3 / 56
第一章 集団お見合いと一目惚れ
1-2
しおりを挟む
(まだ三年、かぁ…)
「…」
今度は、意識して口にしなかった一人言。ここでこれを口にするのはマズイ。そんなことをすれば、完全な「かまってちゃん」。この歳で、流石にそれは、
「ねぇねぇ!クロエ、見て!」
「ん?」
思考にはまりそうになったところで、グイグイ左腕を引っ張られた。腕を掴んできた相手、視線を広場に向けたままのキアラが興奮を隠しきれずに耳打ちしてくる。
「あそこのガランテ!凄い!宝石があんなに!」
彼女がこっそりと指差す先には、確かに、他とは一線を画す花輪が陽光を浴びて燦然と輝いている。
「うわぁ…」
「ね?ね?スゴいよね!あんなキラキラしたガランテもあるんだね!いいな、いいなー!」
「…」
花輪―ガランテ―
起源や由来はもう誰も知らないというくらい昔から、この地域の集団お見合い、「妻乞い」の祭事で用いられている求婚のための道具。成人を迎える男性が居る家では、家族総出で土台部分を作成し、伴侶を求める男性自身が真心こめて装飾を施す。かつては、生花だけを飾るまさに花輪でしかなかったらしいが―
「もう!クロエ、反応が薄い!」
「えー、スゴいとは思うけど。」
「けど?何?去年はもっとスゴかったとか?」
「ううん、そうじゃないけど…」
去年、一昨年と、今回で三回目の参加となる妻乞い祭り。始まりは生花飾りだけだったというガランテに、花以外にも貴金属や宝石などの、女性が好みそうな装飾品が加わるようになって久しく、それがその男性の財力や職業などの判断基準の一つにもなっているらしいのだが。
「キアラ、よく見て。ガランテの前。」
「?」
「『家族同伴』…」
「…」
基本が未婚の男女のためのお祭り。祭り会場のあるハルハテの街に、家族がつきそうことはそう珍しいことではない。だがそれも宿屋まで、広場に入るまでのこと。
「…無い、ね。」
「無いでしょ?」
キラキラ輝くガランテを背に、求婚者の一人であろう青年の両脇には、ギラギラとした眼差しの壮年の男女。男性の方は青年そっくりだから、恐らく彼の両親なのだろう。側を通りすぎる女性達を追う、その視線が恐い。
「…お金はありそうだけど。家に来て貰うのは難しそう。」
「…」
小さく息を吐いたキアラがクルリとこちらを振り向いた。
「クロエは?どう?」
「え?あの人?」
思わず嫌そうな声になってしまったのは許して欲しい。
「別にあの人じゃなくても。誰か良さそうな人、居ない?」
「うーん…」
自分でも気の無い返事だなぁとは思うけど、正直、このお祭りで相手を見つけられるとは思っていない。妻乞いは、時代の流れと共に少しずつ形を変えてきてはいるが、その基本原則は変わらない。男性が女性を妻として求め、それに女性が答えれば、即、結婚、即、夫婦なのだ。
(そんなの、無理無理無理!)
結婚式までの準備期間くらいはあるけれど、そこに、恋人同士や婚約者同士の甘々な時間なんてものは存在しない。ファーストインプレッション、長くて数十分の会話で人生の伴侶を決める。ガチ勢もガチ勢による、公共イベント。前世の「合コン」や「街コン」、「お見合いパーティー」でさえ、目じゃない。「後はお若いお二人で」とか、「これからお互いを知っていければ」とか、そんな優しい時間は一切存在しない。
つまり、前世、数多のお見合いをこなしながらもご成婚に到らなかった私には、かなりハードルが高いお祭りだと言える。
それでも、そんなハードモードにも関わらず、年頃の男女の数が限られる小さな町や村から集まる参加者によって祭りは毎年盛況、成婚率もなかなかのものらしい。もちろん、祭りに参加せずとも、その小さな町や村の中で相手を見つけて、時間をかけて愛を育むカップルだっている。私自身、その内の一人、だったのだけれど―
「…クロエは、さ…」
「?」
暫く黙り込んでしまったこちらを心配したのか、キアラが躊躇いがちに口を開く。
「その…まだ、お兄ちゃんのことが好きなの?」
「!」
焦った。まさに今「そのこと」を考えていたから。ただ、キアラがそんな辛そうな、申し訳なさそうな顔をする必要は全く無くて、
「いやいやいや!流石に無いから!無いからね?」
「…」
「ホルスのことは、本当にもう、全く、これっぽっちも好きではないし、忘れてたくらいだから!」
更に言えば、こちらの世界の結婚適齢期である十六歳から十八歳の私を「婚約」という約束で縛り付けたまま、自身は「騎士になる!」と村を飛び出して行ったヤツをアホだと思ってるし、そこそこ恨んではいるけれど。
「じゃあ…お兄ちゃんがクロエに酷いことしたせいで、男の人が嫌いになっちゃったとか?」
「ナイナイ!それも無い!」
飛び出したあげく、適齢期を過ぎようかという私に「婚約破棄」を一方的に、しかも村長を通して伝えてきて、自分は王都でさっさと別の女性と結婚したヤツを、屑だとは思っているけれど。
「村長さんも、キアラも、村の人みんな、ホルスのこと怒ってくれたじゃない!」
