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第二部 第二章

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(……うん、よし。今日もローグはいない)

ギルドでローグに遭遇した日より一週間、ダンジョンに入る際は、まず彼の姿がないことを確かめるようにしている。第四坑道の横穴から中を覗くと、複数の冒険者の姿はあるものの、そこに目立つ黒髪の長身の姿はなかった。

ビーによる二十四時間シールドを張ってはいるが、彼に会わずにいられれば、それに越したことはない。

(それにしても、冒険者の人、結構、増えてきたな……)

坑道からダンジョンへ入ると、ちょうど、扉のゴーレムが復活した直後だったらしく、それを三人組のパーティが倒している最中だった。周囲には、他に三組。三人から五人で成るパーティが、ゴーレムが倒されるのを見守っている。彼らがただ見守るだけなのは、何もさぼっているというわけではない。ルーカスによると、討伐の成果や分け前の問題があるため、協力を求められない限りは、他パーティの戦闘には手を出さないという不文律があるらしい。

(あ、終わった……)

魔術師らしき青年が唱えた火魔法が、ゴーレムの額を焼いた。動きを止めたゴーレムが崩れ落ちていく。それを最後まで見守った三人が剣や杖を収めて、扉のあった場所を抜けて隣の部屋へと入っていく。他のパーティも、彼らの後を追うようにして移動を始めた。

私もその後を追おうとして、途中で足を止める。目の前には、先程倒されたゴーレムが横たわっていた。

(……うーん、やっぱり、ゴーレムはそのまま、なんだ)

何となくモヤモヤしながら周囲を見回す。ここ何度か、冒険者がゴーレムを倒すところに遭遇したが、まだ一度も――ルーカスを除いて――、冒険者たちがゴーレムの魔晶石を取り出すのを見ていない。どころか、ルーカスのようにゴーレムの額に剣を突き刺す人もいない。ほとんどが魔法で、剣の場合は何度か攻撃して額を削ることでゴーレムを倒していた。

(それだけ、ゴーレムが硬いっていうことだよね?……だから、なのかなぁ?)

額の文字を削るだけでも大変なのだ。ゴーレムの身体を砕いて魔晶石を取り出すのは、かなり大変な作業なのだろう。規格外なルーカスのせいで、魔晶石を取るまでがワンセットという先入観があり、最初は「何て勿体ないことをするんだろう」と思っていた。今はむしろ、倒したゴーレムはそのまま放置が基本なのだと思っている。

(でもなぁ……)

見回す限り、この狭い空間の中に、十体以上のゴーレムの身体が転がっている。どうやら、ゴーレムの復活周期は十数時間――ギルドでは十二時間周期だろうという予測が出されている――らしく、ここ一週間だけで、これだけのゴーレムが倒された。それが、そのまま放置されるのだから、狭い空間は徐々に圧迫され始めている。このままいけば、その内、ゴーレムを乗り越えてダンジョンへ入らなければならなくなるだろう。それに何より――

(うー、やっぱり勿体ない……!)

彼らの内にある高品質の魔晶石を思うと、どうしてもウズウズしてしまう。けれど、討伐された魔物の所有権は、倒したパーティにある。

結局、私は指をくわえたまま、倒れたゴーレムを通り過ぎ、ダンジョンの下層へと潜っていった。





「こんにちは、魔晶石の買取をお願いします」

今日も今日とて、地下三階層までのダンジョン鉱脈を巡り、五つの宝石と四つの魔晶石を手にして、ギルドを訪れた。魔晶石の内、青ジェムガチャで入手した赤色魔晶石はルーカスのためにとっておき、残り三つをカウンターの上、クロエの目の間に並べる。

「……では、計量しますね」

「お願いします」

魔晶石の重さを計り始めたクロエから視線を外して、そっと、ギルド内を見回す。建物に入る前に一度確かめてはいるが、知った黒髪が見当たらないことにホッとする。

「……魔晶石三つで、七百五十グラム。買取金額は一万五千ギールになります」

「はい。それでお願いします」

クロエの告げた金額に頷くと、魔晶石を運搬袋に入れたクロエが席を立つ。買取金額を口座に入れてもらうのを待つ間、昼間のことを思い出していた。

三階層までのダンジョン鉱脈を巡ったのはいつも通り。ただ一点だけ、いつも通りではなかったのは、九つある鉱脈の内、地下一階層にある一つが既に採掘済みだったことだ。どうやら、私以外にもダンジョンで採掘を始めた人がいるらしい。

(独り占めもおしまい、かな)

それは仕方のないこと。残り八つの鉱脈は掘れたのだから、それで良しとしなければならない。できれば、採掘時間が被らなければ嬉しいが、毎回上手くいくとは限らない。

(うーん、悩むなぁ……)

最悪、再生前のダンジョン鉱脈を掘れば、青ジェムだけは獲得できる。無駄が多く、あまりやりたくない作業だが、ビーに与える宝石を確保するため、それも検討しておく必要がある。後は――

「アリシアさん、お待たせしました。こちら、預かり証です」

「あ、ありがとうございます」

「いえ。……ところで、アリシアさん」

受け取った預かり証をポシェットに仕舞っていると、珍しく、クロエのほうから話を振ってきた。

「はい。なんでしょうか?」

「ルーカスさんのお仕事なんですが、今、お忙しいですか?」

彼女の質問に、「はい」と頷いて答える。

「ダンジョン調査の間、お仕事を休んでいた分と、それから、冒険者の数が増えたことで依頼が増えたみたいで……」

言葉の途中で、クロエが困り顔をしていることに気付き、首を傾げる。

「クロエさん?もしかして、ルーカスに依頼か何かでしたか?」

「ええ、実は……」

そう言ってクロエが語ったのは、ダンジョン入口に放置されているゴーレムの後始末問題についてだった。私と同じく、あのままではゴーレムで部屋が埋まってしまうと考えた冒険者がギルドに相談したらしい。

「できれば、ルーカスさんにゴーレムの解体をお願いしたかったのですが……」

そう言うクロエの言葉に、もう一度首を傾げる。

「倒した魔物は倒した人のものだと聞いていたんですけど、ルーカスが解体してしまっていいんですか?」

私の疑問に、クロエは「ええ」と答えた。

「原則はそうですが、放置された魔物は所有権を放棄したと見なされます。厳密にどれくらい、という決まりはありませんが、それでも、数時間も放置されていれば、他の人間が手出ししても問題はありません」

「そうだったんですね……」

なるほどと頷いて、少しだけ考える。以前、ゴーレムを倒そうとして挫折した時のこと。あの時、「ゴーレムが動かずにいてくれれば、ツルハシで倒せるかも」と考えたことを思い出す。

「……あの!クロエさん、その解体作業なんですけど!」




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