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第二部 第二章

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ルーカスと共にダンジョンに潜った日から半月、私はこの日を楽しみにしていた。ルーカスにはルーカスの、つまり、細工師の仕事があるからと、最初の一度以外は同行をお願いしていない。その代わりに、ルーカスの教えてくれた方法でダンジョンに潜る日を今か今かと待ち構えていた。

「……あ!」

来た――!

第四坑道の中、ダンジョンへと続く横穴に向かって、目的の人物たちが近づいて来る。四人組の男女、いかにもと言った風体の彼らは、今日が解禁日のダンジョンへ潜る第一号、冒険者たちだった。

「こんにちは!」

「……ああ」

私の横を通り過ぎていく彼らに挨拶する。一瞬、けげんな表情をした彼らの先頭に立つ男性が、軽く挨拶を返してくれた。後に続く三人は口を開くことなく穴を潜っていく。横ならびのままで――

(間に合って良かった……!)

ここ半月、私はがむしゃらに横穴周辺の魔晶石を掘り続けた。ダンジョンへの入口としてはあまりにも目立たないのではないかと不安で、魔晶石を全て取り払い、穴の横幅を広げたのだ。大人が五人は並んで歩ける幅を確保した後は、それらしいアーチ型に成形してある。おまけで、穴の外縁に沿って光石を嵌め込んであるから、明かりがなくとも一目瞭然。これで、ダンジョンを目指してくる冒険者たちが迷うことはないだろう。

大きく開いた横穴から、隣の空間を覗き込む。先程、中に入った冒険者たちが石の扉に触れるところだった。扉が崩れて出現したゴーレムに、彼らが焦る様子は見られない。遺跡型のダンジョンではそう珍しくない仕掛けだとルーカスが言っていたから、彼らも慣れたものなのだろう。四人は、危なげなくゴーレムの動きを止めた。

(……あれ?これでおしまい?)

魔晶石に用はないのか、彼らは地に伏したゴーレムを放置したままダンジョンへと入っていく。

(もう、入ってもいいのかな……?)

ルーカスが提案してくれたダンジョンへの侵入方法。他の冒険者チームがゴーレムを倒した後に続けばいいという至極単純な解決策だったのだけれど、「自分で何とかしなければ」と考えていた私には目から鱗だった。

ただ、いくつか気をつけなければならないこともある。

ルーカスが調査でダンジョンに潜っていた時間を考えると、扉の再生には少なくとも八時間はかかる。ただ、正確な時間は分からないため、八時間を超えてダンジョンに潜ることはルーカスに禁止された。それから、入口を開いた人より先にダンジョンへ入らないこと。これは当然と言えば当然だが、そうしたことに敏感な冒険者が相手だと揉め事になる可能性もあるとルーカスから注意を受けている。後は、魔物を倒した際にドロップされるアイテムの取り扱いなどなど。ダンジョンには不文律、細々とした取り決めがあるのだと告げたルーカスの総括は、「ダンジョンでは他の人間に近寄らないこと」だった。

(……流石に、もう入ってもいいよね?)

五分は待ったと思う。恐らく、先程の彼らはダンジョンの未踏破階層、十一階層以下を目指すはずだ。いつまでも一階層でウロウロしていることはないだろう。

私は足元のビーを見下ろした。

「ビー、シールドを張ってくれる?」

「キュ」

ビーのシールドについては、検証の結果、通常で八時間持つことが分かった。ダンジョンに潜る前に一度かけてもらえば、探索の間は掛け直す必要がない。「気づいたら切れていた」という不安がないのは非常に助かる。他にも、シールドを掛ける前に宝石を与えれば、時間制限が二十四時間に延びることも分かっているが、こちらについては今のところ使い道がなかった。

「それじゃあ、行こうか?」

足元のビーに声を掛ければ、空中に、ポンとイロンが現れた。

「うん、行こう行こう!出発しんこー!」

私と同じくらいこの日を楽しみにしていたイロンの声は嬉しそうだ。はしゃぐイロンと転がるビーを連れて、ダンジョンの一階層へと向かった。





(ハァ……、やっぱり綺麗……)

半月ぶり。前回、目にした時と変わらぬ輝きを放つ紫色の水晶。固い土壁の亀裂から覗くその場所へ、ツルハシを振り下ろす。魔晶石よりも硬い感触、反発が大きいけれど、耐えられないほどではない。強くツルハシの柄を握り締めて、二度、三度と振り下ろせば、ガキンガキンという音と共に、紫色の魔力光が散る。

(不思議だなぁ……)

こうして、掘る前は紫色の水晶なのに、削り出した途端、地に落ちるのは別の石。前回は、ルーカスの優しさに甘え、三階層までのダンジョン鉱脈を全て回った。クールタイムがあるため、一か所を連続して掘ることはできないけれど、魔晶石を皮切りに、綺麗な球体をした光石やダイヤやルビーなどの宝石が掘れた。四時間かからずに大振りの石を九つも入手できたので、上出来と言える。

(難点は、一つを掘るのにニ十分近くかかることかな?)

イロンの加護のおかげで疲労が軽減されているとはいえ、硬い鉱脈をニ十分も掘り続けるのはなかなかに骨が折れる。ただし、その負荷のおかげか、停滞気味だった採掘レベルの伸びはよくなり、前回だけで五レベル、ダンジョン入口を掘っていた期間にもニレベル上がったため、現在は二十七レベルになっている。おまけに、ダンジョン鉱脈は青ジェムの生成量も多い。

(前回はルーカスがいたから、待たせるのも悪くて青ジェムはスルーしちゃったけど、今日は時間があるから……)

きっちり拾って、できれば、過去最高の青ジェムガチャに挑戦してみたい。そんなことをツラツラと考えながらツルハシを振るい続けていると、ガコンとそれまでとは違う感触が手元に伝わってきた。目の前、紫色に発光していた水晶が消え失せ、何もない暗い洞がのぞく。代わりに、足元に大きな赤い石が転がった。

「キュイ!」

途端、石の傍まで転がってきたビー。彼がその鼻先を近づけるより先に石を拾いあげる。

「キュイ!キュイ!」

「だーめ」

どうやら、ビーの好みは赤い石全般らしく、石を目の前にすると我慢が効かなくなるらしい。悲し気に鳴き続けるビーに苦笑して、その頭を撫でた。

「おうちに帰るまで我慢できたら。ご褒美に、ね?」

私の言葉に、ビーが小さく「キュ」と鳴いて答えた。



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