「だって、そんなの当たり前だよ!あんな!お兄ちゃんが、あんなことするなんて!」
「うんうん、ありがとね。」
三年前、身内びいきせずに私の味方をしてくれた村長一家、村の権力者の息子を「バカ息子」だと憤ってくれた村のみんな。気づけば同年代の独身男性0という、驚異の狭さの世界ではあるけれど、そんな、普通に温かい世界で生きられることを、私は幸せだと思っている。
ただ、そんな幸せだけでは周囲―特に責任を感じているらしい村長一家―は納得がいかないらしく、婚約が破棄された三年前から、私を毎年こうして妻乞いに送り出してくれていて、それもまた何と言うか、本当に恵まれているんだけれど、
「お兄ちゃんが関係ないなら、クロエももっと真剣に探そうよ!クロエの『旦那さん』!」
「う…そう、だね。」
善意からの言葉だとわかってはいても、「彼氏」でも「誰かいい人」でもなく、いきなりの「夫」。本当、ハードル高いなぁー。
「よし!それじゃ、もっと真ん中の方まで行ってみようよ!こんな端っこじゃ、奥の方なんて見えないし!」
「あ、や!ちょっと待って!」
「だめ!行こう!」
引きずって行かれそうなのを何とか踏み留まって、クロエを引き留める。
「後ちょっと、ちょっとだけ待って。」
「?何で?」
首を傾げるキアラ。その向こうから、見知った顔が走ってくるのが目に入り、漸くかと安堵する。走り寄る青年の顔にはまだいくらかの幼さが残るものの、村で何時も目にする彼とは違う、緊張をにじませた表情を見せている。そのひたむきな眼差しの先には―
「キアラ!」
「え?アル?」
振り返り、荒い息をつく幼馴染を認めたキアラが不思議そうな声を上げた。
「どうしたの?ガランテは?飾るの終わった?」
「…」
「あ!それとも、もう誰かに、」
「キアラ!」
「!」
アルの上げた声の大きさに、キアラがビクリと身体の動きを止めた。そんな彼女の様子に覚悟を決めたらしいアルが、彼の右手、その内に握られたものをキアラに差し出して―
「キアラ、君が好きだ!」
「え!?」
差し出された手に握られた花。前世の菫によく似た紫の小さな花は、求婚者の手の中で強く握り締められ、少し草臥れて揺れていた。
「…」
今度は、意識して口にしなかった一人言。ここでこれを口にするのはマズイ。そんなことをすれば、完全な「かまってちゃん」。この歳で、流石にそれは、
「ねぇねぇ!クロエ、見て!」
「ん?」
思考にはまりそうになったところで、グイグイ左腕を引っ張られた。腕を掴んできた相手、視線を広場に向けたままのキアラが興奮を隠しきれずに耳打ちしてくる。
「あそこのガランテ!凄い!宝石があんなに!」
彼女がこっそりと指差す先には、確かに、他とは一線を画す花輪が陽光を浴びて燦然と輝いている。
「うわぁ…」
「ね?ね?スゴいよね!あんなキラキラしたガランテもあるんだね!いいな、いいなー!」
「…」
花輪―ガランテ―
起源や由来はもう誰も知らないというくらい昔から、この地域の集団お見合い、「妻乞い」の祭事で用いられている求婚のための道具。成人を迎える男性が居る家では、家族総出で土台部分を作成し、伴侶を求める男性自身が真心こめて装飾を施す。かつては、生花だけを飾るまさに花輪でしかなかったらしいが―
「もう!クロエ、反応が薄い!」
「えー、スゴいとは思うけど。」
「けど?何?去年はもっとスゴかったとか?」
「ううん、そうじゃないけど…」
去年、一昨年と、今回で三回目の参加となる妻乞い祭り。始まりは生花飾りだけだったというガランテに、花以外にも貴金属や宝石などの、女性が好みそうな装飾品が加わるようになって久しく、それがその男性の財力や職業などの判断基準の一つにもなっているらしいのだが。
「キアラ、よく見て。ガランテの前。」
「?」
「『家族同伴』…」
「…」
基本が未婚の男女のためのお祭り。祭り会場のあるハルハテの街に、家族がつきそうことはそう珍しいことではない。だがそれも宿屋まで、広場に入るまでのこと。
「…無い、ね。」
「無いでしょ?」
キラキラ輝くガランテを背に、求婚者の一人であろう青年の両脇には、ギラギラとした眼差しの壮年の男女。男性の方は青年そっくりだから、恐らく彼の両親なのだろう。側を通りすぎる女性達を追う、その視線が恐い。
「…お金はありそうだけど。家に来て貰うのは難しそう。」
「…」
小さく息を吐いたキアラがクルリとこちらを振り向いた。
「クロエは?どう?」
「え?あの人?」
思わず嫌そうな声になってしまったのは許して欲しい。
「別にあの人じゃなくても。誰か良さそうな人、居ない?」
「うーん…」
自分でも気の無い返事だなぁとは思うけど、正直、このお祭りで相手を見つけられるとは思っていない。妻乞いは、時代の流れと共に少しずつ形を変えてきてはいるが、その基本原則は変わらない。男性が女性を妻として求め、それに女性が答えれば、即、結婚、即、夫婦なのだ。
(そんなの、無理無理無理!)
