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第一章 集団お見合いと一目惚れ
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どれくらいの間、フリーズしてしまっていたんだろう―
ハッと気づけば、紫紺の瞳はこちらにヒタと据えられたまま。本当に、一瞬、気絶していたかもしれない。
(マズイマズイ。)
声をかけたまま動かないなんて挙動不審にもほどがある。働かない頭の代わりに、あり得ない速さで高鳴り続ける心臓、嫌になるくらい熱くなった顔の熱を自覚して、何とか彼から視線を引き剥がした。
「お、お隣!座ってもいいですか!?」
「…」
地面を見つめながらの問いかけに、彼からの返事はない。ただ、胡座をかいていた彼の片膝が立てられた。
「え、えっと?」
「…」
心持ち、ではあっても、彼が作ってくれたスペース。それが彼からの許可だと勝手に解釈して、
「失礼します!」
座り込んだ彼の隣。拒絶のセリフを聞くまでは「あり」ということにしておいて、視線を合わせる勇気はないから、彼の胸元辺りを凝視する。
「…」
「…」
(き、気まずい。)
頭頂部に静かな視線を感じて身動きが出来ない。視界には、細身ではあるけれど、服越しにもわかるゴツゴツとした筋肉で出来た肉体が広がっていて、
(これは…!…っ!ゴメンなさい!)
もう顔も思い出せない前世の婚カツ仲間の一人に詫びる。「男は筋肉だ!」と豪語してやまなかった彼女を笑っていたけれど、今はその気持ちが嫌というくらいわかる。
(ヤバイヤバイ。)
ガチガチに緊張しているくせに、目の前の身体に触れてみたくてたまらない。勝手に伸びそうになる自分の右手が信じられない。そんなことばかり考えている頭では、上手い会話も浮かんで来るはずなくて、それでも、声をかけたのはこちらなのだから、話を、何か言わなくてはと探った前世の記憶。引っ張り出せたのは、面白味も個性も何もない、だけど、多分、一番無難な言葉だった。
「…えっと、初めまして。クロエって言います」
「…」
無言―
挨拶に返ってきたそれに、高鳴った心臓とは反対に指先の血の気が引いていく。
(メチャクチャ、逃げたい!)
「何で話しかけたんだ!?」「やめときゃ良かった!」とかの後悔がグングン沸き上がってくるけれど、ここで逃げ出したら、「あり得ないほど失礼な女」として彼の記憶に残ってしまう。惹かれた相手の記憶にそんな形で残るのだけは避けたくて、
「あの…、お名前は?」
「…ユーグ。」
「ッ!」
返ってきた彼の声に、思わず上がりそうになった悲鳴を飲み込んだ。まさか、そんなにあっさり返事が返ってくるなんて思っていなかったから。しかも、
(ほんっとに、ゴメンなさい!)
また別の、婚カツ仲間の友人に頭を下げる。「声さえよければ他はどうでも!」と、合コンで気に入った相手とは必ずカラオケ二次会に突入する彼女を笑っていたけれど―
(これが、これが腰にクルってやつか!)
今まで、異性の声にときめいたことなんて無かったのに。たった一言。彼が口にした「ユーグ」という温度の無い重低音に、耳から溶けていきそうになる。
(悶えたい!思いっきり悶えたい!)
滾る何かを必死に堪えて、会話の糸口を探し続ける。
「え、あの、えっと、ユーグさん、はおいくつですか?あ、私は今年、二十一で…」
既にちょっといき遅れつつあります、なんて自虐的な言葉を彼の胸に向かってゴニョゴニョ呟いて、ヘラヘラ笑う。
「…」
「…」
(会話を弾ませられない!てか、続かない!)
無言に耐えきれず、次の話題、次の話題と考えて、
「あーえっと、お仕事って何、を…」
出てきたセリフを途中で飲み込んだ。
(違ーう!)
