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第一章 集団お見合いと一目惚れ
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(…やっちゃっ、た…)
「…」
「…」
意図した以上に響いてしまった自分の声。比喩でなく、周囲から音が消えた。恐過ぎて確かめることはしないけど、間違いなく、皆から見られている。注目の的だ。これ以上無いほどの羞恥に頭が沸騰し続けている。それでも何とか、目の前の瞳から目をそらさずにいると、
「…俺は、獣人だ。」
「あ、え?」
羞恥の原因である女性からの公開プロポーズ。返ってきた返事はイエスでもノーでも無くて、そのことに、思考がまた空転する。
「獣、人…」
咀嚼して、飲み込んで。そして漸く理解できた彼の言葉に、慌てて彼の頭上に視線を向ける。
「あ、本当だ!耳。」
「…」
立っているのか、立たせているのか。前髪を上げたウルフカットの彼の黒髪からは人とは違う獣の耳がのぞいている。
(犬系?狼?…ああ、けどもう、本当にダメ…)
耳が格好いいって何?そんなの反則―
先ほどまでは目線さえも合わせられずにいたから気づかなかったその存在に、完全に堕とされた。
「…」
「あ、すみません!」
彼が何も言わないのを良いことに、なめ回すような視線を向け続けていたことに気がついて、慌てて視線をそらす。
(ヤバイ、呻いてたかも。変な声、出してたかも。)
「…すみません、本当に。獣人の方って初めてお会いしたので。」
「…」
無言の相手に必死に言い繕う。
「私の住む村って、かなり小さくて田舎で。外の人と会うこと自体、滅多になくて。」
「…」
「だからって、ジロジロ見ていいってわけじゃないですよね。本当に、不快な思いさせてすみません。」
「…」
「えと、それで、あの。あれ?何でユーグさんが獣人っていう話になったんでしたっけ…?」
一人でしゃべり続けながら、ふと我に返った。確か、私のプロポーズへの彼の返答が「獣人」発言だったから―
「まさか…」
「…」
浮かんだ可能性に恐怖がつのる。
「獣人と人は結婚出来ない、とかですか…?」
「…」
自分で言った言葉に心臓が軋んだ。
世界だけではなく、彼とはそもそも種が違うと言われてしまった。だとすれば、彼のガランテだって本来は獣人向けものなのかもしれない。なのに私がそれに勝手に引っ掛かって、勝手に盛り上がって―
「…ご、ごめんなさい。私、知らなくて。」
自分の暴走が情けなくて、悲しくて。彼を見ていられずに俯いた。視界に映る自分の手が、無様に震えている。
「…違う。」
「え?」
臥せた頭の上から聞こえたのは小さなため息と、それから囁きに近い声。
「夫婦になることは出来る…」
「え!じゃあ…」
彼は別に「私と」なんて言ってはいない。だけど、ゼロではなくなった可能性に、勢いよく顔を上げてしまった。
「…」
「え、えっとですね…」
表情の読めない彼の無言に、必死に言葉を探す。
「私、家事は比較的得意で!」
十歳で両親を無くしてから、一人で生きていくために身につけたスキル。彼からの反応は無いけれど、他に、自分のアピールポイントは無いかと必死に探す。
「あとは、畑で野菜作ったりとか!鶏を捌くくらいは出来ます!」
「…」
「それに!」
それに―
無反応な彼に響く言葉、何か。
広場に着くなり寝てしまったユーグ。彼のガランテは飾り気一つ無くて、広場の喧騒なんて他人事と言わんばかりの態度。それが何かを、ボンヤリとした過去の記憶を揺さぶった。
「あ…!」
脳裏に浮かんだのは、お見合いパーティーなんかで、何度か耳にしたことのある男性達のセリフ。
―親がそろそろ結婚しろってうるさいんだよね
―母親が勝手に申し込んじゃって、今日は仕方なく
見合い会場にも関わらずそう口にした彼らの言葉が、どこまでポーズでどこまで真実だったのかなんてわからないけれどー
「もしも!もしもですね?ユーグさんが本当は結婚したくなくて!」
「…」
「それでも、何か事情があって結婚しなくちゃいけないとかだったら!私なんかどうですか!?」
「…」
「実は私はもう、かなり!結構!ユーグさんのこと好きだなぁって思っておりまして!」
こんな短時間で彼の何がわかるんだって話で、こんな短時間で人生の伴侶を決めるなんて無茶振りもいいとこだ、なんて思ってたけど。
「もし!ユーグさんも私のこと絶対に嫌とかじゃなかったら!渋々でも、仕方なくとかでも良いので!後から文句とか絶対言ったりしませんので!お願いします!」
「…」
「私にあなたの花を下さい!」
二度目のプロポーズ。今度は自分の想いまでさらけ出して、捨て身で挑む。
(だって、でも、どうしても…)