結婚式までの準備期間くらいはあるけれど、そこに、恋人同士や婚約者同士の甘々な時間なんてものは存在しない。ファーストインプレッション、長くて数十分の会話で人生の伴侶を決める。ガチ勢もガチ勢による、公共イベント。前世の「合コン」や「街コン」、「お見合いパーティー」でさえ、目じゃない。「後はお若いお二人で」とか、「これからお互いを知っていければ」とか、そんな優しい時間は一切存在しない。
つまり、前世、数多のお見合いをこなしながらもご成婚に到らなかった私には、かなりハードルが高いお祭りだと言える。
それでも、そんなハードモードにも関わらず、年頃の男女の数が限られる小さな町や村から集まる参加者によって祭りは毎年盛況、成婚率もなかなかのものらしい。もちろん、祭りに参加せずとも、その小さな町や村の中で相手を見つけて、時間をかけて愛を育むカップルだっている。私自身、その内の一人、だったのだけれど―
「…クロエは、さ…」
「?」
暫く黙り込んでしまったこちらを心配したのか、キアラが躊躇いがちに口を開く。
「その…まだ、お兄ちゃんのことが好きなの?」
「!」
焦った。まさに今「そのこと」を考えていたから。ただ、キアラがそんな辛そうな、申し訳なさそうな顔をする必要は全く無くて、
「いやいやいや!流石に無いから!無いからね?」
「…」
「ホルスのことは、本当にもう、全く、これっぽっちも好きではないし、忘れてたくらいだから!」
更に言えば、こちらの世界の結婚適齢期である十六歳から十八歳の私を「婚約」という約束で縛り付けたまま、自身は「騎士になる!」と村を飛び出して行ったヤツをアホだと思ってるし、そこそこ恨んではいるけれど。
「じゃあ…お兄ちゃんがクロエに酷いことしたせいで、男の人が嫌いになっちゃったとか?」
「ナイナイ!それも無い!」
飛び出したあげく、適齢期を過ぎようかという私に「婚約破棄」を一方的に、しかも村長を通して伝えてきて、自分は王都でさっさと別の女性と結婚したヤツを、屑だとは思っているけれど。
「村長さんも、キアラも、村の人みんな、ホルスのこと怒ってくれたじゃない!」
「だって、そんなの当たり前だよ!あんな!お兄ちゃんが、あんなことするなんて!」
「うんうん、ありがとね。」
三年前、身内びいきせずに私の味方をしてくれた村長一家、村の権力者の息子を「バカ息子」だと憤ってくれた村のみんな。気づけば同年代の独身男性0という、驚異の狭さの世界ではあるけれど、そんな、普通に温かい世界で生きられることを、私は幸せだと思っている。
ただ、そんな幸せだけでは周囲―特に責任を感じているらしい村長一家―は納得がいかないらしく、婚約が破棄された三年前から、私を毎年こうして妻乞いに送り出してくれていて、それもまた何と言うか、本当に恵まれているんだけれど、
「お兄ちゃんが関係ないなら、クロエももっと真剣に探そうよ!クロエの『旦那さん』!」
「う…そう、だね。」
善意からの言葉だとわかってはいても、「彼氏」でも「誰かいい人」でもなく、いきなりの「夫」。本当、ハードル高いなぁー。
「よし!それじゃ、もっと真ん中の方まで行ってみようよ!こんな端っこじゃ、奥の方なんて見えないし!」
「あ、や!ちょっと待って!」
「だめ!行こう!」
引きずって行かれそうなのを何とか踏み留まって、クロエを引き留める。
「後ちょっと、ちょっとだけ待って。」
「?何で?」
首を傾げるキアラ。その向こうから、見知った顔が走ってくるのが目に入り、漸くかと安堵する。走り寄る青年の顔にはまだいくらかの幼さが残るものの、村で何時も目にする彼とは違う、緊張をにじませた表情を見せている。そのひたむきな眼差しの先には―
「キアラ!」
「え?アル?」
振り返り、荒い息をつく幼馴染を認めたキアラが不思議そうな声を上げた。
「どうしたの?ガランテは?飾るの終わった?」
「…」
「あ!それとも、もう誰かに、」
「キアラ!」
「!」
アルの上げた声の大きさに、キアラがビクリと身体の動きを止めた。そんな彼女の様子に覚悟を決めたらしいアルが、彼の右手、その内に握られたものをキアラに差し出して―
「キアラ、君が好きだ!」
「え!?」
差し出された手に握られた花。前世の菫によく似た紫の小さな花は、求婚者の手の中で強く握り締められ、少し草臥れて揺れていた。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,570
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる