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第二部 第二章
2-12
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(……やっちゃったなぁ)
やってしまった衝動買い。鍛冶屋で金のツルハシを注文した日から一週間、ずっと悶々とした思いに囚われている。
ツルハシに二千万も掛けるなんて、前世の意識でも今世の常識でもあり得ない。だけど、つい。ゴーレム採掘のための突破口が開けるかと思うと、欲望を抑え切れなかった。それに――
(これで、ルーカスへの返済が遅くなる……)
認めてしまえば、自分のズルさが嫌になるけれど、間違いなくそれが一番の動機。借金を返さなければと思う義務感の裏で、このままずっとルーカスの傍にいるための理由にしがみついている。
(こんな不純な動機、バレたら絶対に嫌われる)
その日の採掘作業を終え、鍛冶屋へと向かう私の足取りは重い。クロエから「ツルハシが出来た」との連絡を受けて引き取りに向かっているが、この後のことを思うとため息が漏れた。
(ルーカスは、『いくらでも細工する』って言ってくれたけど……)
実物を見たらきっと、「馬鹿なことをしている」と思われるだろう。何しろ、二千万。クロエの祖父のダイツが「最低で二キロの金を使用する」と言っていたツルハシだ。そんな、自分の愚かさの象徴みたいなツルハシを好きになれるだろうか。
もう何度目か分からないため息をついた頃、漸く鍛冶屋にたどり着く。アダンの案内で鍛冶屋の奥、鍛冶場に案内された私は、目の前にしたものに息を呑んだ。言葉が出てこない――
――うっわー!!スゴいね、スゴいね!キラキラしてる~!
「……」
脳内で、イロンのはしゃいだ声が聞こえる。普段、他の人の前では声をかけてこないイロンが興奮を隠しきれなかったのか、何度も「うわぁ!」と感嘆の声を上げていた。その声に重なるようにして、低い声が聞こえた。
「……注文のツルハシだ」
「……」
「柄の長さはアダンに言って調整してもらえ」
ダイツの言葉をどこか遠くに聞きながら、彼が差し出したモノを受け取る。鋼のツルハシより少しだけ長い柄の先で、存在感のある金が光を反射して輝いていた。
「……凄い」
漸く出た一言に、ダイツの眉間に僅かな皺が寄る。
「見てくれはな。だが、ただの鋳造品だ。このままじゃ、飾りにしかならん」
そう不機嫌に告げた彼は、最後に「ルーカスに細工してもらえ」と口にすると、そのまま別の作業に入ってしまった。
「あ、あの!ありがとうございます!これ、大切にします!」
ツルハシの柄を両手で握り締め、ダイツの広い背中に礼を言う。「好きになれるか?」なんて、とても失礼な考えだった。職人が丹精こめて仕上げてくれた道具だ。こんな綺麗な道具、好きにならないはずがない。背を向けたままヒラヒラと手を振ったダイツにもう一度頭を下げ、鍛冶場を後にする。
握り締めたツルハシに、自然と顔がニヤけた。店のカウンターでアダンに柄の長さを調節してもらい、意気揚々と帰宅しようとして、ハタと気付く。思わず周囲を見回した。
(よ、良かった。誰もいない……)
「……アリシア?」
アダンが不思議そうにこちらの行動を見ていた。そんな彼に、声を潜めて告げる。
「あのね、よく考えたら、私、二キロの金を持ってるってことだよね」
「うん?」
「……家まで帰るのが怖い」
言いながら、手にしたツルハシをバックパックの中にねじ込む。勿論、金の刃先を下にして。それから、バックパックを前方に抱え、ギュッと両手で抱きしめた。
(帰ったら、ルーカスに相談しよう。……採掘してるところを見られたら、流石に怖い)
剥き出しの金を振り回す姿が周囲にどう見られるかを考えていなかった。ビーのシールドがあるとはいえ、採掘中は無防備だ。変な人たちに目をつけられては困る。
バックパックを両腕で抱えたまま、アダンに別れの挨拶をする。何か考え込んでいる様子を見せた彼は、こちらが店の外に一歩出たタイミングで追いかけてきた。
「アリシア、心配だから、家まで送る」
「え!?」
「ちょっと待ってて。じいちゃんに言ってくる」
そう言って店の中に戻ろうとするアダンを呼び止める。
「アダン君、ごめん。いいよ、気にしないで!」
私が「怖い」なんて言ったから、気を遣ってくれているのだろう。申し訳なくて、ブンブンと首を横に振る。
「気を付けて帰るから大丈夫!アダン君はお店があるでしょう?」
「お店は別にいい。じいちゃんがいるから」
じっと見下ろしてくるアダンにもう一度首を振る。
「ううん。こっちこそいいよ!本当に気にしないで。また来るね!」
このままでは本当にアダンがついてきそうだ。もう一度別れの言葉を口にして、逃げるように店を去ろうとしたが――
「待って、アリシア」
背の高いアダンに背後から手首を掴まれる。痛くはないが、力が強くて逃げ出せない。困ったと思いながら背後を振り仰ぐと、強い眼差しを向けられる。
「……アリシアは、俺が迷惑?」
「え?ううん、そんなことないよ」
むしろ、迷惑をかけているのはこちらだ。再び首を横に振ったところで、アダンの背後に近づく人影を見つけてギョッとする。こちらの視線に気づいたアダンが背後を振り向いた。彼の視線の先、無機質な黒の瞳でアダンを見上げた男が口を開く。
「……アリシア様から手を離せ」
やってしまった衝動買い。鍛冶屋で金のツルハシを注文した日から一週間、ずっと悶々とした思いに囚われている。
ツルハシに二千万も掛けるなんて、前世の意識でも今世の常識でもあり得ない。だけど、つい。ゴーレム採掘のための突破口が開けるかと思うと、欲望を抑え切れなかった。それに――
(これで、ルーカスへの返済が遅くなる……)
認めてしまえば、自分のズルさが嫌になるけれど、間違いなくそれが一番の動機。借金を返さなければと思う義務感の裏で、このままずっとルーカスの傍にいるための理由にしがみついている。
(こんな不純な動機、バレたら絶対に嫌われる)
その日の採掘作業を終え、鍛冶屋へと向かう私の足取りは重い。クロエから「ツルハシが出来た」との連絡を受けて引き取りに向かっているが、この後のことを思うとため息が漏れた。
(ルーカスは、『いくらでも細工する』って言ってくれたけど……)
実物を見たらきっと、「馬鹿なことをしている」と思われるだろう。何しろ、二千万。クロエの祖父のダイツが「最低で二キロの金を使用する」と言っていたツルハシだ。そんな、自分の愚かさの象徴みたいなツルハシを好きになれるだろうか。
もう何度目か分からないため息をついた頃、漸く鍛冶屋にたどり着く。アダンの案内で鍛冶屋の奥、鍛冶場に案内された私は、目の前にしたものに息を呑んだ。言葉が出てこない――
――うっわー!!スゴいね、スゴいね!キラキラしてる~!