いや、お見合いの場なのだから違わないかも知れないけれど、こんな緊張感に満ち満ちたタイミングで聞くことではない。もっと、もっと、何か、場を和ませる、当たり障りの無い―
「…傭兵だ。」
「あ、え?『ヨウヘイ』?」
脳内検索をグルグルかけているところに返ってきた言葉が、一瞬、上手く処理できずに聞き返す。
「…」
「えっと、『ヨウヘイ』。あ!魔物狩ったりとか、そういう?」
「…」
返事は無く、顔も見られないせいで、彼が頷いたのかもわからない。ソロリ、ソロリと視線を上げてみれば、彼の視線はいつの間にか遠く、広場の向こうの、更にその先に向けられていた。
その横顔を下からコッソリ盗み見て、「傭兵」という聞き慣れない彼の仕事について考える。私の今までの人生では、全く馴染みのない職業、
傭兵―
彼には「魔物を狩る」と表現したが、彼らが戦うのは何も魔物に限ったわけではない。戦時には戦力として、平時にも、犯罪者の取り締まり等に駆り出されるような職業で、つまり、彼は、
人を殺す―
「…」
「…」
身体が震えそうになったのを、腕を強く握ることでやり過ごした。
前世はもちろんのこと今世でも、魔物の驚異から遠く、犯罪者に狙われることもないような小さな村で生きてきた私には、到底、想像も出来ないような世界。そんな世界で、命のやり取りをして生きている人。まさに―
(生きてる、世界が違う…)
「…」
「…」
チラリと視線を向ければ、立てた膝に無造作にのせられた彼の腕。剥き出しの肌には、確かに見えるいくつもの傷痕。彼が身を置く世界が垣間見えた気がした。だけど、なのに―
腕を伝って視線を走らせれば、緩く握られた彼の手、指先が視界に映る。
(マズイ、ヤバイ、マズイ…)
厚く、武骨で大きな拳。
(手まで!手まで格好いいとか!ヤバイ!惚れる!何で!?)
手フェチでもない、骨格フェチでも、「男の人の腕の筋、最高!」なんて、思ったこともなかった。なのに、今は、
(全部惚れる!全部好み!滅茶苦茶好き!)
初対面の相手に好意以上の気持ちを抱くなんて、誰かに一目惚れするなんて、思いもしなかった。それも、こんな、別世界で生きているような人に―
「…」
「…」
漏れそうになったうめき声を飲み込んで、彼からそっと視線をそらす。「本当、どうしよう」と途方に暮れて、泳がした視線の先、見えた光景にサッと血の気の引く感覚を覚えた。
(…やだ、来ないでよ。)
先ほどユーグを気にしていた二人組。その二人がこちらへ近づいて来る気配を見せている。
(ヤダヤダ、来るな来るな。…来ないで下さい!お願いします!)
盗られる、と思った―
私のものでも何でもない人を。そして、それは絶対に嫌だ、と思ってしまったから、
「ユーグさん!」
「…」
呼べば、ゆっくりと向けられる紫紺の宝玉。震えそうになるほどの輝きに囚われる。
(ああ、これは…無理。)
僅かに残る冷静な思考が警鐘を鳴らす。
(絶対に無理、こんな人に振り向いてもらうなんて…)
「あの、私!」
「…」
(無理だって。無理、だけど…)
「あなたの、花が欲しいです!」
ハッと気づけば、紫紺の瞳はこちらにヒタと据えられたまま。本当に、一瞬、気絶していたかもしれない。
(マズイマズイ。)
声をかけたまま動かないなんて挙動不審にもほどがある。働かない頭の代わりに、あり得ない速さで高鳴り続ける心臓、嫌になるくらい熱くなった顔の熱を自覚して、何とか彼から視線を引き剥がした。
「お、お隣!座ってもいいですか!?」
「…」
地面を見つめながらの問いかけに、彼からの返事はない。ただ、胡座をかいていた彼の片膝が立てられた。
「え、えっと?」
「…」
心持ち、ではあっても、彼が作ってくれたスペース。それが彼からの許可だと勝手に解釈して、
「失礼します!」
座り込んだ彼の隣。拒絶のセリフを聞くまでは「あり」ということにしておいて、視線を合わせる勇気はないから、彼の胸元辺りを凝視する。
「…」
「…」
(き、気まずい。)
頭頂部に静かな視線を感じて身動きが出来ない。視界には、細身ではあるけれど、服越しにもわかるゴツゴツとした筋肉で出来た肉体が広がっていて、
(これは…!…っ!ゴメンなさい!)
もう顔も思い出せない前世の婚カツ仲間の一人に詫びる。「男は筋肉だ!」と豪語してやまなかった彼女を笑っていたけれど、今はその気持ちが嫌というくらいわかる。
(ヤバイヤバイ。)
ガチガチに緊張しているくせに、目の前の身体に触れてみたくてたまらない。勝手に伸びそうになる自分の右手が信じられない。そんなことばかり考えている頭では、上手い会話も浮かんで来るはずなくて、それでも、声をかけたのはこちらなのだから、話を、何か言わなくてはと探った前世の記憶。引っ張り出せたのは、面白味も個性も何もない、だけど、多分、一番無難な言葉だった。
「…えっと、初めまして。クロエって言います」
「…」
無言―
挨拶に返ってきたそれに、高鳴った心臓とは反対に指先の血の気が引いていく。
(メチャクチャ、逃げたい!)