こんなに触れてみたくて、触れて欲しいと思った人は、彼が初めて。この人だけ、だから。この先の人生を誰かと歩むなら、私は、この人でなくちゃ、嫌だ―
「…」
「…」
意図した以上に響いてしまった自分の声。比喩でなく、周囲から音が消えた。恐過ぎて確かめることはしないけど、間違いなく、皆から見られている。注目の的だ。これ以上無いほどの羞恥に頭が沸騰し続けている。それでも何とか、目の前の瞳から目をそらさずにいると、
「…俺は、獣人だ。」
「あ、え?」
羞恥の原因である女性からの公開プロポーズ。返ってきた返事はイエスでもノーでも無くて、そのことに、思考がまた空転する。
「獣、人…」
咀嚼して、飲み込んで。そして漸く理解できた彼の言葉に、慌てて彼の頭上に視線を向ける。
「あ、本当だ!耳。」
「…」
立っているのか、立たせているのか。前髪を上げたウルフカットの彼の黒髪からは人とは違う獣の耳がのぞいている。
(犬系?狼?…ああ、けどもう、本当にダメ…)
耳が格好いいって何?そんなの反則―
先ほどまでは目線さえも合わせられずにいたから気づかなかったその存在に、完全に堕とされた。
「…」
「あ、すみません!」
彼が何も言わないのを良いことに、なめ回すような視線を向け続けていたことに気がついて、慌てて視線をそらす。
(ヤバイ、呻いてたかも。変な声、出してたかも。)
「…すみません、本当に。獣人の方って初めてお会いしたので。」
「…」
無言の相手に必死に言い繕う。
「私の住む村って、かなり小さくて田舎で。外の人と会うこと自体、滅多になくて。」
「…」
「だからって、ジロジロ見ていいってわけじゃないですよね。本当に、不快な思いさせてすみません。」
「…」
「えと、それで、あの。あれ?何でユーグさんが獣人っていう話になったんでしたっけ…?」
一人でしゃべり続けながら、ふと我に返った。確か、私のプロポーズへの彼の返答が「獣人」発言だったから―
「まさか…」
「…」
浮かんだ可能性に恐怖がつのる。
「獣人と人は結婚出来ない、とかですか…?」
「…」
自分で言った言葉に心臓が軋んだ。
世界だけではなく、彼とはそもそも種が違うと言われてしまった。だとすれば、彼のガランテだって本来は獣人向けものなのかもしれない。なのに私がそれに勝手に引っ掛かって、勝手に盛り上がって―
「…ご、ごめんなさい。私、知らなくて。」
自分の暴走が情けなくて、悲しくて。彼を見ていられずに俯いた。視界に映る自分の手が、無様に震えている。
「…違う。」
「え?」
臥せた頭の上から聞こえたのは小さなため息と、それから囁きに近い声。
「夫婦になることは出来る…」
「え!じゃあ…」
彼は別に「私と」なんて言ってはいない。だけど、ゼロではなくなった可能性に、勢いよく顔を上げてしまった。
「…」
「え、えっとですね…」
表情の読めない彼の無言に、必死に言葉を探す。
「私、家事は比較的得意で!」
十歳で両親を無くしてから、一人で生きていくために身につけたスキル。彼からの反応は無いけれど、他に、自分のアピールポイントは無いかと必死に探す。
「あとは、畑で野菜作ったりとか!鶏を捌くくらいは出来ます!」
「…」
「それに!」
それに―
無反応な彼に響く言葉、何か。
広場に着くなり寝てしまったユーグ。彼のガランテは飾り気一つ無くて、広場の喧騒なんて他人事と言わんばかりの態度。それが何かを、ボンヤリとした過去の記憶を揺さぶった。
「あ…!」
脳裏に浮かんだのは、お見合いパーティーなんかで、何度か耳にしたことのある男性達のセリフ。
―親がそろそろ結婚しろってうるさいんだよね
―母親が勝手に申し込んじゃって、今日は仕方なく
見合い会場にも関わらずそう口にした彼らの言葉が、どこまでポーズでどこまで真実だったのかなんてわからないけれどー
「もしも!もしもですね?ユーグさんが本当は結婚したくなくて!」
「…」
「それでも、何か事情があって結婚しなくちゃいけないとかだったら!私なんかどうですか!?」
「…」
「実は私はもう、かなり!結構!ユーグさんのこと好きだなぁって思っておりまして!」
こんな短時間で彼の何がわかるんだって話で、こんな短時間で人生の伴侶を決めるなんて無茶振りもいいとこだ、なんて思ってたけど。
「もし!ユーグさんも私のこと絶対に嫌とかじゃなかったら!渋々でも、仕方なくとかでも良いので!後から文句とか絶対言ったりしませんので!お願いします!」
「…」
「私にあなたの花を下さい!」
二度目のプロポーズ。今度は自分の想いまでさらけ出して、捨て身で挑む。
(だって、でも、どうしても…)
こんなに触れてみたくて、触れて欲しいと思った人は、彼が初めて。この人だけ、だから。この先の人生を誰かと歩むなら、私は、この人でなくちゃ、嫌だ―
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