「……」
脳内で、イロンのはしゃいだ声が聞こえる。普段、他の人の前では声をかけてこないイロンが興奮を隠しきれなかったのか、何度も「うわぁ!」と感嘆の声を上げていた。その声に重なるようにして、低い声が聞こえた。
「……注文のツルハシだ」
「……」
「柄の長さはアダンに言って調整してもらえ」
ダイツの言葉をどこか遠くに聞きながら、彼が差し出したモノを受け取る。鋼のツルハシより少しだけ長い柄の先で、存在感のある金が光を反射して輝いていた。
「……凄い」
漸く出た一言に、ダイツの眉間に僅かな皺が寄る。
「見てくれはな。だが、ただの鋳造品だ。このままじゃ、飾りにしかならん」
そう不機嫌に告げた彼は、最後に「ルーカスに細工してもらえ」と口にすると、そのまま別の作業に入ってしまった。
「あ、あの!ありがとうございます!これ、大切にします!」
ツルハシの柄を両手で握り締め、ダイツの広い背中に礼を言う。「好きになれるか?」なんて、とても失礼な考えだった。職人が丹精こめて仕上げてくれた道具だ。こんな綺麗な道具、好きにならないはずがない。背を向けたままヒラヒラと手を振ったダイツにもう一度頭を下げ、鍛冶場を後にする。
握り締めたツルハシに、自然と顔がニヤけた。店のカウンターでアダンに柄の長さを調節してもらい、意気揚々と帰宅しようとして、ハタと気付く。思わず周囲を見回した。
(よ、良かった。誰もいない……)
「……アリシア?」
アダンが不思議そうにこちらの行動を見ていた。そんな彼に、声を潜めて告げる。
「あのね、よく考えたら、私、二キロの金を持ってるってことだよね」
「うん?」
「……家まで帰るのが怖い」
言いながら、手にしたツルハシをバックパックの中にねじ込む。勿論、金の刃先を下にして。それから、バックパックを前方に抱え、ギュッと両手で抱きしめた。
(帰ったら、ルーカスに相談しよう。……採掘してるところを見られたら、流石に怖い)
剥き出しの金を振り回す姿が周囲にどう見られるかを考えていなかった。ビーのシールドがあるとはいえ、採掘中は無防備だ。変な人たちに目をつけられては困る。
バックパックを両腕で抱えたまま、アダンに別れの挨拶をする。何か考え込んでいる様子を見せた彼は、こちらが店の外に一歩出たタイミングで追いかけてきた。
「アリシア、心配だから、家まで送る」
「え!?」
「ちょっと待ってて。じいちゃんに言ってくる」
そう言って店の中に戻ろうとするアダンを呼び止める。
「アダン君、ごめん。いいよ、気にしないで!」
私が「怖い」なんて言ったから、気を遣ってくれているのだろう。申し訳なくて、ブンブンと首を横に振る。
「気を付けて帰るから大丈夫!アダン君はお店があるでしょう?」
「お店は別にいい。じいちゃんがいるから」
じっと見下ろしてくるアダンにもう一度首を振る。
「ううん。こっちこそいいよ!本当に気にしないで。また来るね!」
このままでは本当にアダンがついてきそうだ。もう一度別れの言葉を口にして、逃げるように店を去ろうとしたが――
「待って、アリシア」
背の高いアダンに背後から手首を掴まれる。痛くはないが、力が強くて逃げ出せない。困ったと思いながら背後を振り仰ぐと、強い眼差しを向けられる。
「……アリシアは、俺が迷惑?」
「え?ううん、そんなことないよ」
むしろ、迷惑をかけているのはこちらだ。再び首を横に振ったところで、アダンの背後に近づく人影を見つけてギョッとする。こちらの視線に気づいたアダンが背後を振り向いた。彼の視線の先、無機質な黒の瞳でアダンを見上げた男が口を開く。
「……アリシア様から手を離せ」
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