「何で話しかけたんだ!?」「やめときゃ良かった!」とかの後悔がグングン沸き上がってくるけれど、ここで逃げ出したら、「あり得ないほど失礼な女」として彼の記憶に残ってしまう。惹かれた相手の記憶にそんな形で残るのだけは避けたくて、
「あの…、お名前は?」
「…ユーグ。」
「ッ!」
返ってきた彼の声に、思わず上がりそうになった悲鳴を飲み込んだ。まさか、そんなにあっさり返事が返ってくるなんて思っていなかったから。しかも、
(ほんっとに、ゴメンなさい!)
また別の、婚カツ仲間の友人に頭を下げる。「声さえよければ他はどうでも!」と、合コンで気に入った相手とは必ずカラオケ二次会に突入する彼女を笑っていたけれど―
(これが、これが腰にクルってやつか!)
今まで、異性の声にときめいたことなんて無かったのに。たった一言。彼が口にした「ユーグ」という温度の無い重低音に、耳から溶けていきそうになる。
(悶えたい!思いっきり悶えたい!)
滾る何かを必死に堪えて、会話の糸口を探し続ける。
「え、あの、えっと、ユーグさん、はおいくつですか?あ、私は今年、二十一で…」
既にちょっといき遅れつつあります、なんて自虐的な言葉を彼の胸に向かってゴニョゴニョ呟いて、ヘラヘラ笑う。
「…」
「…」
(会話を弾ませられない!てか、続かない!)
無言に耐えきれず、次の話題、次の話題と考えて、
「あーえっと、お仕事って何、を…」
出てきたセリフを途中で飲み込んだ。
(違ーう!)
いや、お見合いの場なのだから違わないかも知れないけれど、こんな緊張感に満ち満ちたタイミングで聞くことではない。もっと、もっと、何か、場を和ませる、当たり障りの無い―
「…傭兵だ。」
「あ、え?『ヨウヘイ』?」
脳内検索をグルグルかけているところに返ってきた言葉が、一瞬、上手く処理できずに聞き返す。
「…」
「えっと、『ヨウヘイ』。あ!魔物狩ったりとか、そういう?」
「…」
返事は無く、顔も見られないせいで、彼が頷いたのかもわからない。ソロリ、ソロリと視線を上げてみれば、彼の視線はいつの間にか遠く、広場の向こうの、更にその先に向けられていた。
その横顔を下からコッソリ盗み見て、「傭兵」という聞き慣れない彼の仕事について考える。私の今までの人生では、全く馴染みのない職業、
傭兵―
彼には「魔物を狩る」と表現したが、彼らが戦うのは何も魔物に限ったわけではない。戦時には戦力として、平時にも、犯罪者の取り締まり等に駆り出されるような職業で、つまり、彼は、
人を殺す―
「…」
「…」
身体が震えそうになったのを、腕を強く握ることでやり過ごした。
前世はもちろんのこと今世でも、魔物の驚異から遠く、犯罪者に狙われることもないような小さな村で生きてきた私には、到底、想像も出来ないような世界。そんな世界で、命のやり取りをして生きている人。まさに―
(生きてる、世界が違う…)
「…」
「…」
チラリと視線を向ければ、立てた膝に無造作にのせられた彼の腕。剥き出しの肌には、確かに見えるいくつもの傷痕。彼が身を置く世界が垣間見えた気がした。だけど、なのに―
腕を伝って視線を走らせれば、緩く握られた彼の手、指先が視界に映る。
(マズイ、ヤバイ、マズイ…)
厚く、武骨で大きな拳。
(手まで!手まで格好いいとか!ヤバイ!惚れる!何で!?)
手フェチでもない、骨格フェチでも、「男の人の腕の筋、最高!」なんて、思ったこともなかった。なのに、今は、
(全部惚れる!全部好み!滅茶苦茶好き!)
初対面の相手に好意以上の気持ちを抱くなんて、誰かに一目惚れするなんて、思いもしなかった。それも、こんな、別世界で生きているような人に―
「…」
「…」
漏れそうになったうめき声を飲み込んで、彼からそっと視線をそらす。「本当、どうしよう」と途方に暮れて、泳がした視線の先、見えた光景にサッと血の気の引く感覚を覚えた。
(…やだ、来ないでよ。)
先ほどユーグを気にしていた二人組。その二人がこちらへ近づいて来る気配を見せている。
(ヤダヤダ、来るな来るな。…来ないで下さい!お願いします!)
盗られる、と思った―
私のものでも何でもない人を。そして、それは絶対に嫌だ、と思ってしまったから、
「ユーグさん!」
「…」
呼べば、ゆっくりと向けられる紫紺の宝玉。震えそうになるほどの輝きに囚われる。
(ああ、これは…無理。)
僅かに残る冷静な思考が警鐘を鳴らす。
(絶対に無理、こんな人に振り向いてもらうなんて…)
「あの、私!」
「…」
(無理だって。無理、だけど…)
「あなたの、花が欲しいです!」
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