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第一章 集団お見合いと一目惚れ
1-9
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ガッチガチに固まったまま過ごした数時間、不意に、馬車の揺れが止まった。
「…」
「…ユーグ?」
抱えた私ごと上体を起こしたユーグを見上げれば、あまりの距離の近さに全力で目をそらしてしまう。彼が立ち上がろうとしていることに気がついて、急いで身を起こそうとしたのだけれど、
「ご、ごめん!」
「…」
思いっきりふらついてしまった身体は、ユーグに難なく受け止められた。今度はソロソロと身を離しながら、幌の外をうかがう。
「着いたの?ここがフォルト?」
「…」
幌の向こう、見えたのは、どこまでも続く、高く長い城壁―
ユーグに支えられながら降りた幌馬車。馬首を返して去っていくその背を見送って、ユーグと二人並んで歩き出す。そびえ立つ壁沿いに整備された街道、右手には鬱蒼と繁る森が広がっている。
(…これが、「魔の森」)
人の手の及ばない深い森。国内にいくつかある魔物の生息地を「魔の森」と呼ぶけれど、実際目にしたのは初めて。外から眺めるだけでも、何やら漂ってくる異様さに気圧されて、思わずユーグの上着の裾を掴んだ。
ユーグが何も言わないのをいいことに、裾を捕まえたまま暫く歩けば、見えてきたのは巨大な門。街への入口であろうそこには、何度か目にしたことのある制服を着た見張りが立っていた。
(王国騎士団…。そっか、魔物と戦うのがユーグ達、傭兵だけってことはないよね。)
王都から騎士団も派遣されているということは、やはりフォルトは、対魔物戦略において最重要都市の一つなのだと納得して、近づく騎士達、その制服を眺める。
(濃紺に黄色のラインか。どこの団だろう?黒に赤のラインは、第一騎士団だって、ホルスが散々、騒いでたけど…)
ツラツラとそんなことを思い出して、気がついた―
「っ!?」
「…」
思わず立ち止まってしまったせいで、服を引っ張られたユーグも足を止めた。向けられた眼差しに、血の気がひいていく。
(どうしよう?どうしよう?忘れてた、完全に!)
だけど、そんなこと、言い訳にもならない―
(どうしよう、最低だ。ちゃんと言わなきゃ。でも、言って嫌われたら、…恐い。でも、言わなきゃ、もっと最低っ!)
「ユ、ユーグ、ごめんなさい!私っ!」
「…」
「あなたに言ってなかったことがあって!態とじゃないの!完全に忘れてて、でも、」
「…」
静かに見下ろす視線が恐くて、下を向く。
「わ、私、以前、婚約してたことがあって。それで、振られたというか、破談になっちゃって、今はもう、全然関係ない、んだけど…」
「…」
ホルスとの婚約解消について、私に非があったとは思っていない。村のみんなだって、そう思ってくれていたはずだ。だけどこの世界、婚約までいった相手と別れるというのは十分に忌避される可能性のある過去。何も知らない人達から、嫌な言葉ではあるけれど、「傷物」と呼ばれてしまうくらいには。だから、
「ごめ、ごめんなさい。あなたに、最初に言うべきだった。」
「…」
プロポーズする前、自分の想いを告げる前に。
それを、今更。ここでこんなことを言い出すなんて、後出しも後出し、騙されたと怒られても仕方ない卑怯な行為だ。それを自覚して、顔を上げられないままでいると、
「…」
「!…ユーグ?」
大きな手が、頭にのせられた。そのままクシャリと髪をかきあげられて、伏せた顔を持ち上げられた。
「…」
「えっと…?」
見下ろしていたのは感情の読めない、いつも通りのユーグの瞳。そのまま、何もなかったようにまた歩き出したユーグに慌てる。追い付いて、並んで、その横顔をこっそり眺めて見ても、やっぱり、彼が何を思っているのか分からない。
(…でも、怒ってはない、ってことだよね?)
