきた今世では全く無縁の場所。前世の記憶が無ければ、裸足で逃げ出していたかもしれない。
そうやって、キョロキョロ、ソワソワしている内に、両手にお皿を 持ったトキさんが戻ってきて、
「お待たせ、こんなものしか用意出来なかったけど。」
「いえ、あの、美味しそうです!ありがとうございます!」
目の前に置かれた美味しそうなスープとパスタの皿に、失せていたはずの食欲が戻ってきた。
「うん、じゃあ、食べながらでいいんだけどね?」
「はい。」
「君が誰で、とか。ユーグがどうして君を連れてきたのかとか、その辺を話して貰えるかな?」
「はい!」
自分でも、上手く説明できる自信のない事態。だから、とにかく、返事だけでも気合を入れた。
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