頭、撫でられたし、隣を歩いても何も言われないし。
「…」
「…」
結局、ずっと黙ったままのユーグに自然と緊張は解けていき、二人並んで門をくぐる頃には、この先の、初めて目にする町への期待に胸も膨み、気分はすっかり上向きになっていた。
そして、くぐった門の先、
「っ!?」
目の前に広がる夕暮れの町並みに、思わず息を飲んだ―
(世紀末!世紀末感が、半端ない!)
日が落ちてきたとはいえ、まだまだ夕刻といえる時間帯。にも関わらず、そこかしこの店先で酒宴を繰り広げている厳つい男達の姿。派手な彩飾を施された酒場や食堂の軒先には、既に出来上がってしまっている酔っ払い達が酒瓶を片手に転がっている。
(ガラ悪すぎー!)
人も獣人も、人種など関係なく、酒をあおり、大声を上げ、ゲラゲラと笑い転げている姿に、先ほど離してしまったユーグの上着の裾を握り直した。と、同時に-
「っ!?」
突然、横から聞こえたガラスの割れるような音。音と共に酒場のドアから取っ組み合った男達が転がり出てきた。
(いやいやいやいや、仮にも国の要所、要塞都市の大通りだよ!?)
そのまま殴り合いを始めた男達から、慌てて距離をとる。恐いのは、そんな喧騒に隣を歩くユーグが全く反応を示さないということ。
(ま、まさか、これが日常?)
彼らの喧嘩を止める人も現れない街の治安に大いなる不安を抱いて、裾を握る手に力がこもる。
(犯罪率高そう、恐い恐い恐い!)
堪えきれずに、ユーグへと身を寄せる。
大通りから外れ、細い道へと入ったユーグが幾つかの角を曲がったところで、路地の奥、小さな明かりが灯された三階建ての建物が見えてきた。軒先にぶら下がるシンプルな看板には、
(「月兎亭」?)
足を止めることなく、その可愛い名前のお店の扉を押し開けたユーグ。そっと、彼の背後から覗いた室内。一斉に向けられた視線、その先はユーグ、ではなく、こちらを向いていた―
「…」
「…ユーグ?」
抱えた私ごと上体を起こしたユーグを見上げれば、あまりの距離の近さに全力で目をそらしてしまう。彼が立ち上がろうとしていることに気がついて、急いで身を起こそうとしたのだけれど、
「ご、ごめん!」
「…」
思いっきりふらついてしまった身体は、ユーグに難なく受け止められた。今度はソロソロと身を離しながら、幌の外をうかがう。
「着いたの?ここがフォルト?」
「…」
幌の向こう、見えたのは、どこまでも続く、高く長い城壁―
ユーグに支えられながら降りた幌馬車。馬首を返して去っていくその背を見送って、ユーグと二人並んで歩き出す。そびえ立つ壁沿いに整備された街道、右手には鬱蒼と繁る森が広がっている。
(…これが、「魔の森」)
人の手の及ばない深い森。国内にいくつかある魔物の生息地を「魔の森」と呼ぶけれど、実際目にしたのは初めて。外から眺めるだけでも、何やら漂ってくる異様さに気圧されて、思わずユーグの上着の裾を掴んだ。
ユーグが何も言わないのをいいことに、裾を捕まえたまま暫く歩けば、見えてきたのは巨大な門。街への入口であろうそこには、何度か目にしたことのある制服を着た見張りが立っていた。
(王国騎士団…。そっか、魔物と戦うのがユーグ達、傭兵だけってことはないよね。)
王都から騎士団も派遣されているということは、やはりフォルトは、対魔物戦略において最重要都市の一つなのだと納得して、近づく騎士達、その制服を眺める。
(濃紺に黄色のラインか。どこの団だろう?黒に赤のラインは、第一騎士団だって、ホルスが散々、騒いでたけど…)
ツラツラとそんなことを思い出して、気がついた―
「っ!?」
「…」
思わず立ち止まってしまったせいで、服を引っ張られたユーグも足を止めた。向けられた眼差しに、血の気がひいていく。
(どうしよう?どうしよう?忘れてた、完全に!)
だけど、そんなこと、言い訳にもならない―
(どうしよう、最低だ。ちゃんと言わなきゃ。でも、言って嫌われたら、…恐い。でも、言わなきゃ、もっと最低っ!)
「ユ、ユーグ、ごめんなさい!私っ!」
「…」
「あなたに言ってなかったことがあって!態とじゃないの!完全に忘れてて、でも、」
「…」
静かに見下ろす視線が恐くて、下を向く。
「わ、私、以前、婚約してたことがあって。それで、振られたというか、破談になっちゃって、今はもう、全然関係ない、んだけど…」
「…」
ホルスとの婚約解消について、私に非があったとは思っていない。村のみんなだって、そう思ってくれていたはずだ。だけどこの世界、婚約までいった相手と別れるというのは十分に忌避される可能性のある過去。何も知らない人達から、嫌な言葉ではあるけれど、「傷物」と呼ばれてしまうくらいには。だから、
「ごめ、ごめんなさい。あなたに、最初に言うべきだった。」
「…」
プロポーズする前、自分の想いを告げる前に。
それを、今更。ここでこんなことを言い出すなんて、後出しも後出し、騙されたと怒られても仕方ない卑怯な行為だ。それを自覚して、顔を上げられないままでいると、
「…」
「!…ユーグ?」
大きな手が、頭にのせられた。そのままクシャリと髪をかきあげられて、伏せた顔を持ち上げられた。
「…」
「えっと…?」
見下ろしていたのは感情の読めない、いつも通りのユーグの瞳。そのまま、何もなかったようにまた歩き出したユーグに慌てる。追い付いて、並んで、その横顔をこっそり眺めて見ても、やっぱり、彼が何を思っているのか分からない。
(…でも、怒ってはない、ってことだよね?)
頭、撫でられたし、隣を歩いても何も言われないし。
「…」
「…」
結局、ずっと黙ったままのユーグに自然と緊張は解けていき、二人並んで門をくぐる頃には、この先の、初めて目にする町への期待に胸も膨み、気分はすっかり上向きになっていた。
そして、くぐった門の先、
「っ!?」
目の前に広がる夕暮れの町並みに、思わず息を飲んだ―
(世紀末!世紀末感が、半端ない!)
日が落ちてきたとはいえ、まだまだ夕刻といえる時間帯。にも関わらず、そこかしこの店先で酒宴を繰り広げている厳つい男達の姿。派手な彩飾を施された酒場や食堂の軒先には、既に出来上がってしまっている酔っ払い達が酒瓶を片手に転がっている。
(ガラ悪すぎー!)
人も獣人も、人種など関係なく、酒をあおり、大声を上げ、ゲラゲラと笑い転げている姿に、先ほど離してしまったユーグの上着の裾を握り直した。と、同時に-
「っ!?」
突然、横から聞こえたガラスの割れるような音。音と共に酒場のドアから取っ組み合った男達が転がり出てきた。
(いやいやいやいや、仮にも国の要所、要塞都市の大通りだよ!?)
そのまま殴り合いを始めた男達から、慌てて距離をとる。恐いのは、そんな喧騒に隣を歩くユーグが全く反応を示さないということ。
(ま、まさか、これが日常?)
彼らの喧嘩を止める人も現れない街の治安に大いなる不安を抱いて、裾を握る手に力がこもる。
(犯罪率高そう、恐い恐い恐い!)
堪えきれずに、ユーグへと身を寄せる。
大通りから外れ、細い道へと入ったユーグが幾つかの角を曲がったところで、路地の奥、小さな明かりが灯された三階建ての建物が見えてきた。軒先にぶら下がるシンプルな看板には、
(「月兎亭」?)
足を止めることなく、その可愛い名前のお店の扉を押し開けたユーグ。そっと、彼の背後から覗いた室内。一斉に向けられた視線、その先はユーグ、ではなく、こちらを向いていた―
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